酒の材料を集める 3
トンチャ岳から行ける台地で、ジェドが使役する小型傀儡人形を大量に放ち、3時間程して帰還した7割程度の個体から霊蘭酒造りに必要なスパイスや魔術陶器の補強に必要な鉱物等を回収し、ついでに売れそうな素材もいくらか回収した。
日が暮れだしたこともあって俺達は一応トンチャ迷谷側のルートは通らず、バイクを無理矢理ウワバミポーチにしまって、遠回りだが山道を伝って山の東側にある一般登山者向けの山小屋で1泊することになった。
翌朝、魔石バイクの使える道まで下ざんすると、市ではなく2つ先の田舎町ブロンコに向かった。
山小屋で電信を使ってギルドに確認したから間違い無い。フガク爺さんの息子はまだブロンコに滞在しているはずだった。
この息子も土器錬成師で、ギルドの補助員として一応登録していた。サポーターとして活動実態は薄いようだが・・
「依頼人のプライベートに入り過ぎじゃないか? 俺はそっちはパスだぞ? ブロンコに着いたら『良い店』で酒を飲んでくる」
「はいはい、どーぞ」
「鱒のスシィも美味いらしい」
「らしいな」
「・・もう一度だけ言っておくが、依頼人のプライベートに構い過ぎだ。稼ぎ屋は大層な商売じゃない」
「わかった、って!」
俺はタツオに小言を言われながらも、なんとかブロンコまで到着した。
俺はジェドと一先ず別れ、野外を乗り回したバイクは整備工場に預け、バウンサーのブロンコギルド支部に確認を取ると、この町の土器錬成師のギルド支部へ向かった。
支部といっても田舎町のブロンコには土器錬成師は5名しかいない。普通の陶芸家や陶芸業者の組合も兼ねた牧歌的な物だった。
「タツオ・タカナシさんだね? バウンサーのギルドから話は聞いている。フガク先生は確かに我々土器錬成師ギルド全体としても敬愛してやまない傑人だが・・少々プライベートに」
「もうその件いいからっ! 具体的なこと話そうぜっ。これは差し入れ!!」
俺はサングラス越しに剣呑だろうな、と思いつつもテーブルに大きめの容器に入れたそこそこレアな土器錬成素材、蠢く土+1、輝く砂+1、奇妙な泥+1をドカドカと置き、土器錬成師ギルドの担当者の方にグッと迫った。
バウンサーは押し出しが強くないとな!
フガク爺さんの息子、ノリオ・フガクはバウンサーギルド系列の1階や酒場、2階は宿という古典的な店のカウンターで酔い潰れていた。
「邪魔する。俺はルートビアで」
俺はノリオの横に座り、ノリオの前にアルコール特化の解毒薬の小瓶を置いた。
「奢りだ。シラフで話そうか? 俺はタツオ・タカナシ。ノリオ・フガクさんだな」
「・・私の方も、土器錬成師ギルドとバウンサーギルドの方から話は聞いていますよ」
「どいつもこいつもお喋りだ」
「針のムシロですよっ」
ノリオは解毒薬をヤケクソ気味に一気飲みして噎せた。
俺も鼠型獣人族のバーテンが出したルートビアを「ありがとう」と礼を言ってから半分程飲み下した。やたらキャラウェイが効いてる。ブロンコに着いてから休憩してないからまた少し貧血気味になっていたが、俄然頭が冴えてきた。
「借金が3億3千万ゼムだって?」
「違いますっ、4億5千万ゼムです!」
大体450ゼム程度で美味い食パンが1斤買える物価だ。
「あんたが作陶活動してた町にあった窯と資産を諸々始末したら1億2千万ゼムにはなるだろう?」
ノリオはアート思考の前衛的な魔術陶器造りをしていたが、事実上破産していた。友人にも騙されたようだが、結果は結果だ。
「っ?! あの窯は妻との思い出がっ」
「フガク爺さんの窯と残した資金と手元に残した作品も、昨日今日降って湧いたもんじゃないぜ? 大概ケチだが、俺の得意先の1つでもある。息子だかなんだか知らないが、勘弁してほしいな」
「ぐっ・・っ、昨年の戦後初の州コンクールで3次審査まで行けた! あと少しなんだっ。殆んど実用品ばかりだったが、父さんも作家ならきっとわかって」
「わからせるのか? 最後に美味い酒造ってやろう、って待ち構えてるぞあの爺さん。知ってるか? 爺さんが商業魔術陶器で最初に頭角を出したのは量産霊蘭酒の発酵魔術陶器に成功したことだった。辻褄が合わないだろ?」
ノリオは握った拳でカウンターを殴るように叩いて俯いた。ボタボタ涙を溢してる。
「ブロンコの土器錬成師ギルドにゃ対して仕事は無かったが、西部の乾燥帯向けに海水の濾過装置の外装用に魔術陶器素材が大量にいるそうだ。現地の環境は悪いようだが、国の仕事で金はいい。5年も働けば田舎に自分の窯くらい持てるだろ?」
「・・できなかったんだ」
「ん?」
「父さんのように、商業魔術陶器家として、上手くやれなかった。いつも比較されて、妻も爆撃で亡くなってしまって・・戦後の復興工事投資で騙されてしまって・・私には・・あの窯以外何も残ってない」
俺はルートビアを飲み干した。甘い、甘過ぎる。
「思いは作った物で残したらにいい。海水濾過装置の部品。おそらく人目につかないし、あんた1人の仕事でもないし、劣化したらすぐ取り替えれて捨てられるだろう。だがその水でどれだけ人が助かるんだ? 途方もない。やりきった後、あんたが作る物が同じ出来だとは俺は予測しない。事実は手に残るはずだ。これまでだって」
俺も、殺し過ぎて、戦後紹介された魔石式戦機の整備工場で普通に働いてられなかった。良くも悪くも、だ。
「・・妻は、許してくれるでしょうか?」
「そんな物はっ」
いい加減にしてくれっ、と怒鳴りたくなったが、
「っ?!」
ノリオの後ろに寄り添う、ノリオより少し若い、ノリオとよく似た空気の、身体が透けた女性が立って、俺に口の動きだけで「ごめんなさいね」と伝えてきた。
俺は大きく息を吐いた。厄介な眼をもらったもんだ!
「・・いいも悪いも無い、夫婦だろ?」
「くぅっっ」
ノリオはそのまま泣き崩れ、俺は朝まで泣き言続きの酒に付き合うハメになった。
透けた女性はノリオの背に一度身を寄せて、微笑んで消えていったが・・
翌日の昼、酒を抜いてから俺と、合流した女の香水臭いジェドは魔石バイクに乗って市まで向かった。
距離があったので町や村、祓い所にもいくつか寄って、夕方、市に着いた。
長旅の疲れで俺は貧血症が悪化して、バイクの魔石の充填スタンドのカフェで小一時間ダウンして、
「引退を勧告する」
とジェドに呆れられたりもしたが、気合いで復活し、すっかり暗くなる頃、フガク爺さんの作業場に着いた。
「ノリオと土器錬成師ギルドから連絡はあった。お節介にも程があるぞ?」
「もう材料は取ってきたからキャンセルは受け付けないぜ?」
「さっさと美酒を造ろうじゃありませんか?! フガク氏!」
「・・呆れたヤツらだ。大体そっちの狐は誰だ?」
「ジェド・オータムゴールドと申します! しがない 魔法使いでございますが、今回はお手伝いさせて頂いて! ついでに御相伴に預かろうかとっ」
「・・・」
爺さんは閉口して、俺達が集めた材料を吟味して納得すると、さっさと作業に取り掛かった。
まず霊蘭酒精製に必要な各種魔術陶器を、集めた素材で補強してゆく。流れるような手際だった。芸術魔術工芸とは全く異質の超高度技巧だ。
そして、酒の製造が始まった。ここからは俺達も少し手伝った。
まず持続加熱用の魔術陶器で鱗茎を熱し、糖化させる。次に搾汁用魔術陶器で絞り上げ、集めたスパイスと一緒に加速発酵用魔術陶器で一気に発酵! 最後に2回、蒸留用魔術陶器で抽出して、霊蘭酒は完成した!!
「おお~っ! 飲む前から素晴らしい香りっ」
「俺はもう飲む前に満足しちまったよ」
「・・試飲するぞ? 私以外では最初にノリオに飲まそうと思っていたが、気が変わった」
「待ってましたっ!」
「はしゃぎ過ぎだぜ?」
もう夜中で、疲れもあって正直さっさと寝たかった。
何はともあれ、小さな陶器グラスに霊蘭酒をそれぞれ注ぎ、俺、ジェド、フガク爺さんはクイっとそれを呷った。
「っくぅ~~~っ!! 美味いっ!」
「これは・・カクテルや料理の風味付けき使われているのは口にしたことはあったが、凄いな。香りと旨味、これだけ度数があるのに柔らかい」
「半世紀以上携わってきたからな。まぁ酒その物を自分で造ったのは初めてで、正直、酒自体は余り好きでもない」
「ええ~?」
まぁそんな物かもな。
「明日、息子とは改めて呑む。・・タツオ、狐。ありがとう」
フガク爺さんは深々と頭を下げた。
それからギルドには電信で報告し、飲み直し、酔い潰れたジェドはフガク爺さんの家兼作業場に残し、俺はバイクは押して、治安のいい地区の駐車場までゆるゆる歩いていた。
ウワバミのポーチに入れりゃいいのだが、酔ってるので手元が狂うとバイクの下敷きになりかねない。やめとく。
「んっん~。ケープがはためいてぇ 振り返ると街が見えるぅ もうアルバムの中~ 今は秋桜の先ぃ」
戦中流行った流行歌を口ずさむ。寂しい歌詞と曲調なのだが、舌足らずなアイドル歌手が歌っていたからポップな印象があった。
慰問ライブで1回戦地で見た。あの子、戦後まるで話を聞かない。死んだ、ていう話も聞かないが・・。
「タツオ・タカナシ」
「っ!!」
人の声と気配ではなかった。俺は瞬間的に魔石バイクのスタンドを立てて障壁を展開させ、その陰に隠れて声のした方の様子を伺い、拳銃型の付与火器を構えた。
「いい動きだ。だが、君は白兵戦の人材ではない」
細道の向こうに異様な気配を感じた。戦中、何度か感じた気配!
薄暗い 月光灯の向こうの闇にボロボロの包囲と軋む機械の触手。
「完全機械化人間っ!!」
「安心したまえ、私は国家の側の人間、だ。いや、あるべき国家の側と言うべきか? タツオ君。君はアーマーパイロットであるべきだ。戦中いまいち活用されなかったようだが、適正が極めて高い。我々と共に愚劣な新世界統治機構を打破」
俺はミンチブロウを2連射して、機械野郎の左胸部と腹部に風穴を開けてやった。
「そんな姿になってまで! 戦争の続きならお前達だけで殺し合え!」
「酷いな、まぁ今日は挨拶に来ただけさ。また会おう、未来の同志よ。クククッ」
機械野郎は全身からスモークを放った。
「くっ?」
スモークが消えると、姿も形も無くなっていた。
「くそったれっ、今さら禁止兵器が出てきやがって」
と、ざわめきを感じた。死霊達だ。忌まわしい意志を持つ者に呼応している。
「落ち着けよっ、俺の範囲では・・また地獄を蒸し返しそうとするヤツは、必ず撃つ!」
「・・タツオ、気を付けろ」
「ヒロシ?!」
振り返ったが、ヒロシの気配は無く、死霊達のざわめきも消えていた。
「言いたいことあるなら、全部言ってけよ」
すっかり、いい酒の酔いも醒めちまったぜ。