馬鹿恐怖馬鹿力
「ダンベルプレス4セット15レップス、その次はダンベルフライ4セット15レップスその次は」
鳥の卵のように浮き出る上腕二頭筋に、男らしさを象徴する発達した大胸筋、その他部位の筋肉を追い込みながら勇気は一人で筋トレに励んでいた。
「俺はもっと強くなって人を救うんだ!」
あの日、トラックの下に埋まっていた少女を助けられなかった過去がある。
少女は救助隊によって無事助かったわけだが、勇気は車体をあげる腕力が足りなかった事を今でも悔やんでいる。
人を助けたいという執念で真っ先に思いついたのが筋トレである。
「その胸といい、腕といいすごい筋肉が発達しているね」
勇気が筋トレに夢中になっている傍から、金髪の少女が話しかけてきた。
その少女はスレンダーな体系で、ノースリーブがアメリカンのような色気を醸し出しており、容姿も美形でブロンドのようなハーフのようだ。
こんな美少女に声をかけられるのは初めてでとてもうれしかった。
最近ネット番組で見かけた最新科学のテストステロンによる影響とか、男女恋愛心理学的な風情を連想させる。
「なぜあなたは筋トレをしているの?」
「強くなりたいからかな?君は?」
「私の事はいいの。ただ美しくなりたいだけよ」
(自分のことを聞かれたくないような言い回しだな......)
そういう人もいるだと思いながら会話はこの辺で終わったが、トレーニングが終わると彼女にこの後一緒にご飯食べに行かないかと誘われた。
逆ナンされたのは初めてでとてもうれしく、彼女と一緒にご飯を食べに行ったり、筋トレという共通の趣味の会話が盛り上がり3次会4次会と二人で色々楽しんだ。
最初会った時は気が合いそうにもなかったが、以外にも話が合い、互いに心を開くようになる。
デートは住宅街の灯りが消えるまで遊び捲り、最後の締めくくりに二人で暗い夜道をぶらぶら歩いていた。
「今日は楽しかった、本当にありがとう。」
「俺の方こそ楽しかったよ、また一緒に遊ぼう」
次はいつあいてる?と連絡先をきく常套句でもお披露目しようと思ったその矢先、彼女の後ろから黒服の男達が近寄ってきた。
「おい、時間だぞ、デートは楽しかったか?」
「なによ、しつこく付きまとわないでよ。」
「ほう、やはり示談は成立してないようだな、このままお前を家までさらって好き放題にしてもかまわないんだな?」
示談?なんのことかさっぱりわからない状況だが、彼女は嫌がっていた。
勇気は状況を理解しようと彼女に話を聞こうとしたその矢先、彼女は黒服の男に腕を強引につかまれた。
「ちょっとやめてよ!なにすんの!」
男は拒む彼女を無視して、腕を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。
状況はわからない、黒服は反社会組織か何かの一員にも見え、腕を捕まれるほど彼女は何か悪いことをしたのかと理屈も考えようとしたが時間がない。
助けに行きたいけど、足が震えている。
(クソ!彼女が困っているのに、怖くて何も出来ない!)
あの時とまさに一緒だった。
トラックに埋まってしまった少女を助けきれなかった。
あの時は筋力がなかったから、トラックを持ち上げることが出来なかった。
でも今は筋力はある。
黒服の男よりも、勇気の方が圧倒的に体格は大きいし、今すぐにでも蹴散らすことができるかもしれない。
だが、相手が反社会の組織とつながっていたら?凶器を持っていたら?自分にも大きなリスクが伴う。
咄嗟の判断が重要なこの状況下においても、勇気は迷っていた。
怖い.......だけど、あの時俺はトラックに埋もれた少女を助けることが出来なかったが、助けようとしたことはできた。
なぜあの時少女を助けようとすることができた?なんのために俺は筋トレをはじめた?なんのためにこの体があるんだ!
その時、勇気の体は緊張状態に達し、全身に力をこめる。
考えてしまっては彼女を助けられなう、だから力を込める。
全身に力をこめて、走り出す。
彼女のところへ、あの日トラックに埋もれた少女を助けるために、勇気は金髪の少女のところへ走る。
「俺の彼女から手をはなせえええええええええええ!馬鹿野郎!!!」
そして、全身に分散していたエネルギーを自分の右こぶしに集中させ、思いっきり黒服の頬をぶん殴った。
黒服の男はアクション漫画のように予想外に1M以上吹っ飛んだ。
筋トレの成果がここで実った。
そして、彼女を助けることができた。
「大丈夫か?」
「え、ええ」
彼女は今までになかった驚きの表情をしていた。
黒服の男は完全に意識を失っている。
この後、黒服の男を無視したまま、二人で逃げた。
彼女は家に帰りたくなかったようで、話を聞く代わりに俺の家に泊まっていくことにした。
この後、なぜ黒服の男に絡まれたのか、示談とはなんのことなのか聞いた。
そして、今後二人でどうしていくのか方針を決めた。
この時、勇気は初めて人を助けるとはどういう事なのか学んだ。
元から誰でも助けられるヒーローなんて、この現実にはいない。
人々を豊かにしたいから勉強して政治家になる、病気で大切な人を失ったから医者になる、誰かを救いたいから強くなる。
そう、勇気は長い間人を救いたかったとあの時弱い自分を認めて努力をできたからこそ、金髪の少女を助けることが出来た。
弱い自分がいたからこそ、あの時助けたいと思った。
もとから強ければ、人を救いたいなんて思わなかったのかもしれない、
強ければだれかを救いたいと思うという確証はないが、少なくともあの時は弱いからこそ今がある。
これが成功体験なのだと肌にかんじながら、また助けられた金髪の少女も彼のようにだれかを救いたいと思うようになった。
2人になれば、もっと人を助けられる。
さあ始めよう、誰かを助けるために筋トレを、、、、