ドール・コム 1
異常なダイナモ開発の発覚に伴い当局による対応が本格化し、一時的に俺達稼ぎ屋は蚊帳の外になった。
俺はまだ狙われている可能性があると単独行動を避ける様にギルドと当局の双方から勧告もされていたので、これまで貯めた預金の7割を注ぎ込んで警備の厳重な当局系の医院に短期入院することにした。
高価な 霊薬をベースにした毒光線被爆治療を受ける為だ。
これまで延命をそこまで考えてなかったが、激しい仕事が続くなら仲間の足手まといになりかねない。体質改善くらいはしておきたかった。
このまま安全圏で事が済むとは思えなかったし、何より納得できないというのもあった。
・・午前中の投薬を終え、味の薄い昼食を済ませ、あまり面白くない病室の白黒テレビをしばらく見て食休みをして、病院内にあるジムでトレーニングをした。
入院してから5日経ち、体力が向上している。何より激しい運動をした後の貧血の程度が浅い。
「増血剤は負担の軽い低濃縮剤に切り替えて良さそうですね。よく頑張りましたね。タカナシさん」
運動療法師とは別に、トレーニングにも付き合ってくれている額に2本角のある鬼人族の看護師、ダーナンさんは爽やかに微笑み掛けてくる。
「あ、ああ、はい・・」
実務能力特化タイプの人も勿論いたが、高額医院なので看護師のレベルがやたら高いっ。大金が無いと話せもしないんだろな、と思うと余計に挙動不審な受け答えになってしまった。
プラスチックカップに入った水と一緒に丁寧に差し出してくれた低濃縮の軽負荷増血剤を飲む。
もう身体はなんともないが退院予定日は明後日だ。食事に、誘ってみるか? 戦後は気分も落ちたし、貧血症もあって色恋沙汰からは遠ざかっていた。だが、今なら・・ダーナンさん!
「いい歳して思春期みたいな顔やめろ、タツオ。こっちがこそばゆい」
「まぁ実際、私も可能ならここで暫く暮らしたい平均値の高さではあるよ?」
カンロとジェドがトレーニングルームに入ってきた。ぬうっ。
「・・・見舞いか?」
「見舞い? マシンのチューンナップをしてるんだろ?」
「誰がマシンだっ」
「まぁまぁ、当局は予想通り相手の組織規模に対して人員が足りなくなってパンクしたようだよ? これだけ対応しているワケでもないだろうしね」
戦後処理はまだ終わってないしな。なんならコレも、その一環だろう。
「そこで私らバウンサー様の出番ってワケだ!」
「タツオ、もう退院できるよな?」
「ぐっ」
俺はダーナンさんを見たが、
「お疲れ様でした」
凄い綺麗な営業スマイルを返されてしまった。とほほ・・
というワケで、拠点にしている市から遥か離れた州の端にあるアルバート基地に当局の諜報部と特殊部隊員や他のバウンサーの隊と共に潜入したのだが、基地外周付近で待機していた撤退支援部隊があっさり索敵されて、俺達と関係無く戦闘を始めてしまった。
いや、何でだよっ。
(無線は使うな、潜入されたことは気付かれてる。作戦に変更は無い。逆心した基地司令モチヅキは特殊部隊。システム掌握は我々諜報が担当する。君達バウンサーは割り当てられた予備的な任務を遂行してくれ。残存の通常大型機動兵器は起動前に完封している)
補助魔術道具も使っているようだが、諜報部に念話魔法が得意な者がいた。これは全員に伝えてるのか? 凄いな。
「タツオっ、ジェドっ、面白くなってきた! 隠しドックっ! 暴くぞっ? ふふっ」
「静かに頼むよ、カンロ君」
「・・3番ドックまでまだ距離あるしな」
アルバート基地は、基地司令のモチヅキが社会主義者であると共に国粋主義者でもあり、同じ思考の者達で基地構成員を固めていた。
件の組織とも繋がりが深く、主に大型火器の横流しをしていたようだが、機械化した大型の魔物や試作型の魔石式戦機の試験運用も担っていたと推定されている。
先日から、他基地との合同訓練や国境付近の不穏分子掃討を名目に基地戦力の大半が出払った状態であったが、お仲間の隊員達は今日の夕食に下剤を盛られ悶絶した状態で正規軍によって既に制圧されている。
とは言ってもゴリゴリの好戦マッチョが牛耳る軍事基地だ。うっかり伏兵が見付かったりすると蜂の巣をつついた具合になるワケだ。
俺達は暗視ゴーグルを掛けつつ赤外線視認対策のフード付きマントを羽織り、警報の鳴る中、コンテナの陰に隠れて移動していたが次の建屋の陰までコンテナ等の物陰が1つも無い所に来てしまった。
フル武装の兵士達や球形浮遊防衛体がワラワラと行き交っている。
3番ドッグ地下の隠しドックに試作型の特殊なタンク型のマナアーマーがあるらしい。コイツを少なくとも基地の制圧が済むまでは出撃不能にする。それが俺達の隊の仕事だ。
諜報部の話ではすぐ出撃できる状態ではなく、現状も出撃体制にはなっていないようだが・・
「無難に、迷彩魔法でゆこう。充填法杖1本あれば撤退まで持つかも? だよ」
機械仕掛けの短い杖を腰裏の鞘から抜いた。3本持っている魔力を溜めた使い捨ての補助具だ。1本で魔力活性剤2本分の力を使えるが、メチャクチャ値段が高い。
当局から経費をせしめたバウンサーギルドからの支給がなけりゃ3本キープして仕事に挑む、なんて贅沢な仕事は中々できない。
「離脱用に1本は残しといてくれよ?」
「了解、了解。・・レオロっ!」
レオロの迷彩効果とマントの赤外線耐性で姿を隠し、タイミングを見て一気に掛けて次の建屋まで駆けた。
術を共有している俺達同士は透けて見える程度だ。
・・よし、行けた! そのまま3番ドッグまでなんとかたどり着けた。
軍が扱い易いガードボールを重用し昔ながらの軍用犬の類いを使っていなかったから、犬の嗅覚や直感の類いでバレずにすんだぜ。
3番ドックの東側の側面に周り込んだ。報せが済めば状況把握の邪魔になるからか? 警報はもう止んでいた。東側に出入り口は無く見張りもいない。監視カメラは諜報部が細工しているので多少は荒っぽいことをしても大丈夫だ。
「あった!」
カンロが目敏く、地面スレスレにわかるかわからないか程度の目印を見付けた。
この奥は位置が悪く使われていない資材置場で、床に細工があり、外せば地下ドッグの梁の上に降りれるはずだ。
「頼むぜ、カンロ」
「任されたっ!」
カンロは展開済みの刀身伸縮式の太刀型付与白兵武器を構え、硬質化の力を付与した。
「チェストっ!」
剣の技『アダマン斬り』で壁を器用に菱形に切り抜き、ガコンっと、手間に落とすカンロ。
「おお~」
「さすがカンロ君」
「ふふん」
中に入り、細工された床を外し、暗界ゴーグルを外して様子を見てから鉄骨の梁の上に降りた。
地下ドックはマナアーマー3機を格納できそうだったが、今、あるのは目当ての試作機だけだ。その機体は青く、美しいシルエットだった。
地上へのリフトは1機ずつ、だな。
「どうだ? 元アーマー乗りから見て」
「妙に有機的なデザインだ。頭身も少し高い。格闘向きだが、砲戦する分には過剰に擬人化し過ぎな気はする。動力は例のヤツかもな」
「何か見えるかい?」
「・・いや、何も。この間のガラクタ山のもだが、製品として加工されてしまうと人間的な自我は無くなるのかもしれない」
「気が滅入る。とっとと片そう!」
俺達は4手に別れることにした。
爆破容易なリフトはジェドがウワバミのポーチ内にいつでも出せるようにキープしていたステルス機能持ちの中型魔術傀儡人形を向かわせる。
機体の無限軌道にはカンロ。ジェドは梁の上に待機して支援と状況把握と脱出準備。
俺は中二階にある管理室へ向かう。そこに試作機の起動キーがあるはずだ。
これは持ち去られたり破壊されると後の作業が面倒になるし、奪ってしまえば機体の無力化も叶う。
優先順位は俺、カンロ、ステルスゴーレム。機体とリフトが無傷で済むならそれに越したことはない。
地下ドックの警備は武装兵と小型の自立多脚対人機体。
ガードボールは作業場では事故原因になり易いので配置されていないようだ。クラブアーマーも大概危ないが非常事態ということだろう。
非戦闘員は管理室で混乱した様子で連絡を取ったり資料破棄を進めたり、その準備したりしているエンジニア3名だけだ。
管理室の警護は室内に兵士1人、部屋の前にクラブアーマー2機。リフト側の窓が開いている。
俺は制御し易い小剣型のブリンカーに念力の力を付与して落下をコントロールして管理室の屋根に降りた。
見辛いのでカンロが試作機の無限軌道の所定の位置に身体から離れれば迷彩対象外になる判別用のシールを貼ったのを確認する。
全く見えないが、ステルスゴーレムもリフトの側の所定の位置に判別シールを貼った。
俺もリフト側の窓の上まで移動し、梁のジェドの位置を見て判別シールを手近に貼った。
ジェドが動いた。2本目のマナワンドを使って精度が高く、帯電対策にもなる烈風魔法を2連射して風の刃でクラブアーマー2機を両断して爆破させる。
ドッグが騒然となる。
管理室の中の兵士も慌てて爆風で凹んだ出入り口のドアを蹴破り、枠の陰に隠れて応戦の構えを取ろうとしたが、窓から密かに飛び込んだ俺が、無詠唱で眠りの力を付与した弾丸を防弾ヘルメットの頭部に撃ち込んで眠らせた。
迷彩を解除していないので、エンジニア3名は混乱したが、混乱したまま蹴りと拳打と肘打ちで昏倒してもらった。
「暫く寝ててくれよ」
中二階への階段と逆サイドの中二階やエレベーターからの通路はジェドがゾラの風の刃で破壊。
俺も飛んで逃げるしかないがそれはそれ。制御キーの入った。室内にあった厳重な保管箱に取り付く。俺は鍵明けの専門家じゃないし電子キー解読の専門家でもない。
「諜報部様々」
事前に諜報部が手に入れていたスペアキーと解除コード入力で開けた。
「見た目はあまり量産機と変わらないな」
取り出したそれはナイフ型の機械構造物。俺としてはお馴染みだが、材質が変わっていて、気味が悪いくらい軽い物だった。