15 道の駅ツアー
「しかし、ここはどこなんだ……」
未だ寝たきりのパーティーメンバーを病室に残して、ライオはツララ石がぶら下がる広い空間を怪訝な顔で見渡している。
大広間のあちこちで物々交換が行われ、炊き出しや酔ったバカどもの大喧嘩でずいぶんと騒がしかった。
「ダンジョンの中じゃなさそうだが、どこかの地下街か?」
「ううん、ダンジョンだよ。『勇者の果て地』の中層域。どっちかと言うと深層寄りだね」
私はいつだったか言われたセリフをそのままお返しした。
「いや、でも、ここは……」
ライオは狐につままれたように、しきりに首をひねっている。
困惑するのも頷ける。
3週間前、ここには砂山しかなかったからね。
それが今では料亭もあって酒場もあって、宿屋と銭湯まであり、物々交換で紅茶やクッキーだって手に入る。
怪しい奴らが吹き溜まっているそこらの地下街よりはよっぽど賑わっているだろう。
道の駅構想――。
思い返せばあっという間だったけど、けっこう大変だったなあ。
私は苦労話にたっぷり色をつけて熱く語り聞かせてやった。
すると、ライオはまだ泥のついた顔を訝しげに歪めてみせた。
「いや、それはおかしい。それが本当なら、お前はしぶとく生き抜いただけじゃなく、不可能と言われた中継拠点の設営をもやり遂げたことになる。それもほんの20日ばかりで、だ」
そーだね。
とはいえ、不可能というほどのことでもなかったよ。
中継拠点を作る条件はすべて整っていたからね。
私は旗振り役を担っただけだ。
私じゃなくても他の誰かがやっていただろう。
ここに住みたい奴がいればの話だけど。
「ま、案内してあげるよ」
私が自慢したいだけなのは内緒だ。
まずは、お食事処『はちみつ亭』――。
本当はガタイのいい冒険者たちが大食い競争でもしている絵ヅラを見せたかったのだが、今日も今日とてここには熟柿臭いバカ連中しかいなかった。
「嘘だろ……。百戦錬磨の猛者どもがヘソ出して寝てやがる」
酔っ払って食堂にうずくまる冒険者たちを見てライオは驚愕で目玉をこぼしそうになっていた。
「それだけ、ここが安全ってことか……」
それは保証できるよ。
寝ているとたまにスカロ・シェルが腹の上で暖を取っていることがあるけど、危険性は微々たるものさ。
「ナインさん、ちっす」
「こんちわっす。横、失礼するっす」
「いつもお世話になってるっす。ちす」
私より若いくらいの冒険者たちがペコペコしながら通り過ぎていった。
手に小包を持っていたから厨房で弁当でも作っていたのだろう。
潜るのか戻るのか知らないが、それ食べて頑張ってくれ。
「おい、ライオ。その人をナンパするのは、やめとけ」
坊主頭の冒険者がライオの小脇を小突いている。
「『首狩りナイン』を知らないのか? 死神みたいな鎌を振り回して魔物の首を狩りとる魔女って話だ。スカロ・シェルを呼び寄せる力があるらしいぜ」
「首狩り……なんだって?」
クエスチョンマークを浮かべるライオに合わせて、私も思いきり眉根を寄せた。
妙な噂が広がってはいたが、魔女呼ばわりされていたとは。
おい、ライオ。
なぜ1歩退く?
さっきまで肩を抱きそうな距離感だったくせにさ。
「よォ、嬢ちゃん。飲んでるかァ?」
マッカスが酒場のほうから顔を覗かせた。
珍しくシラフに見えるが、休肝日でも設けたの?
「いんや、実は第4階層とこことを往復して『カチ割りの実』を運ぼうって話をしてたんだ。飲み友となァ。酒はいくらあっても困らねえからなァ。つーわけで、ちょっくら出てくるぜ」
えらくご機嫌にそう言われた。
そりゃもう巨大な金塊でも掘り起こしにいくようなテンションである。
酒を飲むためだけに危険を冒すってことであってる?
「ほどほどにしときなよ?」
「わァってるよ。嬢ちゃんの活躍っぷりをこれからも見てえからなァ。酔っ払って死ぬような真似はしねえさ」
あごヒゲをじょりじょりした手をこちらに振ると、マッカスは飲み仲間とともに機嫌よさげに出て行った。
じゃ、宿屋はさっき見たとして、今度は風呂を拝ませてやりますか。
女湯を覗いてみると、ちょうどジーナが魔法を使っているところだった。
杖の先から半透明のベールを出して、壁や床を覆っている。
「カビ避けの魔法を施したところだよ。ついに完成さね。これが、アタシらの風呂だよ!」
ジーナが舞台俳優のように悠然と両腕を広げると、私の胸は大いに高鳴った。
待ちに待った、願ってやまない待望のお風呂がようやく我が手に……。
この日をどれだけ待ちわびたことか。
もう今すぐにでも波打つ湯の中に飛び込みたいところだが、まあ、お客が入りだしたら案内もしづらいからね。
先にライオの相手をしてやるか。
見ての通り、ここが湯船だよっと。
セメント剥き出しだと味気ないから、平たい石を貼り付けてみた。
天然石がいい味を出して、まるで露天風呂みたいだろう。
ま、天から最も遠い場所にあるけどね。
浴室を照らすのは、壁一面に移植された『緑蛍苔』だ。
ガルスの薬草図鑑によると、水滴を吸って光を放つ習性があるらしい。
別名「ダンジョンのサラダ」。
実は藻の一種で食べられるんだってさ。
照明兼食料だな。
湯気にけぶった浴室を淡い緑色の光が優しく照らしている。
ロマンチックだ。
弱そうな獅子像が口から湯を吐くウチの風呂よりずっと素敵だ。
あと、男湯と比べて女湯のほうが若干広い点も評価が高い。
姉御も憎いことをするねえ。
全然OKだけどね。
「本当にダンジョンの中かよ。『勇者の果て地』に風呂を作ってしまうなんてナイン、おま――」
「ほら、オスは出てった出てった」
私は、大袈裟に感想を述べるライオを脱衣所のそのまた向こうに追いやった。
「アンタ、ここは女湯だよ。間違えましたは通用しないからねぇ。今後は入ってくるんじゃないよ。わかったかい?」
「は、はい。ジーナさん、了解です!」
ジーナにギロリと睨まれて、ライオは妙に背筋を伸ばして返事していた。
不思議に思っていると、彼は声を落としてこう言った。
「ジーナさんと言えば、第5階層の攻略ルートを開拓した超すごい人だろ。知らないのか?」
初耳だ。
でも、さすが姉御だな。
「さっきのマッカスさんだって、第2階層の階層主を撃退したことがある大冒険者だぞ。俺たち中堅はあの二人を目標にしているんだ。ナイン、なんでお前、俺の憧れの大先輩と肩並べているんだよ」
それは、あれだ。
私の隠しきれない高貴なオーラみたいなものを二人が見抜いたんだろう。
どうでもいい。
あっちいけ。
私は風呂に入りたいんだ。
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