刀匠の始まり
『ちゃんと愛してるから安心しな。』
目が覚めて最初に聞いた言葉がこれじゃ、ワシは失恋した。
慈玄のみねうちでワシが白目を剥いてる間に式は無事に終わり、今は無様なワシを2人して心配してくれている。
自分が情けない事この上ない。
『おう慈玄、今まで手を抜い取ったんか?』
『うん、ごめんよ鉄ちゃん。
父上に言われてたんだ。
彼は本気で剣道に打ち込んでるのだから本気を見せてやる気を損なわせるなって。』
恥を隠すように強気な態度で話しかけるワシに慈玄が申し訳なさそうに答える。
なるほど、オヤジ殿の言う事は正しい。
現にワシの心は見事に折られ、今さら剣を振ろうと言う気にはなれなかった。
ワシの人生を何度繰り返せばあのようになれるのか見当もつかん。
『ワシはなんじゃったんじゃ』
とんだピエロだ、などとも言えぬ。
よくよく考えればワシは放課後から日が暮れるまで剣を振っていたが慈玄は剣を振るために人生があったようなもんじゃろう。
ワシには想像もつかんほどの期待を一身に背負いながら今日まで容赦のない専門的な教育を受けてきたはずじゃ。
老人共が神様のように扱うのも今ならわかる。積み重ねてきた物が違いすぎた。
『じゃあ、もう大丈夫そうだし。
積もる話もあるだろうから僕は抜けるね。』
そう言うと慈玄は嫁の風花を置いて部屋を出ていく。
ワシと嫁を信じて堂々と置いていく、何もかもが見透かされてる気がする。
『風花は太刀花様として戦わんのか?』
そうであれば救いもあったが答えは変わらなかった。
『いいや、母として生きてくれってさ。
一応聞いてみたんだけど、私じゃ怪異と戦う技には耐えられないんだとさ。
それだけ敵が強くて、勝つためにはとんでもない無茶をするんだろうね。』
その話はワシも父から聞いた事があった。
何でも太刀花様の技を扱うには神から与えられた強靭な肉体が必要不可欠であり、女性では到底扱えないと。
風花の言葉でワシの中に1つの答えが見つかった。
ワシが負けるのは構わん。
だが、ワシが世界一強いと認めた女が門前払いというのは納得がいかん。
…そして、ワシはそれを覆せるモノを持っていた。
『…そんなもん、武器が悪いんじゃい。』
風花が驚きの表情を見せてワシの言葉に耳を傾ける。
『軽くて、丈夫で、振り降ろすだけでスパッと切れる。
要はそんな武器があればいいんじゃろうがい!』
ワシはワシらの青春が負けるのを認めたくなかった。
風花だけで足りんと言うならばワシの力もくれてやる。
『ワシが刀を打ち、お前が女のための新しい技を作ればいい!
お前が間に合わんなら娘じゃ、お前は娘を産め!!』
『アンタ何言ってんだい!』
風花は顔を赤くして平手打ちをするが、真っ直ぐなワシの目を見ると風花は溜め息を付いた。
『…まぁアンタが決めたならそれでいいよ。』
『やるぞ風花!
産まれた娘にお前の剣を教えてやれ!
お前ほどの才能を埋もらせてしまったのは過ちであったと太刀花様に認めさせてやるわ!』』
かくしてワシは剣を捨て家業を継いだ。