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とある警察署内シリーズ

T路地の犬

作者: 千子

「山崎先輩、最近この辺で不審者が出没するらしいですよ。知ってました?」

「俺はなんでお前が知らなかったかの方が疑問だよ、川口」

吸い終わった煙草をぐしゃりと潰して灰皿に置くのは山崎の癖だ。

「だが、夜中にフードを目深に被ったくらいの不審者は俺達の管轄外だ。しかも何をするでもなく歩いているだけなら単なる歩行者である可能性もある。課が違う俺達がしゃしゃり出たらいらん火種になるだろ」

突っぱねる山崎に川口が縋り付く。

「えー。でも、交通課の真由美ちゃんが怖がってたんですよ」

「誰だよ、真由美ちゃんって」

山崎が川口に訊ねると軽く返事が返ってきた。

「えー!知らないんですか?交通課で一番可愛い真由美ちゃんですよ!目がくりっとしてて……」

「知らん。興味もない。大体、お前と違って俺は妻帯者だぞ」

うんざりする山崎に川口はなおも言い募る。

「でも、お弁当を分けてくれたりいい子なんですよ」

その言葉に、おっと思った。後輩に春が来るならめでたいことだと思った山崎は、しかし川口のことだから勘違いかなにかかもしれないと確認を取った。

「その弁当はお前だけに分け与えてくれるのか?」

「いえ、男性には平等に与えられています」

「計算高いのか低いのか分かんねーな……」

真由美ちゃんは男性には誰にでも弁当を与えるということは女性には分け与えないということだ。そこら辺で性格も分かる。

しかし、狙った男性は特にはいないと。

真由美ちゃんがそんな性格なら川口と上手いことくっついても川口が苦労しそうだなと思った。最悪、財布くらいにしか思われないかもしれない。

そういう犯罪者なら山程見てきた。

もちろん、真由美ちゃんは犯罪者などではなく交通課のアイドルなのだが。

「だから、真由美ちゃんに格好いいところを見せるチャンスなんですよ!所轄管内の事件ですよ!課の垣根を越えていきましょうよ!」

「お前は真由美ちゃんとやらにいいところを見せたいだけだろうが!」

怒鳴る山崎にも慣れている川口はのんびりと答えた。

「でも、今のところ他に事件もないですし、お手伝いしましょうよ」

川口の熱意に押されて、とりあえず課長に話を通してから不審者の目撃情報があった場所へと赴いた。


不審者の目撃情報があった場所は人気がないところだった。

歩きながらT路地に行き当たる。

「真由美ちゃんが不審者を追い掛けて全力疾走しても追い付けず、ここら辺で見失ったらしいんですよね」

ちょっと待て。真由美ちゃんは不審者に怖がってるんじゃなかったのかとか、不審者を全力疾走して追い掛けるなんてガッツあるな真由美ちゃんと山崎は思ったが、話が進みそうにもないので黙っておいた。

「ここら辺、僕の通勤路なんですよ。あそこのT路地の真正面のところに誰彼構わず吠える犬がいるんですよ。吠えないのは家族ぐらいだとか」

「そうか」

と返事をして、いや待てよ。と山崎は思い直した。

「川口。今まで不審者を見た人物から話を聞きに行くぞ」

そして山崎は目撃者に必ず聞いた。

「その不審者がT路地に差し掛かった時に犬は吠えなかったんですね?」

目撃者はその答えに全員「はい」と答えた。

「言ったじゃないですか、あそこの犬は誰彼構わず吠えて吠えないのは家族ぐらいだって」

「その犬がこっちの方に人が来たのに吠えなかった……つまり、ここの家の住人が怪しいな」

件の家の前で犬に吠えられつつ推理をするという情けない構図だが山崎も川口も真面目に考えているのだ。

「ちょっと、話でも聞いてみるか」

「他の課の仕事じゃないんですか?」

川口が山崎に言われたことを蒸し返すと山崎は「いいんだよ」と言ってインターホンを押した。

警察だと名乗ると奥さんが恐る恐る現れて応対してくれた。

川口には何がいいのかさっぱり分からなかったが、それが警察というものなのだろうと判断して黙って着いて行った。


結果として、不審者はいなかった。

犬を飼っている家の息子が人見知りが激しいコミュニケーションを取るのが苦手な不登校児で、外に出る練習をしようと深夜に外に散歩に出ていただけだった。

フードを目深に被っていたのも人目が怖くてのことだったらしい。

奥さんは不審者の噂は聞いていたもののまさか息子がわざとではないとはいえそのような扱いでいたなんて思いもよらず、辞めさせるべきか、本人の外に出ようとする意思を尊重するべきか悩んでいたらしい。

そこら辺は家庭の事情なのでなんとも言えないが、せめてフードではなく帽子ではどうかと提案はしておいた。

あと、外出時に両親のどちらかが付き添えば単身の不審者と思われないだろうとも進言しておいた。

あとはそういった子供の相談施設などを紹介したりして犬の吠える家を後にした。

奥さんは終始恐縮していたが、誰が悪いでもない。

愉快犯や危険思想の犯人がいなくてよかったな、と山崎は思った。

あとはあの家族次第だ。

署に帰ると不審者を追っていた課と自身の課長に事の顛末を話しておいた。


「元から地域の安全は良かったんだな、いいことだ」

「そうですねぇ。息子さん、日中も外に出られるようになるといいですねぇ」

のんびりとした口調の川口に山崎はそういえばとせっついた。

「今回の件で噂の真由美ちゃんとは近付けたのか?そんなにかわいいんじゃライバルも多いんだろ」

「そうなんですよ!真由美ちゃんって実家で飼っていた亀に似ていてかわいいんですよ〜。目がきゅるるんとしていて」

女心に疎いさすがの山崎も思った。

「それ、真由美ちゃんとやらには絶対に言うなよ」

山崎の忠告も虚しく後日、川口が真由美に頬を張られる音が交通課に響き渡った。

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