6話 レオ
正装したリネットは美しかった。
熟成ブル肉に舌鼓を打ってもらう。
ホーンブルを狩り始めるが、突然襲われた悲しい感覚に崩れ落ちた。
コツ、コツ
長い廊下を歩いている。
響くのは自分の足音だけだ。
何の変哲もない通路が続く。
窓も扉もなく、先は暗くなっていて終わりも見えない。
ひたすら進み続ける。
コツ、コツ
どれくらい進んだのか?終わりが見えてきた。
行き止まりに扉がある。
あの扉は・・・。
ダンジョンの扉?見覚えはあるが、はっきりと思い出せない。
緊張している・・・のか?
何故か鼓動が早く、全身がドクドクと脈打っているのがはっきりわかる。
警戒しながら扉に近づく。
「・・・・」
ふと扉の奥から女の声が聞こえた気がする。
鼓動がうるさい。
扉を開けようとした手が震えている。
あれ?震えている?
俺が?扉を開けるくらいで?
ゆっくりと扉を開ける。
「・・・・」
「・・・・」
声が聞こえる。
はっきりと聞こえているはずなのに何を言っているのかわからない。
ドクン
ここは倉庫か?
整然と並んだ棚には隙間なく荷が入れられている。
山積みの荷で塞がっている通路もある。
「・・・・」
声は奥の方から聞こえている。
何を言っているかは分からない。
それよりもドクンドクンと鼓動の方がうるさい。
ゴクリと唾を飲み込む。
ゆっくりと奥の方へ足を進めるが、進むほど鼓動がうるさくなる。
「・・・・」
「・・・・」
男女の話し声ははっきりと聞こえているが、相変わらず何を言っているのかわからない。
最後の棚を過ぎると声の主が見えてきて・・・。
そこにいた女が、
「レオ」
☆ ☆ ☆
「レオっ、レオっ!」
顔に何かが当たる感じがする。
濡れてる?なんだ?
それにしても頭が痛い。
「うっ」
「・・よかった・・・レオ、聞こえる?」
目を開くとリネットの泣き顔が半分飛び込んできた。
頭痛がひどく、動いていないのにくらくらしている。
あれっ、俺は?
「・・・リ、ネット?」
「だ、大丈夫?突然うなされだしたから心配で・・・」
後頭部が柔らかい。
ああ、膝枕か。なんとなく状況が想像ついた。
「ありがとう、倒れたのか?」
「うん、突然苦しんで、バタって。」
「うっ、つぅ」
「あっまだ無理しないで」
起き上がろうとするが、頭を動かすのさえきつい。
頭を戻すとリネットがそっと頭を撫でてくれる。
手が気持ちよくて頭痛が治まっていく気がする。
少し落ち着いて辺りに目をやると屠殺場の休憩所だった。
「突然崩れ落ちて気絶したの。心配したんだよ」
「ああ。悪い。ダオモは?」
「うん。シロちゃんと人を呼びに行ってる」
シルバは腹の上で丸くなっている。
そっとシルバの背をなでるとピクっと動いた感じがした。
心配してくれたのかな?
「そっか。迷惑かけた」
「ほんとよ!」
リネットの軽口でホッとできた。
あの悲しい感覚。
抉られるような絶望感。
心当たりはあった、というか一つしかない。
テイムだ。
検査官が強力だと言ったのはこれか。
意識すらしてないのにテイムしてたのか・・・。
「たぶん」
「うん」
「テイム・・・だと思う」
「えっ?」
「無意識に、テイムしたんだろう。仲間を殺したから・・・ペナルティ的なフィードバックだと思う」
そっと目を閉じてあの時の感覚を思い出してみる。
悲しい気持ちと絶望感は同調したブルの気持ちだったんだろう。
獰猛なブルにも・・・・魔物にも感情があったのか・・・。
考えたことも無かった事実に鼓動が速くなる。
手を強く握り締める。
「そう・・・だったんだ」
「ああ、ブルの感情が流れ込んできたよ。悲しみと絶望だった」
「そんなっ」
「ううん。あれはそう考えると納得できる」
頭の中では強く何かが鳴り響いている。
シルバみたいな特別な触れ合いがあるとばかり思っていたから、意図せずテイムが成立するなんて思わなかった。
とするとダンジョンでモンスターが固まったのは何でだ?
あの時はテイムを意識していたからさっきより強力だったんじゃ?
それよりも心配なのは冒険者として続けられるのか?だった。
学院も難しくなるだろう。
信頼してくれるダオモ、リネットと卒業ではなく離れるのが悔しくなった。
「もう少しこのままにしてもらっていいか?」
今心配しても何も始まらない。
「うん大丈夫だよ」
「ありがとう」
ゆっくり目を閉じる。
良くなったらこのスキルをもっと検証しよう。
しっかり検証しないと・・・。
二人に、も協力を・・・お願い・・しよう。
そして意識が落ちていった。
☆ ☆ ☆
何日かブルに対峙するとテイムの感覚がつかめるようになった。
なにかが繋がったような感覚、格好よくパスと言おうか。
それがブルとの間にできているのが分かる。
スキルの習熟としてはかなり早いんじゃないか?
パスが分かるのもテイムの能力の一部なんだろう。
ダオモとリネットに聞いても、この感覚は分からないらしい。
これはシルバとの間にできているパスとは違っている。
何度も確認したがブルのパスはシルバとのパスとは違う。
どっちがテイムなのか?種族ごとに違う感覚ができるのか?
パスの違いは検討もつかない。
最初目覚めたときは魅了の魔眼か?と思ったが、テイムも魅了なんだろうか。
はぁ・・・わからん。
なんだよこれ。
今日もテイムの確認をしている。
ブルと対峙してしばらくするとパスができる。
パスができたブルが視界から外れ10分も過ぎるとパスが消えたのが分かる。
永続のテイムでなくてホントよかった。
ブルは狩りの対象。
物心ついた頃にはそう意識付いていた。
それでもパスができたブルは近付いてシロやシルバのように撫でる事ができる。
すごく不思議だ。
ブルをテイムする。
シルバはブルの背に乗っている。
「すごいスキルだよね!」
リネットはまだ慣れないようで恐る恐るブルに手を伸ばしている。
そういえばクーアンのブルは獣臭がほとんどしない。
「頼みがあるんだ」
大人しくなったブルの首を撫でながらダオモに声をかけた。
「なんだ?」
「テイムした後、ブルの首を落としてくれないか?」
「まじかぁ。この前みたいになるんじゃないのか?」
「うぅ~ん。想像なんだけど多分ならないと思う」
「はぁ?多分じゃ協力できないぞ?」
「そうよ!どんだけ心配したと思ってるの?」
リネットはまるで考え直すようにと腕を強く掴んでくる。
ダオモよりもリネットの拒絶反応がすごい。
「ああ悪い。今後も考えて・・・な。せめてパーティーで狩りができなきゃ討伐やダンジョン探索は難しくなる。そうなったら、ブル狩りでも生活は難しくなるだろ?」
「確かにな」
「賭けにはなるけど、俺が落とすんでなければ誘導で使える。まぁフィートバック次第なんだけどな」
二人が押し黙る。
心配して悩んでくれているのが分かるのがすごく嬉しい。
「それに、普通ならテイムした魔獣が倒されても気絶するなんて聞いたことがないだろ?だから今の内に確認しておきたいんだ」
「レオ。・・・ちょっと考えさせてくれ」
「あぁ。リネットも頼むよ。このパーティーで、今ここでなら割と安全に確認できるんだ。悪くても前回ほど酷いことにはならないさ」
☆ ☆ ☆
「レオ覚悟はいいか?」
「ああ。パスもしっかりしてる。ダオモ頼む」
パスは当然できている。
屠殺場にブルを追って、というか連れてきた。
ブルは大人しく待っている。
リネットは俺の後ろで待機、いつ倒れてもいいように構えている。
「よし。いくそ!」
一閃。
ダオモがブルの首を落とす。
プッ
「うっ」
思わず膝をつく。
パスが切れたのと同時に、見えない巨大な拳で殴られたような衝撃がきた。
「レオ!」
リネットが肩と背中に手を添えて「大丈夫?」と支えてくれる。
「ふぅ〜、ふぅ〜」
深く深呼吸をする。
「大丈夫、ありがとう。衝撃はきたけど前よりは全然」
「ほんと?」
「あぁ、もっと検証は必要だけど、この程度ならなんとかなりそうだよ」
「ダメージ次第か?見えないのが厄介だけど少し安心できるな」
「ああ。学院に戻ったら比較できるような資料があるか相談だな」