20 駅の名は
また数日経つと、今度は私のいい噂が広がっていた。
「ねえ、ウルスの話、聞いた?」
「ああ、『首狩りナイン』が助けたってやつだろ」
「あの傷を治したのか。信じられねえ」
「誰だよ、ウルスが拷問されて死んだとかフカした奴。この前、普通に歩いてたぞ」
「私たちも怪我したら助けてもらえるのかしらね」
「ナインさんか。足向けて寝られねえな」
って具合にだ。
そんなわけで、私の元にはいざというときのために挨拶くらいはしておきたいって連中が殺到し、口々におべっかを使っていた。
まあ、いいことかもね。
怪我しても見捨てられない安心感は大事だ。
連中が地獄をゆくなら、私がそこに垂らされた蜘蛛の糸になってやるのもやぶさかではない。
お客は大切にしないとな。
「……」
しかしまあ、私は自分のことも大切にしたほうがいいな。
ここのところ、道の駅の利用者が爆発的に増えたせいで、圧倒的に手が足りていない。
寝る間も惜しんで駆け回っている感じだ。
もし、ダンジョンに猫がいるなら手を貸してくれと頼んでいるかもしれない。
忙しいんだよ、ホントさ。
そこで、だ。
「従業員を雇おうと思う」
私は食堂にたむろしていたマッカスやらライオやらにドーンと宣言した。
今、私には実態以上に評価が集まっている。
できれば、等身大の評価をしてほしいものだがね。
でも、名声は使える。
領主命令というだけで人は首を縦に振るのだ。
ネームバリューは偉大だ。
人を募集するなら今だろう。
チッチッチッ、とライオが人差し指を振った。
「冒険者たちは身勝手で利己的だ。おまけにプライドが高くて、人に使われることを心底嫌がる連中ばかりだ。募集したって誰もこないって。金でも積んで頼むんだな」
「僕はお手伝いしたいです。ナインさんのこと」
さっそく1名部下ができた。
ウルスが真っ直ぐに手を挙げている。
助かるよ、ウルス。
でも、まだ本調子じゃないだろうから、力仕事は無理だね。
座ったままでできる雑貨屋の管理を任せようか。
「お前、ナインの前でイイ格好しようったってそうはいかないぞ」
ライオも負けじと手を挙げた。
「もちろん俺も手伝うぜ」
そうかそうか。
邪魔はするなよ。
「オレは酒場を受け持ってやるよ。誰かが勝手に酒をネコババするといけねえからなァ」
と酒臭いマッカスが名乗りを上げる。
ただ飲んでいたいだけだろうな。
別にいいけど。
「じゃ、アタシは風呂場だねぇ。あそこは、アタシのオアシスだから、ほかの奴には任せらんないよ」
助かるよ、ジーナ。
姉御が番頭なら覗き魔も尻尾巻いて逃げ出すだろうからね。
さて、とりあえず4名の従業員を確保したが、まだ足りない。
大々的に募集をかけてみるか。
人を集めるなら祭りと酒だ。
そうさな……、道の駅の落成式と銘打って酒盛りでも催すか。
というわけで、準備開始。
準備と言っても、大広間にテーブルを並べて、酒を配って回るだけだけどな。
マッカスは初仕事で初めのうちは張り切っていたけど、酒のストックが急速に減って最後は落ち込んでいた。
まあ、どうでもいい。
そうだ。
どうせなので、駅名の発表もしておくか。
私は石の台座の上に立ち、大広間に集まった面々を見渡した。
かしこまって長い挨拶をするつもりだったけど、みんな早く飲みたそうな顔をしていたので大幅に割愛しよう。
「皆さんの協力もあって道の駅がついに完成しました! 今日は駅名を発表したいと思います!」
うぇーーいいッ、と威勢のいい歓声が上がった。
「この駅の名は――」
私はうーんと間を取ってから、声を大にして言った。
「道の駅『蜂の巣箱』です!」
ここが、ドラド・ホーネットの巣であること。
それから、忙しそうに出入りする冒険者たちがまるで巣箱を飛び立つ働き蜂に見えたこと。
その二つから命名してみた。
シーンとしたら嫌だなぁと思ったけど、さきほどより大きな歓声が返ってきた。
連中にとって名前とかどうでもいいのかもしれない。
ついでのついでだ。
ここの女王蜂が私だってことをハッキリさせておこう。
指揮系統とか序列って大事だからね。
「つきましては、不肖わたくしナインが初代駅長を務めさせてもらおうと思いますが、皆さんはどうお思いでしょうか?」
ここで、異論が出たらどうしようと思ったが、まったくの杞憂だった。
「「ナイン! ナイン! ナイン! ナイン!」」
私を呼ぶ声がダンジョンを揺らしていた。
みんなジョッキを突き上げて咆哮している。
ウルスを救った件で評判が上向いていたのがよかったのかも。
でも、拳じゃなくてジョッキを突き上げているあたり、一番評価されたのは酒を飲める環境を整えたことかもね。
まあ、とにかくだ。
晴れて私は『駅長』になったのであった。
それじゃ、景気づけに一発やりますか。
「乾杯ぁぁぁぁいいッ!!」
「「んんぱぁぁぁぁぁぁぁぁいい!!」」
さーて、酔っ払って判断力が鈍った奴を従業員に勧誘していきますかね。
為政者にとって酒とは酔うためにあるのではない。
酔わせるためにあるのだ。
フッフッフッフッフ……。
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