共感性羞恥令嬢は、婚約破棄の現場がいたたまれない
「ユーリア、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!」
「――!」
国中の貴族が集う華やかな夜会の最中。
第二王子殿下のアウグスト様が、婚約者のユーリア様に、唐突にそう宣言した。
えーーー!?!?!?
「そ、それはどういうことですかアウグスト様!? り、理由をご説明ください……!」
困惑の色が隠し切れないユーリア様は、震える声でそう訴えかける。
突如始まった王族の一大スキャンダルショーに、みんながみんな好奇の目を向けながらヒソヒソ話に花を咲かせている。
うああああああ、いたたまれないいいいいい!!!!
私共感性羞恥持ちだから、こういうシチュエーション耐えられないのよおおおおおお!!!!
まるで私自身が、ここにいる全員から嘲笑されてるみたいな気分になるわああああああ!!!!
「フン、しらばっくれても無駄だぞ! 君が陰でマイリスに、陰湿な嫌がらせをしていることはバレているのだからな!」
「ああ、アウグスト様……」
「そ、そんな……!?」
男爵令嬢のマイリスさんが、悲愴感を滲ませた顔でアウグスト様にしなだれかかる。
いやこれ絶対マイリスさんのハニートラップでしょ!?!?
胸の谷間をこれでもかと強調したはしたない格好で、血流が止まるんじゃないかってくらいグイグイ胸を押し当ててるし……!
アウグスト様も、地面を貫通してマントルに到達しそうなくらい鼻の下を伸ばしている。
いや無理無理無理無理!!!
恥ずかしすぎて今にもゲボ吐きそうッ!!!
まず色仕掛けで男を落とそうという行為自体がみっともないし、そんなバレバレのハニートラップを公衆の面前で披露するのって、「私はバカです」って公言してるようなもんじゃない!?
しかもアウグスト様も、さも「僕はあくまで、マイリスの心根に惹かれたんだ」みたいなていを装ってるけど、あんたが惹かれたのは心臓を覆ってる肉の部分だろッ!?
いやあああ、全身にサブイボ立ってきたああああああ!!!!
「誤解です! 私はマイリスさんに、嫌がらせなどしておりませんッ!」
うんうん、ユーリア様的には、そう言うしかないですよねッ!
本当はユーリア様も、こんな大勢の前で大声を出すのは嫌でしょうに……!
ああ、学生時代、合唱コンクールの練習中に、私だけ声が出てなくて先生に怒られた時のトラウマが蘇るうううううう!!!!
マジでゲボ吐いちゃう吐いちゃうッ!!!
誰か洗面器持ってきてええええええ!!!!
「フン、口では何とでも言える! そうやって噓偽りで己を塗り固めて、恥ずかしいと思わないのかこの痴れ者め!」
恥ずかしいのはあなた様ですよアウグスト様!!!
あなたは煩悩と無知で己を塗り固めてらっしゃるじゃないですかッ!!!
「そこまでだ」
「「「――!!」」」
その時だった。
よく通るバリトンボイスを響かせながら、一人の男性がユーリア様の前に立ち、アウグスト様と相対した。
――それはアウグスト様の実の兄であらせられる、第一王子殿下のエドヴァルド様だった。
えーーー!?!?!?
「な、何ですか兄上! まさかその痴れ者を庇うおつもりではないでしょうね!?」
「痴れ者はお前のほうだアウグスト。大した根拠もなくマイリス嬢の言葉を鵜吞みにするなど、痴れ者以外の何者でもないだろう」
「なっ!?」
うわああああああ、エドヴァルド様ああああああ!!!!
いくら痴れ者な弟だからって、正論でブン殴るのはやめてあげてくださいいいいいい!!!!
こんな大勢の前でお兄ちゃんに怒られたなんて、一生モノのトラウマよおおおおおお!!!!
何だか今度はアウグスト様に同情したくなってきたわああああああ!!!!
「あんまりですエドヴァルド様! エドヴァルド様は、私が噓をついているとでも仰るんですか!?」
「フム、これを見てもまだ、同じ台詞が言えるかな?」
「……え?」
そう言ってエドヴァルド様がマイリスさんの足元に放り投げたのは、分厚い資料の束だった。
あ、あれは……?
「これは……!」
「それは君の訴えが虚言だったという証拠を集めた資料だ。――君が友人たちに対して、もう少しでアウグストを籠絡させられそうだと自慢げに語っていたという証言も纏めてある」
「なっ……!?」
途端、マイリスさんの全身がタコみたいに真っ赤に染まった。
今日イチの共感性羞恥キタアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!
無理無理無理無理無理無理無理無理!!!!!!!!
吐いちゃう吐いちゃうゲボ吐いちゃうううううううううう!!!!!!!!
こんなの私だったら、恥ずかしくて一生外歩けないわよおおおおおおおおお!!!!!!!!
「どういうことだマイリス!? 君は僕のことを騙していたんだな、この痴れ者めッ!!」
「だから痴れ者はお前もだと言ってるだろうアウグスト」
「え? あ、兄上?」
「こうやって少し調べればわかることをろくに調査もせず女狐の奸計にハマった挙句、王家が決めた婚約を一方的に破棄するなど、許されざる大罪だ」
「そ、それは……!」
今日イチの共感性羞恥記録更新キタアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!
ゲボゲボゲボゲボゲボゲボゲボゲボ!!!!!!!!
もうアウグスト様はゲボだ!!!!!!!!
アウグスト様自身がゲボそのものだ!!!!!!!!
「よってお前たち二人には罰として、向こう一年間毎日、自作の恋愛ポエムを国民の前で朗読してもらう」
「自作の恋愛ポエムッ!?!?」
「わ、私もですかッ!?!?」
史上最高の罰ゲームキタアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!
ゲボボーボ・ボーボボッッッ!!!!!!!!
「早速専用の執筆ルームで詩作に取り掛かるがいい。――連れていけ」
「「「ハッ」」」
「お、お待ちください兄上ッ!! どうかお慈悲をッ! お慈悲ををををッッ!!!」
「いやああああああああッッ!!!」
断末魔の叫びを上げながら、二人は連行されていった。
……あーーーーーーーーーー、恥ずかしかった。
「あ、ありがとうございましたエドヴァルド様。お陰で助かりました」
「フム、気にするな。――懸想している相手を助けるのは、男として当然のことだろう?」
「けっ!?」
エドヴァルド様ッ!?!?
エドヴァルド様はユーリア様の前で恭しく片膝をつき、右手を差し出された。
こ、この流れはまさか……!!
「――ユーリア、ずっと前から、俺にとって君は太陽だった」
「――!」
「そして俺は、君という太陽に照らされている月。月は太陽の光なしでは輝けない。俺が存在していられるのは、君が存在しているから。――俺には君なしの人生など考えられない。どうか今後は俺だけの太陽として、いつまでも俺の側で光り輝いてくれ」
「……エドヴァルド様」
エドヴァルド様の自作の恋愛ポエムキタアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!
ゲボオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!
「フフ、どうしたんだいマイエンジェル? そんな今にも吐きそうな顔をして」
「っ!」
その時だった。
私の婚約者のミカエルが、私の髪を指先でくしゅくしゅとイジりながら、女性かと見紛うほどの無駄に美しい顔をグイと寄せてきた。
「ちょっ!? 人前でそういうことするのはやめてって、いつも言ってるでしょミカエルッ!?」
「フフ、だってボクのマイエンジェルがこんなにカワイイんだもの。ボクは我慢できないよ」
「っ!?」
そういうなりミカエルは、私の髪にキザったらしくキスを落とした。
も~~~~~~!!!!!
マジ恥ずかしいからやめてよも~~~~~~!!!!!
……ハァ、私が共感性羞恥持ちになった一番の原因は、間違いなくミカエルだわ。