2話 胡散臭い仕事
「うぇ〜〜〜………。」
「何へばってんのよ。」
「船酔いばっかりはどうしようもないじゃないですか…………うぷっ…………。」
大監獄”プリゾンフュラケー”に向かう為に船で移動中のリニムとリィ。
船酔いを起したリィは案の定船の上でグロッキーになっていた。
そんなリィを監獄からの案内役を請け負った看守が心配していた。
「大丈夫ですか?リィ殿。」
「一様は大丈夫です………。陸に付けば勝手に回復するので……。」
「本っ当に船に弱いわねアンタ。竜車は大丈夫なのに。」
「海上特有の揺れがだめなんですよ……。」
グロッキーのリィを見て呆れるリニム。
この際ほっとく事にして依頼内容を看守に訪ねた。
「ハァ……。んで依頼の内容は?」
「ああはい。内容は囚人の処刑です。」
「ハァ?処刑なんてそっちでやればいいじゃない。何で私達がわざわざ人殺しなんてしなきゃなんないのよ。グィラの奴帰ったらいっぺん殴ってやる。」
まさかの依頼内容にリニムは悪態をつく。
わざわざ大監獄まで行って死刑囚一人の処刑をするという依頼内容を聞いて悪態をつかない人はまずいないだろう。
そして横で依頼内容を聞いていたリィが看守に言う。
「うぅ〜………。看守さん、もしかして処刑ってあれですか?斬首刑ってやつですか?もし僕の剣でやれって言うならお断りですよ………。僕の剣は処刑用の処刑剣じゃないので。ウヴッ………。」
「アンタはもう船室で寝ときなさい。着いたら起こすから。」
「ずみまぜん………。」
グロッキーの状態で居座られても面倒だと感じたリニムがリィに船室で休むように言い、リィは船室へとフラフラしながら向かう。
リィが船室へと移動し、看守と二人っきりになったリニムが看守に問う。
「で、処刑ってどういう意味?返答次第なら今すぐ帰るけど?」
「………………ここでは耳が多いのであちらで。」
「?」
そう言い看守はリニムと共に船首側に行き人に聞かれない様に小声で話す。
「(実は処刑という体で死刑囚の一人を受け取ってもらいたいのです。)」
「(ハァ⁉死刑囚をこっちで預かれってこと⁉)」
まさかの依頼の真実に驚くリニム。
死刑囚の処刑という体にした死刑囚の買い取り。リニムは自分の団の団長であるグィラに対して呆れと怒りを覚える。
「(厳密には死刑にした体でそちらで身柄を貰い受けるといった形でして。そちらのグィラ様が今回の人物を買い取りまして……。)」
「(アイツ……。ハァ…わかったわ。リィにも勿論説明するんでしょ。)」
「(ハイ。しかし、リィ殿は見たところまだ少年といったところですが、大丈夫でしょうか?)」
看守がリィについて心配をする。
リィはパッと見で女性に見える程に身体が細いこともあり傭兵としては非常に弱そうに見える。
看守がリィの心配をするのも無理は無い。
しかし、かれこれ4年の付き合いになるリニムからすれば無用の心配だった。
「(平気よ。アイツも伊達に傭兵やってないわ。)」
「(わかりました。では後ほどリィ殿にも説明をしておきましょう。)」
「(ええ。お願い。あぁ、それと。今回の対象の情報をくれるかしら?)」
「(こちらの用紙に記載されてます。)」
「(ありがと。)」
リニムは看守から依頼対象の死刑囚の情報が記載された資料を受け取る。
「では私はリィ殿を呼びに行ってきます。もうすぐ到着しますので。」
「ありがと。ああ、アイツ体調悪い時クッソ機嫌悪いことがあるから気をつけて。」
看守にそう言いリィを起こしに船室へと向かう。
船首に一人残ったリニムは対象の情報の書かれた書類に目を通す。
ギィラ・ガヴェラス
年齢23
性別 女
種族 龍殺し
罪状
戦場にて敵味方関係無く鏖殺
その後、戦争状態の両国家の重鎮を殺し、その後自ら捕縛される
龍殺しの一族は貴重故に死刑にできず、終身刑と判決
しかし、監獄内で囚人殺しを行い死刑囚に変更
「まさか同族とは………。そりゃあ死刑にするのを渋るわけだ………。」
龍殺しの一族はその希少さ故に非常に重宝される。
戦争の軍に入ればその国が一気に優勢になる程の影響力を持ち、単騎で龍種を狩ることのできる数少ない種族だ。そう簡単に死刑にはできない。
龍殺しの一族であるリニムはそれを痛いほどわかっていた。
「リニム殿、どうかされましたか?」
資料を読むリニムの後ろから声をかけたのはリィを起こしに行った看守だった。
「あら、随分早かったわね。リィは?」
「”了解です。着いたら呼んでください。”と。」
「そう。まぁあんだけグロッキーならギリギリまで休ませといた方が良いか。それで?処刑の方はどうするの?」
「リニム殿とリィ殿は派遣された処刑人ということになっています。お二人のどちらかが処刑するように見せかけて対象を気絶させ、遺体はそちらで処理する手筈になっているのでそのまま回収して帰還できます。」
「なるほどね、わかったわ。っと、もうすぐ着くわね。」
「では私はリィ殿を呼んで来ます。」
「えぇお願い。それにしても、随分物騒な場所ね。」
絶海にポツンと浮かぶ無骨な石造りの巨大な建物。
灰色の石壁に鉄の檻がいくつも埋まっている。
絶海の大監獄、”プリゾンフュラケー”がその姿を現す。
そしてタイミング良く船室から出てきたリィがリニムに話しかける。
「リニムさん………来ましたよ……。ウッ……。」
「来たわね。まだ体調悪いの?」
「多少マシです……。陸に上がれば後は時間で治ります………。」
「そう。じゃあ行くわよ。看守さん、案内をお願いするわ。」
「はい。ではこちらへ。」
リニムとリィは船着き場に泊まった船から降りる。
看守の案内で石造りの壁に一つだけ存在する大きな鉄のドアへと入っていく。
依頼とは言え大監獄に入るのは緊張するのか、リィはリニムにピッタリくっついて離れようとしなかった。
「ちょっとアンタ、歩きづらいから離れなさい。」
「無理ですって。せめてもう少し慣れるまで待ってくださいよ……。」
プリゾンフュラケーにある死刑囚が入る檻。
その中の一つに入った蒼い髪に黄金色の眼をした女性が入っていた。
手は手錠と鎖で頑強に捕縛され、足も壁と鎖で繋がった足枷を嵌められていた。
しかしこの女性、死刑囚であり、檻の中だというのに笑っていた。
「おやおや?面白い気配ですね……。片方は同族、もう片方は………なんですかね?人……ですけど何か混じってる?フム、これは面白いことになりそうですね!!アッハハハハハハ‼」
プリゾンフュラケーの最奥にある牢屋から狂喜の笑い声が響き渡る。
見張りの看守はいつもの癇癪だと思い呆れる。
しかしこの笑いはいつも以上に狂喜と期待に満ちていた。
「クククッ……私を楽しませてくださいよ。来訪者さん♪」
檻の中で女性が笑いながら言う。
この大監獄へと足を運んだ訪問者達に向けての言葉は、恐ろしく冷え切っていた。
「クシュン!!」
「ちょっと船酔いに続いて風邪?うつさないでよ。」
「いえ、鼻がムズムズしただけです。」
「仕事で来てるんだからシャキッとしなさい。」
「は~い。」
「後鬱陶しいからさっさと離れなさい!!」
「もう少しだけ待ってぇ………。」