18 絶叫のオペ
ウルスの脚を手術することになった。
その準備と道の駅の運営で私は朝からてんてこ舞いだった。
従業員がほしい。
私は高そうな椅子にふんぞり返って指示だけ出していたい。
これぞ、領主令嬢のあるべき姿よって感じで。
文句を垂れても始まらないので頑張ろう、私。
手術は『蜜の湯』の男湯で行う予定だ。
血とか洗い流すのに都合がいいからね。
準備のほうはライオがやってくれているので、私は練習だ。
ぶっつけ本番ではさすがに心もとないからね。
とりあえず、魔物を切り刻んで手を慣れさせることにした。
魔物の脚ばかりを執拗に鈍器で叩き折っては糸で縫い合わせていく私の様子を、冒険者たちが恐怖の眼差しで見つめていた。
この様子じゃ、私の二つ名に新しいのが追加されそうだね。
「準備できたぞ」
私の心の準備が8割方終わったところでライオがやってきた。
「返り血が飛ぶだろうからエプロンを用意した。髪は頭巾でまとめてくれ。小刀は研いだ上で火に通しておいた。縫合糸と針も煮沸済みだ。いつでもいける」
ライオにしては、手際がいい。
感心だ。
「ただな……」
と思ったが、長い金髪が暗幕のように目元を覆い隠した。
何か問題かね?
「麻酔が用意できなかったんだ」
「それは一大事だね」
のんきに頷いてみたが、無麻酔で手術か。
執刀医の私は屁でもないけど、切られるウルスは地獄を見ることになるな。
「魔法で眠らせたりできないの?」
魔物を眠らせる魔法があると聞いたことがある。
たしか、扱える魔術師が道の駅に何人かいたと思うけど。
「それが全員出払っててなァ……」
答えたのは、マッカスだった。
これ以上ないくらいバツの悪い面持ちで後頭部をガリガリしている。
「オレが第4階層に向かわせちまった。魔物を寝かしつけりゃ、『カチ割りの実』を効率的に採集できると思ったんだァ。しばらく帰ってこねえ」
怒られた子供みたいにシュンとしている。
のんだくれめェ……。
どうしようもない奴だよ、あんたは。
「痛みで暴れる場合は、俺とマッカスさんとジーナさんが3人がかりで押さえるつもりだ。ナイン、執刀できそうか?」
私はライオに反問する。
「ウルスはなんて?」
「痛いくらい全然平気だ、って強がっていたな」
患者がそう言うなら、医者が逃げるべきではないだろう。
ヤブ医者でもだ。
というわけで、手術は予定通りに行うことにした。
手術室に入ると、ジーナが魔法で音漏れ対策の結界を張ってくれた。
これでもう、どれだけ悲鳴を上げても助けはこないよ。
覚悟はいい、ウルス?
「もちろん。ナインさんを信頼していますから」
即席の手術台に腰掛けるウルスが、今にも倒れそうな顔色で気丈なスマイルを見せてくれた。
善処するよ。
じゃあ、そこに寝転んでくれ。
ただでさえ弱っているウルスに、屈強な冒険者3人が馬乗りになってガッチリ固定する。
あんまり見たくない光景だ。
「それじゃ、魔法をかけるよ」
ジーナが患部に手をかざした。
かけるのは、『炙り出しの魔法』だ。
暗闇の中でスケルトン系の魔物を浮かび上がらせる魔法だそうだ。
要するに、骨を光らせるわけだね。
試しに、手にかけてもらったら、綺麗に骨が浮かび上がって気持ち悪っ、となった。
折れた右脚が、ぼうっと青白い光を放っている。
……見えるね。
脛骨が完全に断裂している。
叩きつけた花瓶みたいに粉々だ。
これは、長丁場になりそうだ。
締め技みたいな体勢でジーナがニカッと笑った。
「多少トチっちまってもアタシが治癒魔法で誤魔化してやるよ。ナイン、女は度胸さね」
「うっす!」
持つべきものは頼れる姉御だ。
では、始めよう。
入念に洗った手で私は小刀を握り締めた。
考えすぎると迷いが手元に現れそうだ。
私は一、二の三で皮膚を切り裂いた。
「あああああああああッぁあ!!」
想像をはるかに超えた絶叫で私の目尻に涙の玉が浮いた。
ウルスは暴れ牛のようだった。
石を組んで作った頑丈な手術台が軋んでいる。
それでも、マッカスたち3人がかりのパワーで患部は微動だにしていない。
予想以上の暴れようだが、手は緩めない。
なるべく早く済ませてやるのが、せめてもの情けだ。
術野を広く確保するために、大きく切らせてもらうよ。
ごめんね。
でも、我慢してくれ。
練習で人間の骨格に近いゴブリンをバラせてよかった。
どこをどう切り進めればいいか、多少なりとも見当がつく。
まきびしをまいたように骨の破片が散らばっている。
一つ一つ取り除いて、大きな破片は元の位置に戻す。
肉をえぐって取り出すから、さぞや痛いだろう。
音漏れ防止の結界で悲鳴がこもっている。
まるで、耳の中で叫ばれているみたいだ。
これでは、私のほうがおかしくなりそうだ。
どのくらい時間が経ったのかまったくわからないが、一段落ついたところで私はウルスの頭を胸に抱いた。
昔、私がダダをこねて泣き喚いていたとき、母がよくこうしてくれたのだ。
ウルスは暴れに暴れ、私の背中に爪を突き立ててきた。
ものすごい力だな。
細そうに見えるけど、やっぱり冒険者だ。
私の骨が折れてしまいそうだったが、グッと我慢。
「落ち着いて。大丈夫」
少しして、ウルスの両腕から力が抜けていった。
痛みの波が去ったのかも。
次の波が来る前に進めないと。
私は息をするのも忘れて真っ赤な視界を見つめ続けた。
赤は割と好きな色だったけど、今日限りだろう。
緑とかどうよ?
第4階層の『偽空の巨森林』は緑でいっぱいなんだろうな。
ここは、モヤシっぽい見た目の洞窟性植物しか生えていないから、羨ましいよ。
ああ、森林浴がしたい。
宿を整え風呂を作ってもまだ新しいものが欲しいのだから、人間ってのは貪欲だ。
それでも、人から奪うのはダメだよ。
ロスガ卿みたいにな。
などと、思考の主体がどこか遠くのほうに逃避しているうちに、気づけば散らばった骨は見当たらなくなっていた。
ウルスは可哀想に、疲れ果てたらしく気絶している。
私も早く意識とお別れしてベッドにバタンキューしたいところだけど、まだ傷口の縫合が残っている。
地獄と言われるダンジョンで暮らしていれば、たいていのことは慣れてくる。
でも、さすがに自分が切るたびに断末魔の叫びが轟くとこたえるものがあるな。
手の震えが止まらない。
まだ、耳の中で絶叫がするんだ。
針に糸を通すのに悪戦苦闘していると、私より数段大きな手が私の両手を包み込んだ。
ライオだった。
私を後ろから抱くような姿勢だった。
「俺には何もできないが、お前の支えになることはできる」
耳元でささやかれて、ぞわっとした。
触るな。
不衛生だし、不快だし、邪魔だし、鬱陶しい。
手持ち無沙汰なら隅で腕立てでもしてろ。
私史上かつてないほどのキツイ目で睨むとライオは本気で傷ついたらしく、腕立て伏せこそしなかったが、隅っこで棒立ちと相成った。
よし、それでいい。
ロクに縫い物もしたことがないのに人間の皮をせっせと縫って、ほどなくすべての行程が終了した。
手術終了だ。
かなり不格好で、モノホンの医者が見たらグーで殴られそうな出来栄えだった。
でも、なんとか脚はまっすぐだし、指先まで血が通っている。
あとは、添え木して連日連夜休みなしで治癒魔法を浴びせていれば、骨は元通りに再生するだろう。
たぶんね。
「おへぇ……」
「ご苦労さん。さっすが嬢ちゃんだァ。お前さんにできねえことは、もうこのダンジョンのどこにもねえよォ」
尻餅をついた私をマッカスのひまわりみたいな笑顔が覗き込んだ。
今現在、腰が抜けて立てないのだが。
できないことばかりだ。
私はもっと人をうまく使うすべを身につけないとな。
いずれは家督を継いで、領主になるべき身の上だ。
偉い奴はふんぞり返って偉そうにするのが仕事だ。
自分で動くのは金輪際ゴメンだよ。
つくづく、そう思った私であった。
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