1 領主令嬢と濡れ衣
「貴様らを国家反逆罪で極刑に処ォーすッ!」
ある朝のことである。
隣のロスガ領を治める領主が騎士団を伴って我が家に乗り込んできた。
手に逮捕状を持って、だ。
いわく、我がルスト家は国王陛下にあだなす逆賊であるため、一家揃って死刑台送りにする必要があるらしい。
とうとうと罪状が読み上げられる中、当主である父は寝耳に水という顔で首をかしげていた。
私はすぐにピンときた。
政敵の奸計にハメられたのだと。
自慢じゃないが、私の家は領主の系譜だ。
王国の南部にある小さな領地を先祖代々治めてきた。
荒涼とした風景が延々と続く大平原の真っ只中にあるルスト領は昔から貧しい土地柄で、領民領主ともども長らく赤貧にあえいで暮らしていたと聞いている。
転機が訪れたのは、父が家督を継いですぐの頃だ。
20年前だから私が生まれる少し前の話になるね。
領都の地下に巨大なダンジョンが見つかったことで、すべてが変わった。
ダンジョンからこんこんと湧き出す地下資源が、ルスト領に未曾有の好景気をもたらしたのだ。
今では王国最大の迷宮都市として大陸全土に名を轟かせるまでになっている。
とまあ、そんなわけで。
父は成り上がり貴族の典型みたいな人だ。
味方は数えるほどしかいない一方、嫉妬から反感を抱く人は数え切れないほどいる。
ロスガ卿は後者の代表格みたいな人物だ。
貧しさから抜け出した隣人に、以前から理不尽な恨みを募らせていた。
懐の広い父はそんなロスガ卿にも支援の手を差し伸べ、寛大な心で接してきたわけだけど……。
まさか、刺される日が来るとは夢にも思っていなかっただろうね。
栄枯盛衰。
栄えあるものは、いずれ滅ぶものなのだ。
そうして、すべては歴史の彼方へと忘却されていく。
人類さえも、やがては……。
などと、黄昏がれている場合ではなかった。
私は現在、叩きつけるような雨の中を泥まみれになりながら走っている。
息はとうに上がり足取りもおぼつかないが、止まるに止まれない。
後ろから馬に乗ったロスガ領の騎士たちが猛然と追いかけてきているからだ。
逮捕される直前、ロスガ卿を蹴倒し、家族揃って屋敷を飛び出したまではよかったが、騎士団が相手では勝ち目などなく……。
逃げ惑っているうちに一家は離散し、私もこのザマだ。
地の利はあっても馬の脚には勝てそうもない。
いよいよ命運も体力も底を突き、背中に槍の一刺しをもらう覚悟を固めたところで、前方に洞窟が見えてきた。
私は酔っ払いよりもおぼつかない足取りで洞窟の中に飛び込んだ。
暗がりを嫌った馬が脚を止めてくれた。
これで少しは寿命が延びたが、騎士たちは早くも下馬して剣を抜き放っている。
水を蹴る足音を背中で聞きながら、私は洞窟の奥へ奥へと走った。
「……ぁ」
突然の浮遊感。
暗かったことに加えて、後ろを気にしすぎたことで足元が疎かになってしまったらしい。
私は地面にあいた穴に気づかず、斜面を転がり落ちる羽目になった。
口の中が砂っぽい。
そこは蟻地獄の巣穴のような場所だった。
足掻けば足掻くほど底なしの沼のごとく体を呑み込んでいく。
すぐに鼻まで埋もれて息ができなくなった。
騎士たちが気の毒そうな顔で私を見下ろしていた。
末代まで呪ってやるなどと怒鳴る間もなく、私は砂の底に呑まれたのだった。
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