表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/36

17 ライオの相談事


 ライオは宿屋『蜂の揺りかご』の一室に入っていった。

 客室から少し離れた場所にある手狭な部屋。

 病室だった。

 風邪をこじらせたり魔物から毒をもらったりして体調が芳しくない冒険者たちが苦しげに横たわる場所だ。


 寝台でうめき声を上げている一人の青年の前でライオは足を止めた。

 チョコレート色の肌に白い髪。

 このあたりの人種ではないね。

 海を隔てた南方の国に出自を持つのだろう。

 ルスト領にはダンジョンを求めて各地から人が集まってくるから、今日日珍しくもない。

 ……おっと、今はロスガ領だったか。


「こいつは、ウルス。俺のパーティーメンバーだ」


 ライオの手が汗で濡れたウルスの白い前髪を払った。

 眉間には深いシワが刻まれ、額には玉の汗が浮かんでいる。

 でも、普段なら見られた顔だろう。

 煌びやかさはないものの、ハンサムな輪郭が見て取れる。


「もう一人いたよね? 女の子がさ」


「シャイナのことか。あいつなら軽傷だ。ウルスに比べると、ずっとな」


 ライオが布団代わりのローブをめくると、スエた臭いが鼻を突いた。

 血が腐ったような臭いだ。

 ウルスの右足に巻かれた包帯には血が滲んでいた。


「治癒魔法をかけてもらってないの?」


 意図せずとも、非難めいた声になってしまった。

 でも、ジーナや治癒魔法を扱える魔術師が交代で傷病人の面倒を見てくれているはずだ。

 私がそう取り計らったからね。


「ちょっと面倒な怪我でな」


 ライオは苦虫を噛み潰したような顔でそう漏らし、包帯を解いた。

 私はハッと息を飲んだ。


 右足首の上のあたり。

 関節じゃないところで脚が曲がり、白い骨が見えている。

 開放骨折だ。

 重症だってことは医者でなくとも一目瞭然だった。


「魔物にやられたんだ」


 3日前の話だ、とライオは声を震わした。

 ここに来る少し前のことだな。

 帰還ルートがわかった矢先のことだったに違いない。

 なるほどね。

 治癒魔法をかけられないのも納得だ。


「治癒魔法ってのは万能じゃないからな。あれは、治癒力を高めてくれるだけだ」


 ライオの言うとおりだ。

 傷口を癒やし出血を止めることはできても、ズレてしまった骨の位置を元通りにすることはできない。

 体内に散らばった骨の破片もそのままになる。

 手術で取り除かない限りはね。

 大きな傷を負ったら治癒魔法と手術はセットだ。

 そして、ここに医者はいない。


「よっぽど高位の治癒魔術師ならそれこそ魔法みたいに治せるらしいけどな。駅中走り回って訊いてみたが、そんな奴はいなかった」


 資材、人材。

 いろんなものが足りないのがダンジョンだ。

 私は丸まった背中にそっと手を置いた。

 ライオの震えが手を通して伝わってくる。


「ダンジョンで足をやられるってことは、死ぬってことなんだ。歩けなくなった奴を背負ってやるお人好しなんていないからな」


 そうだね。

 そんな奴がいたら、私は今頃地上でお天道様を拝んでいるだろう。


「ウルスは俺の初めての仲間だ。見捨てたくねえ。なんとかしてやりたいんだ」


 ライオが私の手を取った。

 膝をつき、強い目で見上げてくる。

 プロポーズみたいな角度に思わずドキッとしたが、ライオの顔はロマンチックとは程遠く、悔し泣きでクシャクシャだった。


「頼む、ナイン。なんとかしてくれ」


 なんとか、かぁ。

 そんなことを言われても、どんな手がある?

 地上まで上位の冒険者なら5日という話だ。

 こんなところまで出張診療に来てくれる物好きな医者がいたとして、戻ってくるのは早くとも10日後になる。

 そもそも、ダンジョン歩きに長けた医者なんているの?

 2週間は見ておいたほうがいいな。


 ウルスは見たところ高熱でうなされているようだ。

 感染症待ったなし。

 2週間は長すぎるな。

 とっとと骨を元の位置に戻して、とっとと破片も取り除いて傷口を塞がないと。

 つまり、今この場にあるものだけで解決するほかない。


「手術するしかないね」


 私はヤケクソ気味にそう言った。


「できるのか、こんなところで」


 と、すぐさま当然のツッコミが入る。

 手術用のメスなんてない。

 でも、小刀と裁縫用の糸ならある。

 それで、なんとかするしかない。


「道具の問題だけじゃないだろ。手術なんて誰がするんだ? 医者でもいるのか?」


 あまり賢そうに見えないライオがもっともな質問を立て続けにぶつけてきた。

 医者なんていないよ。


「私が執刀する」


「お、お前が……!?」


 領主になるために、私はいろいろな勉強を積んできたんだ。

 医学や人体構造も少しはかじっている。

 成功させる自信はないけど、失敗しても失うものはないだろう。

 ほっとけば、どうせ死ぬんだ。


「どうせ死ぬなら私に賭けてみない?」


 決めるのは、ウルスだ。

 ライオ。

 あんたはバケツでも持って外で立ってな。


 土気色の顔の、弱った目が私を見つめている。


「僕は……あなたを見捨てた。なのに、あなたは僕を助けようとしてくれている。それは、なぜですか?」


 ハンサムな顔によく似合ったハスキーボイスだった。


 理由なんかない。

 強いて言えば、善行は金を払ってでもやるべきだと教えられて育ったからだ。

 ウチの両親はお人好しなのでね。

 それこそ、目をかけていたお隣の領主に後ろからあっさり刺されちゃうくらいにね。

 だから、私は困っている人を見捨てられない性分なんだ。

 まあ、捨てるときはスパッと捨てるけど、それは八方手を尽くした上で無理だと判断したときだけだ。

 今はまだ、一縷の希望があるでしょう?


 私の言葉を、ウルスはときおり苦悶に顔をしかめながらも真剣な目で聴いていた。

 そして、迷うことなく言った。


「お願いしてもいいですか、ナインさん」


 もちろんオーケーだ。


「任されたよ。嵐の海で木の葉みたいに揺られている大船に乗った気でいてくれ」


「それ、まったく安心できないやつだろ……」


 ライオから的確なツッコミが入ったところで、さて。

 手術か。

 大口を叩いてみたはいいが、できるのか私に。


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

少しでも「面白い」と思っていただけましたら、

『ブクマ登録』と下の★★★★★から『評価』をしていただけると嬉しいです!

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ