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19 私の掟


 地獄の絶叫オペレーションから体感3日が過ぎようとしていた。

 私からすれば悪夢みたいな日々だった。


 道の駅には、『首狩りナイン』が手負いの冒険者を拷問したなどという根も葉もない噂が流れているし、手術の血なまぐさい光景はまさに悪夢となって夜な夜な私を蝕んだ。


 今朝になってようやく耳の中のウルスが叫ぶのをやめてくれたところだ。

 あと2日も叫び続けていたら、私はノイローゼになっていたに違いないのだ。

 好き好んで医者なんぞ志す奴の気が知れない。

 先生と呼ばれたいなら私塾でも開けばいいのだ。


「はあ……」


 私の悲痛なため息が大広間に虚しく反響した。

 適当な岩に腰掛けて何気なく上を見上げてみると、だいぶ高いところにあるツララ石からポツポツと水滴が落ちてくるのが見えた。

 もう私の1日はこれを見ているだけで終わりでいい。

 心が安らぐよ。

 ぽーつぽーつ、ぽつぽつぽーつ。

 あはは最高だ。


「ここにいたのですね、ナインさん」


 我ながら荒んでいるなぁと苦笑していると、背中に声をかけられた。

 このハスキーな声はもしや。


 振り返ってみると、やはりだった。

 松葉杖をついた青年が涼しげな白い髪をなびかせていた。

 3日前に私と地獄を分かち合ったウルスだった。

 チョコレート色の肌からは顔色を読みづらいが、食後の牛みたいな力感のない表情を見るに体調は良好らしい。


「もう出歩いて大丈夫なんだ」


「はい。ジーナさんたちが代わる代わる治癒魔法をかけてくれましたので、なんとか」


 私はお尻を半分ずらして、ウルスに隣を勧めた。

 彼は律儀に一揖して腰を下ろすと、丁寧な仕草で松葉杖を小脇に置いて体をわずかに私に向けた。


「歩くだけなら今週中にもできそうです」


「早すぎない? 冒険者って体のデキから違うね」


「すべてナインさんのおかげです。本当にありがとう。心の底からあなたにお礼が言いたい」


 拷問じみた荒療治を乗り越えたことで、ウルスは一皮剥けたらしい。

 世俗に吹き溜まる一切の煩悩から解き放たれたような穏やかな顔をしている。

 それとも、元からそういう顔つきなのだろうか。


「改めて、僕はあなたに謝りたい。初めて会ったあの日、僕はあなたにただの一言もかけずに背を向けた。怪我をして初めてわかりました。あなたが味わった恐怖が、孤独が、どれほどのものだったか」


 その件なら無駄にまぶしいイケメンに何度も謝らせたから不問でいいよ。

 立場が逆なら私もそうしていた。

 その上で、開き直って謝らなかったと思うね。

 それが私って人間だ。


「ダンジョンでは、怪我人を見捨てるのが掟なんです。10年来の仲間であっても怪我をした途端、役立たずのお荷物に変わりますから」


 残酷な世界観だ。

 地獄じゃそれも仕方ないよね。

 鬼にならなければいけないときだってあるだろう。


 でも、それはダンジョンの掟だ。

 私のではないね。

 今でこそ逃走中の死刑囚だけど、私はそれでも領主令嬢のつもりだよ。

 冒険者たちはみんな領民だ。

 一人として見捨てるべきではない。

 誰かが捨てていくなら、私が拾ってやるまでだ。


「傷ついた冒険者たちにもう一度青空を見せてあげたい。私は、ここをそんな道の駅にしていきたいと思っているんだ」


 私自身は一生涯拝めそうもないけどね。


「ナインさん、あなたはとても立派な人です」


 ウルスは忠誠を捧げる騎士のように片膝をついた。


「傷が癒えたら僕はあなたのために歩きたい。あなたがダンジョンから出られるように、あなたのそばであなたを守りたい。それを、許してもらえますか?」


 永遠に寝返りそうにない真っ直ぐな目で言われた。

 やっだ、この子。

 いい子じゃん。

 ライオなんかよりずっとね。

 朴訥だし素直だし、私の好みだ。

 毎朝紅茶を淹れてもらいたいわ。

 執事としてね。

 まあ、地上に戻る日がきたら、そのときは頼むよ。


「でもさ、ウルス」


「なんでしょう?」


「このあと、抜糸だね。またちょっと切るけど耐えられそう?」


「え……ええ。耐え……え? は、はい」


 聞いてないですけど、って顔だ。

 そういえば、言ってないね。

 いや、すまんね。

 告知義務どころか報連相もダメダメだ。

 私ゃダンジョンいちのヤブ医者なんでね。


「おー! いたいた! ナイン、手術の件、改めてお礼を言わせてくれ!」


 顔のまぶしい奴が駆けてきた。

 ライオだ。

 私とウルスが並んで座っているのを見て、表情が一瞬こわばったように見える。

 なんだ?

 拷問官と被験者が仲良くしていたら悪いか?


「ウルス、怪我人は寝てろ」


「いえ。僕はナインさんのそばにいます。守りたいので」


「なんだそれ。どういう意味だ!」


「そのままの意味ですが」


 うるさくなってきたな。

 水滴のぽつぽつが聞こえやしない。

 どっか静かな場所でも探すか。


 私はそっと席を立ち、そろそろと逃げ出した。


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