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2 目が覚めると


「フッハ。個性的なベッドだな。寝心地を尋ねてもいいか?」


 目が覚めた。

 どういうわけか、私はマヌケな格好で砂山に埋もれていて、同い年くらいの少年に見下ろされていた。


 追っ手を逃れて流砂に呑まれたところまでは覚えている。

 そこで、ぷっつりと意識が途切れてからこっち、ずいぶん長いこと悪夢の海で溺れていた気がする。

 よって私には、おはようより先にしなければならないことがあった。

 息継ぎだ。


「ぼハァ……ッ!!」


 潮を噴くクジラのごとく口の中のものを洗いざらい吐き出して、ぜいぜいハアハア……。

 舌の裏側も鼻の中も砂、砂、砂。

 こんな最悪の目覚めは生来初めてだ。

 寝心地?

 もちろん、最低最悪だったよ。

 あちこち痛いし散々だ。


「ぼハァッだってよ。お前、面白い奴だな」


 少年が腹を抱えてケタケタ笑っている。

 鮮やかな金の髪に、定規で引いたような真っ直ぐな鼻筋。

 ひとつ笑うたびに謎のキラキラが振りまかれている。

 いわゆるイケメンというやつだ。

 それも、自分の顔面偏差値を自覚しているタイプのイケメンと見た。

 つまり、私の苦手なタイプじゃないか。


 見下ろすな。

 私を誰だと思っている?

 天下無敵の領主令嬢様だぞ。

 この地に私より偉い奴は父と母の二人しかいないんだ。

 ついさっき領地と爵位を没収されて無一文な上に死刑宣告を受けて逃亡中の身の上だが、よく知らんイケメンなんぞに見下される筋合いなどないのだ。


「怖い顔しやがって。立てるか? ほらよ」


 差し出された手が絶妙に煩わしかったので、私は無視して自力で砂山から這い出した。

 あちこち痛いが、怪我はなさそう。

 あの状況でよく助かったものだ。


 もろ手を挙げて万歳三唱したい気分だったが、髪をかきむしると滝のように砂が降ってきた。

 フッハッハと笑われたので、私の機嫌はまた少し悪くなった。


 で、ここはどこ?


 立ち上がってなお圧倒的身長差で私を見下ろしてくる金髪の向こう側には、あってしかるべき空がない。

 代わりとばかりに、重たげな岩の天井が光るツララ石をぶら下げている。

 薄暗さとカビ臭さを加味して結論するに、ここは洞窟の中らしい。


「はあ……」


 私は砂まじりのため息を吐き出した。


 ルスト領で洞窟と言えば、イコール『ダンジョン』だ。

 凶悪な魔物たちが蠢く地下の大迷宮。

 私みたいな温室育ちの箱入り娘が迷い込もうものなら、角を一つ曲がる前に肉食獣たちの餌食となること請け合いだろう。


 しかし、だ。

 幸いにして、目の前にいるこの金髪は冒険者であるらしい。

 剣に小盾に革の胸当て。

 街中でよく見かける冒険者の装いだ。

 心強いことこの上ない。

 保護を頼むとしよう。


 もひとつ幸運なことに、ロスガ領の騎士たちはどこにも見当たらない。

 地上じゃ、私は死んだことになっているのだろうか。

 だったら好都合なんだけどね。


「ここ、どこ?」


 私は自分でもアホらしく思えるような質問を金髪にぶつけた。

 向こうさんもアホだと思ったらしく、アホを見る目で上から下まで舐めるように観察された。


「お前、いよいよ面白い奴だな。冒険者じゃないみたいだが、名前は?」


「名前はその、……無いん、だよね」


 いや、当然あるのだが、逃亡中の身だ。

 名乗れる名前は持ち合わせていないのだ。


「ナインか。やっぱり聞かない名前だな」


 どう聞き違えたか、私の名前は彼の中でナインに決まったらしい。

 もうそれでいい。

 当面の間、世を忍ぶ仮の名として使わせてもらおう。


「俺はライオ。あいつらのリーダーをやっている。実力はまあ、上の中ってところだな」


 意味もなく前髪を払ってキラキラを散らすと、ライオは立てた親指を後ろに向けた。

 そこには冒険者が2人いて、控えめに手を挙げている。

 パーティーメンバーってところか。


「ここはどこって、お前、迷子にでもなったのか?」


「馬鹿にするな。そのとおりだけど」


「そのとおりなのかよ」


 フッハと噴飯すると、ライオは鳥のように両腕を広げて、


「ここがどこかって、そりゃ決まっているだろう」


 たっぷり間を取って焦らした上で、こう言った。


「――『勇者の果て地』だよ」


 ガツン。

 頭に落石を食らったのかと思った。

 私の脳はくらりと揺れて、視界は歪みながら回転を始めた。

 よろめく私を血相変えて支えるライオの姿がやけに遠くに感じられる。

 それが、めまいだと気づくのに数秒かかった。


「大丈夫かよ、お前」


 大丈夫?

 そんなわけないだろう。


『勇者の果て地』――。


 それは、ルスト領に存在するすべてのダンジョンの中で、最難関とみなされているダンジョンの名だ。

 発見から20年が経った今でも未踏破のままであり、底が無いとさえ言われている。

 勇敢な冒険者たちの命をことごとく呑み込んできたことから、付けられた名が『勇者の果て地』だ。

 地獄そのものとさえ称される場所である。

 自力で地上に戻るなんて私には絶対にできない。

 二度目の死刑宣告を受けた気分だった。


「地上に戻るなら私も連れて行ってくれない?」


 自力で無理なら他力本願だ。

 私は三行半を拒む浮気妻のようにライオにすがりついた。


「……」


 彼は何も答えなかった。

 だが、目は口ほどにものを言う。

 そらした目がノーと告げていた。


「俺たちは深層に行く途中なんだ。帰りはだいぶ先になる」


「じゃあ、安全な帰路を教えて。私でも歩けそうな道を」


 ライオは私の手を払いのけると2歩ほど下がって再度私を上下に眺めた。


「見た感じ、いいとこのお嬢様ってナリだな。なぜ、お前みたいなのがここにいるのかは知らないが、……そうだな」


 言いにくそうに彼は言った。


「ナイン。お前、もう死んでるよ」


 言われたことの意味を理解したくなかった。

 私はぐるぐる回る視界のほうに意識を向けた。

 吐きそうだった。


「ここは、『勇者の果て地』の中層域だ。どちらかと言うと、深層寄りだな。俺たち上位の冒険者でも簡単に命を落とす危険地帯だ」


「……」


「地上までは俺たちの脚でも5日はかかる。お前じゃ10日あっても無理だろうな。食料は人数分しかない。お前を抱えて地上に上がるなんて絶対に不可能だ」


 悪いな、と付け加えて、ライオは長い髪をいじった。

 他にできることがないと言わんばかりに。


「俺たちはお前を見捨てていく。恨んでくれていい」


 それだけ言い残すと、ライオは背を向けた。


 恨んだりしない。

 泣き落としもだ。

 自分と仲間を守るために、彼は正しい判断をした。

 それだけのことだ。

 理屈では理解できるけど、でも……。


 私は痛む頭に手をやった。

 助かったと思ったのは、早とちりだったらしい。

 死ぬまでの執行猶予をもらっただけだ。

 私の頭上には今もギロチンがぶら下がっている。


 もう死んでるよ、という言葉が耳の中でいつまでも反響していた。


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

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