第4話 哲学カフェにて
サンセットムーンライズに到着し、入口で予約名を告げる。
受付の店員が僕の顔をまじまじと見つめ険しい顔をしながら予約表をチェックした。
店内は少し騒がしく、男2人が大きめな声で話している。驚きと喜びが混じったような声だった。
「マジでこんなことあります?!」
「いやー信じられないねー」
店主と参加者に挨拶しようとお店の奥に進むとその2人は居た。
「あ」
3人同時だった。もう「あ」としか言いようがない。言葉に詰まって3人の動きが止まった。
僕とまったく同じ顔した男が2人、僕のこと見つめている。背格好も同じで、違いは服装。そして1人はメガネを、もう1人はあごひげを生やしている。
哲学カフェというあまり人が集まらないようなイベントに同じ顔をした人物が3人集合する確率ってどれぐらいなんだろうか。雷に打たれる確率よりも低いんじゃないだろうか。
しかも恐ろしいことに僕ら3人は名前まで一緒だった。フルネームが一緒ということだ。霜月朝陽。こんな名前で3人同時に被ることはあり得ないだろう。同じ顔で同じ名前の男が3人。足の力が抜けそうになる。
今日の哲学カフェ【第13回】テーマは「あなたは本当にあなたですか?」というもので、今この状況に陥った僕からすると全然笑えない。
もしかして生き別れになった3つ子なのか?でも同じ名前になることなんてあり得るのか?生き別れになったけど偶然同じ名前を付けられた3人なのか?アメリカのゴシップニュースとかで話題になりそうだな、と他人事のように考えていた。
僕と同じ顔をした男が「3つ子じゃなく6つ子かもよ」と真剣な顔で言う。
そしたら同じ顔をした男が「おそ松さんじゃん」と突っ込んだ。僕が突っ込みたかった。思ったよりも深刻そうではないのは、僕よりも先に同じ顔同士で一盛り上がりしていたからだろうか。
他の参加者たちは僕ら3人の他に4人居て、僕たちに対してそれぞれ好奇心をあらわにする人が居たり、哲学カフェどころではない盛り上がりに対してしきりにスマホで時間を確認し主催者(喫茶店の店長)に目配せする人が居たりと、反応は様々だった。進行役であるファシリテーターは本日のテーマに合わせたかのような僕たちの出現は大歓迎という感じで話に加わってきた。
「とりあえず哲学カフェ始めます?」
僕が切り出してみると、即座にファシリテーターは、
「要らない要らない。君たちの存在がすでに哲学なんだから」
と興奮気味に言った。
ファシリテーターは『哲学カフェを哲学する』の著者で丸久悠という方らしい。
僕と同じ顔をした男が丸久さんにサインをお願いしている。「霜月朝陽メガネさんへ」と書かれていた。あごひげと僕にもサイン入りの著書を差し上げますとのことで、それぞれ「霜月朝陽あごひげさんへ」「霜月朝陽プレーンさんへ」と書かれていた。僕だけ小馬鹿にされてないか?と思ったが、メガネもあごひげも「いいなプレーンって呼んでもらえて」と羨ましがっている。嬉しいか?プレーンだぞ?
丸久さんが進行役で「あなたは本当にあなたですか?」というテーマで話し合うのだが、他の参加者もやはり僕たち3人が気になるようで、想像していた哲学カフェとは大分イメージが違うものになってしまった。他の参加者には申し訳ない。僕が申し訳なく感じることでもないのだが。ここに伊藤先輩も居たらさらに収拾がつかなくなったことだろう。
メガネとあごひげが話しているところを見ていると段々気持ち悪くなってきた。僕は本当に僕なのか。生きている感じがしないという僕の悩みは彼らも感じたことがあったのだろうか。僕の悩みは僕だけのものなのだろうか。
顔が似ているのもそうなのだが、僕が気持ち悪く感じたのは彼らのしゃべり方や発声法だ。僕が隠し撮りされた映像を見せられているような、僕は普段こんなしゃべり方をしているのだと指摘されているような、そんな居心地の悪さがずっとつきまとう。
非日常に突き落とされたせいで意識しないままだったが、やはり同じ顔と名前が3人集まるというのがそもそも気持ち悪いではないか。なぜみんなこのことを無視して哲学カフェを進めていけるのだろう。二人は実は僕の顔をしたゴムマスクを着けていて、僕の名を騙り、僕を笑い者にしようとしているのでは。
でもそんな考えはすぐに打ち消す。まず意味が無いということ。芸能人相手にするのならドッキリ番組という可能性もあるだろう。そして、彼らのしゃべり方や発声法は、やはりどうしても僕としか思えないのだった。
哲学カフェの性質上仕方がないことだが、当然のように「あなたは本当にあなたですか?」という哲学的問いへの答えなど出ない。もちろん「人生を生きている感じがしない」という悩みに対しても誰も答えなどくれない。
もし僕が今日ここに来なかったら、メガネとあごひげは2人で仲良く奇跡的な出会いを分かち合い、哲学カフェ自体もメガネが敬愛する丸久さんの進行により濃密な時間が過ぎていったのだろう。僕も彼らのことなど知らずに、相変わらず伊藤先輩とああだこうだとくだを巻いて過ごしたのだろう。
だが現実として僕たち3人は出会ってしまった。この世界は面白いが大抵の場合面倒臭いものだな、などとアニメのセリフっぽく吐きたくなってしまう。
あごひげの発案で、僕たち3人と店長とでLINEグループを作った。
表示名は「メガネ」と「あごひげ」にした。きっと彼らは僕の表示名を「プレーン」にしていることだろう。
だが表示名変更は数日後には無駄となった。
「メガネ」が消えたのだ。