1話 今日は用事があるの
「今日は用事があるからごめんね」
恋人のマリアンはそう言った。
「ん?ああじゃあまた明日」
何の用事だろ?最近多いなぁとは思ったものの深く考えもせずに了解した。
俺は授業で不思議に思った事を図書室で調べたりで帰りが少し遅くなった。
そしたら見かけてしまった。
用事があると言っていたマリアンがウキウキといった雰囲気でどこかへ向かっている。
もう学院に残ってないと思っていたから驚いた。
装備もないからダンジョンじゃなさそう・・・だけど?
なんで機嫌がいいのか?
ちょっと気になるし、邪魔でなさそうなら驚かせてみようか?
軽い気持ちで後をつけた。
「資料室?何だろ?」
辺りを伺うように入る姿は怪しいことこの上ない。
資料室は重要度の低い文書倉庫で、文書を置きに来るか整理をするか以外の用事はまず無く、放課後、時間が経ってから入るような理由は思いつかない。
胸騒ぎがする。
扉が閉まると同時に駆け寄って中の様子を伺う。
「・・て・」「・・・も・」
男の声?
聞き取れないが、少しずつ遠ざかりながら会話をしているようだ。
こんなところで?誰と?
胸が早鐘のように鳴っている。
意を決してドアを開ける。
鍵はかかっておらず、すんなり開いた。
音がしないようにドアを閉める。
初めて資料室に入ったが、図書室のように巨大な棚が並んでいる。
収納されているのは本ではなく、ラベルの貼られた箱が隙間なく積んである。
マリアンは奥に行っているようだ。
よく聞き取れないがさっきよりも声が聞こえる。
そっと声の方へ近づいていく。
一番端の棚、この棚の向こうにマリアンがいる。
誰とだ?
「ずっと我慢していたのよリチャーノ」
「ああマリアン。おいで」
リチャーノ?あの?
チュッという音を皮切りに、激しい水の音が響く。
はぁ?えっ!?キスの音か?
いきなりなに聞かされてるの?
えっえっえっ?頭が真っ白になる。
「はぁ・ちゅ・・はぁ」
音が変わり吐息が混ざる。
はっと意識を取り戻す。
落ち着け落ち着け。
流石に怒りが湧いてくる。
「どういうつもりだ!」
飛び出した俺は怒声を上げた。
マリアンはいた。
座った男にマリアンが抱き着いている。
これから何が起こるのか想像に難くない。
確かにあのリチャーノだった。
怒りに震える。
「覗きか?」
リチャーノはそう言って動揺する様子もない。
首を振って俺を見る。
「はぁ!しらばっくれてんじゃねぇ。マリアンは俺の女だ」
「それが?それよりも消えてくれ」
追い払うように手を振るとマリアンの首筋に吸い付く。
「あっ」とマリアンの吐息が漏れる。
「はぁ。人の女に手ぇ出してその態度はなんだ!マリアン離れろ!」
マリアンは俺を一瞥するとリチャーノの首に手を回す。
なんでだよ!
俺が殺気だったのを見て取ったのか。
「マリアン」
リチャーノは囁いてマリアンを引きはがし立ち上がると、俺から庇うようにリチャーノの後ろへ誘導する。
マリアンはブラウスを整えた。
「可哀想な男だな。マリアンはもっと可哀想だが」
はぁとため息をつかれた。
カッと頭に来て胸倉を掴み上げる。
「ああぁん?」
「マリアンは物じゃない」
リチャーノに手首を掴まれるとそのまま握りつぶされる。
「う゛ぁぁ」
痛みを堪えて胸倉を掴み続ける。
「愛し合う二人を引き裂いたなら悪いとは思う。しかし、お前に罪悪感は無い」
「ぐぅ、なんだと?」
「蔑ろにしずぎだ。マリアンはアクセじゃない」
「当たり前だ!」
「私を知ってマリアンは言ったぞ?」
リチャーノはマリアンに目線を送るとマリアンが頷く。
「手を繋いで歩くのが好き。目線が合うのが好き。話を聞いてくれるのが好き。料理を美味しいっていって食べてくれるのが好き。褒めてくれるのが好き。ちゃんと怒ってくれるのが好き。終わった後にギュッと抱きしめられるのが好き」
「ざっと挙げただけでもこれくらいは出てくる。お前がしなかったことだ。特別難しいことがあるか?」
「ふざけるなっ!そんなの話し合えば!」
「そうか?マリアンは何度も言ったそうだぞ?お願いもしていただろう?覚えがないのか?」
覚えはある。
ついさっきも繋いできた手を恥ずかしいだろ?と言って払った。
「なっそんなことで」
「私と出会うまではそれが普通だと思っていたそうだ。お前が初めてだったのだろう?」
何を言ってるんだこいつ?
マリアンの初めての相手とか関係ないだろうが。
「不愉快な顔だな。初めての恋愛、恋人だって聞いたんだ」
さらに強く手首を握り潰されると胸倉を掴んでいられない。
手を離すと突き飛ばされて尻餅をつく。
くそっ!
「お前の態度を納得できないまでも、受け入れようと努力してきたそうだ」
リチャーノはマリアンを抱き寄せて腰に手を回す。
「マリアンはいちゃつきたいタイプだ。だから公の場所でお前を求めもする。周りへの牽制とかもあるだろうが」
「牽制とか余計だから・・・」
マリアンがつぶやく。
「少しは分からせないとな。レオお前は男女共に人気がある。男の俺でもお前を魅力的に思う。あぁ嫉妬でマリアンとこうなったんじゃないぞ?」
「ふっふざけるな!」
「ふざけてなどいない。お前に粉をかけてる女がどれだけいると思ってるんだ?そのくせ振り払いもしない。恋人らしく求めれば拒絶される。それを見た他の女が調子に乗ってたのにも気が付かなかったのだろう?」
「なんだと?あいつらは友人だ」
「そうだろうとも。けれどマリアンは大事にされていないと思うようになった。それが積み重なって表情が曇ってた。気が付かないお前はマリアンの何なんだ?」
「お前はヤリたくて狙ってたんだろうが!」
「まぁそう思われるような状況だな」
ふぅとリチャーノがため息をつく。
次の言葉を言おうと口を開いたところでマリアンが入ってきた。
「リネットと遊んでるのを見たの。半年くらい前よ。見間違いかと思った。自信もなかったし、直接聞けなかったから調べたのよ。2人だけだったよね?しかも1度や2度じゃない。他にも色んな女とデートしてた」
「そっそれはっ」
「1度はカッセオがショップで見かけてたのよ。聞いたらしぶしぶ話してくれたけど、私じゃないことには憤慨していたわ。リネットはレオを狙ってた。あなたは友達っていう女のほとんどはあなた狙いよ?知らない振りしてるのはあなただけだわ」
「ならその時に言ってくれれば、」
「言ったわよ!あんたがふざけないで!」
食い気味に遮られた。
「すごくショックだった。公園でぼーっとしてたらリチャーノが声をかけてきたの。そしてずっと話を聞いてくれた。その時は何でもなかったのよ?信じなくてもいいけど」
マリアンがリチャーノの手に自分の手を重ねる。
「1度聞いてもらえる安心感を知ったらリチャーノと話すようになったわ。こうなったのは最近だけど後悔はしてない。むしろあんたに見せつけるつもりだったのよ」
「そいつは何人も女がいるのになんでだ!」
「それくらい知ってるわよ。同じだったのよみんな。みんなあんたみたいな人との恋愛に心が折れてた。冒険者は~とか男は~とか言って、すること以外なにもしないくせに見せびらかして都合のいい飾り物にしてただけじゃない。リチャーノはほっとけないのよ。噂通り今も何人か恋人がいる。多分さらに増えると思う。それでも私たちはそれでいいと腹をくくったの」
途中からマリアンは泣いていた。
リチャーノが本当の恋人のようにそっとマリアンを抱きしめる。
「浮気する方、寝取る方が悪い。当たり前のことだ。それでもお前みたいな男と過ごす時間の方がもったいないし可哀想だ」
「あんたに思い知らせたかったから別れずに引っ張ったのよ」
「なんだと!ぐはぁっ」
マリアンに向かおうとしたら、リチャーノが放った魔力の波で弾き飛ばされた。
棚にぶつかって崩れ落ちる。
くそっ!
立ち上がりかけたところにもう一撃きてさらに叩きつけられた。
マリアンのリチャーノを見る目は、信頼している相手への眼差しだ。
「き え ろ」
これが最後だと言わんばかりの声に身体が震える。
格が違う。
敵わないくやしい。
悔しい。
くやしい。
敵わない。
俺は・・・逃げ帰った。
自室に籠る。
敵わない。苦しい。
涙が止まらない。
マリアンが欲しい。
敵わない。
苦しい。
どうしようもない。
憎い。
「くそぉーーーーー!]
いつの間にか目が熱くなっている。
泣きすぎたか?
悔しい。
涙が止まらない。
目が熱い。
どれくらい経ったのだろう。
胸の奥に何もなくなっているのに気が付いた。
「あっ」
目が熱い。
分かる。これはこの目は。
「くはははは」
嬉しくて笑ってしまう。
これでやつらを。