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愛しい君

毎日同じ時間、同じ車両の中で、私は君を見つけた。


君を初めて見つけたのは、桜の季節だった。


肩に、小さな桜の花びらがついた男の子。


それが、君だった。


「花びら、ついてますよ。」


君に、声をかける想像を繰り返した。


私が、立っている場所とついのように並ぶ君。


電車に乗るとすぐに、奥の扉に立つ。


君が、左なら、私は右に


君が、右なら、私は左に


たくさんの人が、押し寄せてきて


君と私の隙間は、埋まる。


もどかしい距離と時間の中で、君は二駅先で降りるんだ。


そんな日々を、2ヶ月過ごしたある日……。


初めて、帰りの電車で君を見つけた。


突然の通り雨で、君の制服は濡れていた。


「風邪引くよ」


ハンカチを握りしめて、声をかける練習を何度もしたけれど…。


また、伝える事が出来なかった。


君は、濡れた体が冷えてきたのか肩を擦っていた。


また、この時間の電車に乗ろう。


私は、そう決心をした。


それから、君と行きも帰りも会うようになった。


帰りの電車では、よく小説を読んでいた。


タイトルが見えた日は、帰り道にその小説を買って帰った。


「ねぇ、ねぇ、あの小説読んだよ。クライマックスがよかったね」


何て、話しかけるのを想像した。


私は、君をずっと見る。


夏の暑い日に取り出した水筒の色違いを買った。


食べ始めたガムのパッケージを覚えては買った。


たまに、紙パックのいちごお~れを飲んでいる。


私も、その日はそれを買って帰るんだ。


「ねー。新作のチョコでたよ」


小腹がすいて、チョコバーを噛る君に声をかけるのを想像した。


はぁー。


何て尊い日々なのだ。


私は、ずっと君に片想いをしていた。


最初から私は、ずっとお喋りだった。


君が、また乗ってくる。


「今日は、雨降るんだっけ?」


傘をもっている君に話しかける。


次の日の君は、大きな紙袋を下げていた。


「ねぇ、ねぇ、それは、何をいれてるの?」


次の日の君は、黄色い鞄を下げてる。


「今日は、それ何につかうの?」


次の日、新しい小説を読んでいた。


「それ、私も買ったよ。君は、その作家さんが好きだね」


今日は、ほうじ茶お~れを飲んでいた。


「それ、美味しい?」


私は、君にずっと話しかけられなかった。


だけど、君に話しかけていた。


心で、話したって伝わらないのなんかわかってる。


それでも、声をかける勇気がなかった。


新しい靴を買ったのかな?


今日は、帰りの電車で靴の紙袋を下げていた。


また、君は小説を広げていた。


「ドアが閉まります」


って言葉が聞こえた瞬間に、女の子が滑り込んできた。


私と彼の間に、サァーっと人の波が押し寄せた。


行きも帰りも、だいたいそうだった。


たくさんの人の隙間から、見えたのは…。


君が、彼女にキスをしている姿だった。


当たり前だ。


私が、君を見つけたという事は、他の誰かも君を見つけるって事なんだ。


なぜ、そんな当たり前の事に気づかなかったのだろうか…。


涙が、流れてきた。


電車が、揺れる度に…


前の人達も、揺れる。


隙間が出来て、君が現れる


なぜか、毎回彼女とキスをしていた。


若さだね。


恥ずかしくないんだよ。


見たくないのに、目が離せなかった。


心臓が、痛い。


ズキンズキンと込み上げてくる痛みに胸を押さえた。


私は、次の駅で降りることにした。


見たくなかった。


キスなんて


見たくなかった


彼に彼女がいるなんて


次の日から、私は、君を見つけた電車に乗るのをやめた。


君を見つけなかった日常に戻ったはずなのに…


この痛みは、ちゃんと残っていた。


嘘はつけない。


好きだった事をなかった事にも出来ない。


ただ、ただ、ただ、


痛みだけが残った。


なぜ、この痛みは消えなかったのだろうか?


私は、もう彼には会えないのに…


朝、一本電車を遅らせてから三ヶ月が過ぎた。


いつもの癖で私は、ここに立ってしまっていた。


うつむいて、電車に乗る。


彼を探す癖は、なおっていなかった。


人の波が、押し寄せる。


誰かが、私の前に立った。


「ちょっと、おじさん。それ、したら通報するけど」 

 

「何だよ。」


私の頭の中は、理解できなかった。


次の駅に、とまり。


手を引っ張られて、駅をおろされた。


目の前にいたのは、桜の花びらの君だった。


「あの、降りる駅。次です。私、ここじゃないです。」


声が震える。


「知ってるよ」


「じゃあ、なんで…。」


「あの時間のあの電車、痴漢がでるって有名でしょ?なのに、何で乗ったの?」


「き、君には、関係ない。」


私は、彼の手を振り払った。


「きて」


彼は、私を引っ張っていく。


駅の改札を抜けて、駅のすぐ近くの公園に連れてこられた。


「学校遅刻しちゃうから…。離してよ」


「学校なんか、1日休んだってどうってことないだろ?(さき)さん」


「えっ、なんで」


「なんで?私の名前を知ってるのって事?」


「うん。君には、彼女がいたでしょ?」


「あれは、無理やり何度もキスされただけだよ」


「電車だよ?」


「満員電車は、見えないとかいう理論だよ。あれから、何度も断ったよ」


彼は、頭を掻いている。


「それは、よかったね」


恋夏(こなつ)ちゃん」


「なぜ?」


「覚えていない?」


私は、首を横にふった。


「それは、何か寂しいな。」


「どういう意味?」


恋夏(こなつ)ちゃんが、言ったんだよ。一人で、電車に乗るようになったら迎えにきてって」


「な、何、それ」


私は、動揺を隠しきれなった。


「ほら、5歳の頃だよ。俺と一緒に入院してたでしょ?覚えてない?」


私は、首を横にふった。


「なんだ。忘れちゃったの?これだよ。」


彼は、前髪をあげた。


「あー、あー。」


おでこに、✕印の傷痕。


「思い出した?」


(あき)君?」


「そうだよ。約束通り迎えにきたんだよ。」


そう言って、彼は笑った。






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