コーネリア様 まかり通る ~ ベラドンナの逆襲
「えっと、ねぇ、コーネリア、じゃない、コーネリアさん。あやまるから、ね、あやまる。
こめんなさい。
だから、父上に言うとかは、やっぱりやめないかい?」
首根っこを掴まれて引きずられていくローランド皇子は引きつった笑みを浮かべたまま、必死にコーネリアに訴えかけた。
が、コーネリアは視線を合わせることもなくずんずんと歩いていく。
舞踏会に出席した貴族の子息令嬢および、突然起きた婚約破棄騒動に集まった警備兵たちはあまりの展開の早さについていけずコーネリアの進む道を黙って開けるだけだった。
その時だ。
「くっくっくっ」
舞踏会会場に忍び笑いが響き渡った。コーネリアは歩みを止めると声のする方向へと顔を向けた。
視線の先の中空では、先ほどの爆裂魔法の余韻の煙が立ち込め視界を遮っていた。その煙の奥から忍び笑いは聞こえてくる。
コーネリアは眉根をひそめ、じっとたなびく煙を見つめた。やがて煙は薄く散り消えると黒い球体が姿を現した
「やってくれる、やってくれる。
やってくれたなぁ、このクソ人間風情がぁ!!」
黒い球体はばっくりと割れた。
「お前は……」
コーネリアは絶句する。
それはベラドンナだった。
いや、ベラドンナだったもの、というべきか。黒檀のような黒髪に、卵型の顔にアーモンド形できよらかな水をたたえた湖のようなうるんだ瞳。ぷっくらと柔らかそうな赤い唇は、見た男を蕩けさす。そのかをはまごうことなく、先ほどまでのぺラドンナに間違いない。激しい爆発により千切れ破れ、辛うじて張り付いているだけの布の断片からのぞく雪のごとく白い裸身もベラドンナであることを雄弁に物語っていた。だが、その肌は穢れない新雪とはいいがたかった。要所要所に黒い剛毛が生え、白と黒の独特の模様を描いている。背中にはコウモリのような黒い翼が見えていた。
「お前、魔族か?」
さすがのコーネリアも驚きを隠せなかった。
辺境の地では人族と魔族が常に小競り合いを繰り返すヴァンクリフにおいて魔族はそれほど珍しい存在ではない。それだとしても、ここ、王都のど真ん中もど真ん中、そして、王家主催の舞踏会の場に魔族が堂々と現れるなど前代未聞のことだった。
「私の本当の姿を見た以上、命があるとは思うな」
ベラドンナは指先をコーネリアに向けた。爪が伸び、猛獣のような禍々しい形に変貌する。と、10本の爪が突然、コーネリアに向けて打ち出された。コーネリアは、バックステップでそれをかわしたが爪は軌道を変えて逃げるコーネリアを追尾してきた。
「あはは。私の爪はお前の小細工とは違うぞ。どこへ逃げようとお前を追いかけるぞ」
ベラドンナは心底愉快そうに笑いながら言った。すでに勝利を確信したような余裕だった。
ステップを何度も踏んで切り返し爪を凌ごうとするが、ベラドンナの言った通り爪は都度軌道を変えて執拗にコーネリアを追いかけてきた。
「ちっ!」
コーネリアは近くにあるテーブルを蹴り上げて盾にして爪を防ぐ。それでも爪の動きは止まらない。ぐりぐりとテーブルをえぐりつづけ、ついに突き抜け、コーネリアへの攻撃を再開させる。木製のテーブルを爪が貫通するのに秒もかからなかった。
「ぬう」
テーブルを抜けて襲い来る爪を後転してかわす。
「無駄よ、無駄。そんなもので私の爪は止まらないわ。せいぜいあがいて、私に面白いダンスを見せて頂戴」
行き過ぎた爪が大きく弧を描き反転すると再びコーネリアの背後に迫る。
「これなら」
コーネリアは振り向きざま、防御魔法陣を展開する。爪は魔法陣にあたり動きをとめたが、やはり爪は動きを止めない。魔法陣を突き破ろうとぎりぎりと回転する。激しい負荷に魔法陣が明滅を繰り返した。
ピシリと魔法陣に小さな亀裂が走る。
「だから無駄だと言ったでしょう。私の爪は目標を刺し貫くまで絶対に止まらないわ。そして、どんなに硬いものでも必ず突き破る。たとえ魔法で作られた壁でもね」
ピシリ、ピシリと亀裂が立て続けに生じる。ベラドンナが言うように魔法陣が破られるのも時間の問題であった。
「コーネリア様をお助けしろ!」
傍観していた警備兵の隊長がようやく我に返ると大声で叫んだ。その命令に弾かれたように警備兵たちが剣を抜くとベラドンナに突進し始めた。
「待て! やめろ。
不用意にそいつに近づくな!!」
叫んだのはコーネリアだった。だが、遅い。
突進してくる警備兵たちにベラドンナは微笑むと少し口を開けた。血のような赤い舌がちらりと見え、軽く唇を舐める。
はぁーーーーーーー
ベラドンナが歌う。
高音の綺麗なソプラノ。音階が急上昇する。
「くう」
鼓膜に針を刺されたような鋭い痛みが走り、コーネリアは苦痛の声とともに耳を押さえた。コーネリアだけではない会場にいた者がみな耳を押さえて苦しみだす。中には失神して倒れる者もいた。
パリン、パリンとテーブルの上のグラスや皿が割れて砕け散った。
「うわ」
「ぎゃあ」
ベラドンナを包囲しようとしていた警備兵たちが悲鳴を上げた。首から鮮血をほとばしらせてバタバタと倒れていく。
「やめろ!!」
コーデリアは叫ぶと魔法の矢をベラドンナに放つが、簡単によけられる。
「あらあら、他人を心配している余裕があるの? ほら、もう魔法陣がやぶれるよ」
ベラドンナの言葉通り、魔方陣が砕け散った。爪が再び動き出した。
10本の爪がコーネリアに突き刺さる。
「あっはははは。
無制限魔女もたわいない……うん?」
高笑いするベラドンナの表情が曇る。
紙一重のところで爪が止まっていた。硬貨サイズの魔方陣が寸前で爪たちを受け止めていた。
「悪あがきを! そんなものは無駄だといっておろうが!!」
ベラドンナは苛立ち叫ぶ。と同時に爪だちがミニ魔方陣を突き破った。そこに再びコーネリアは2枚目の魔方陣を展開する。そして、1枚、さらにもう1枚魔方陣を重ねる。
「数で防ごうというか?
バカめ! そんな貧弱な魔方陣を何枚重ねても私の爪は止まらんわ!」
爪は2枚目を突き破り、3枚目、4枚目の魔方陣も難なく刺し貫いた。
「これで本当のおしまいだよ!」
ベラドンナは勝利を確信するように叫んだ。
が、爪の動きが突然に止まった。
「な、なんだ?! なにが起きた? なぜ動かない?」
異変に気づき狼狽するベラドンナ。
「単に4枚の魔方陣を重ねたわけじゃあないわ。火水風土、4つの属性の魔方陣よ」
「それがどうしたというのだ?」
コーネリアは空中で凍りついたように浮かんでいる爪の周囲の上下左右を指さした。すると指さしたところに赤青緑黄色の魔方陣が浮かび上がる。
「この辺の上下左右に4つの属性魔方陣を張った。
同じ属性は互いに引き合う性質があるのを知っている?
それを利用させてもらった。爪に爪に引っ掛けた4枚のミニ魔方陣がこの空間に入ると上下左右に引っ張られるのよ。
どんなじゃじゃ馬でも鎖をつけられて四方から引っ張られたらおとなしくなるしかないったこと」
コーネリアは肩をぐるぐる回したり手足の屈伸を始めた。
「邪魔もなくなったってことで、さっきの続きを始めるとしましょうか!!」
コーネリアは一瞬でベラドンナとの間合いを詰めると一撃を加える。
「だから、のろいと言っているでしょう!」
残像を残すように背後に回ったベラドンナはコーネリアの背中に蹴りを放つ。猛禽類のそれを連想させる鋭い爪が生えた足での蹴りだ。当たれば肉を裂き、筋肉をズタズタに分断するはずだった。
バチン
虹色に光る複雑な紋様の魔方陣がベラドンナの蹴りを弾いた。
「防御魔法陣?! いちいち小賢しい!」
ベラドンナは翼をはためかせ、魔法陣ごとコーネリアを地面に押し倒した。そのまま、力任せに床に押し付ける。床にたたきつけられた衝撃と、その後の圧力にコーネリアは苦悶のうめきをあげた。
「自慢の魔法陣こと押しつぶされててしまえ」
「いい気になるな!」
必死に耐えながらコーネリアは叫ぶ。
コーネリアとベラドンナの周囲に空間に白く発光しはじめる。無数の六角形状の小さな魔法陣が二人を包み込むように空間に浮きあがり、たちまち魔法陣の球体が二人を包み込んだ。
コーネリアが魔法の矢を放つ。
魔法の矢は球体魔法陣にあたると反射して方向を変じる。
コーネリアはさらに数発の魔法の矢を放つ。たちまち球体の中は乱反射する魔法の矢であふれかえった。しかし、ベラドンナはその魔法の矢をことごとく回避する。恐るべき回避能力だった。
「はっはっはっ、二番煎じだねぇ、それはもう飽きたわ」
笑いながら球体を蹴破ると上空へと飛翔する。舞踏会の天井付近まで舞い上がり、コーネリアを見下ろす。
キュイン
バイオリンの弦が消えるような耳障りな高音。コーネリアの横の床が弾け飛んだ。警備兵たちの頸動脈を切り裂いた見えない攻撃だ。
キュイン キュイン キュイン
立て続けに高音が響き、都度床が砕け、えぐれた。コーネリアは床を転がりながら、直撃をさける。なんとか体勢を整えると上空のベラドンナに向けて跳躍する。が、コーネリアがそこに到達するころにはベラドンナの姿は数メートル離れた位置にあった。コーネリアは舌打ちをすると、再度そこへ瞬動をする。が、やはり、到達した時、そこにベラドンナの姿はなかった。
キュイン
見えない攻撃が襲い掛かる。防御魔法陣が閃き、その攻撃を防ぐ。
「ぐう」
コーネリアの脇腹の服が弾け飛び、鮮血がほとばしった。
「ご自慢の魔法陣でなんでも防げると思わないことね。世の中には魔法陣をすり抜ける攻撃もあるってことを知りなさい。世間知らずのお嬢様」
「黙れ!」
コーネリアは魔法の矢を乱射しつつ、ベラドンナに猛チャージする。が、魔法の矢は悠々と避けられた上、いくら追いかけてもベラドンナとの距離を縮めることができなかった。距離を縮めるどころか、移動しきったところへ見えない攻撃を受け、コーネリアは逆にダメージを受けていく。
「空中戦で人が魔族に勝てるわけないでしょ。お前は私に一生追いつくことは不可能。
このまま指一本触れることもできずに嬲り殺しよ」
ベラドンナが見えない攻撃を一気に叩き込んできた。コーネリアの服が引きちぎれ、肌が引き裂かれた。
「うあ……」
力を失いコーネリアは落下した。
しばらく上空でその様子を見ていたベラドンナもコーネリアが動かなくなったの確認して降りてきた。
「随分と手こずらされたわ。でも、これで……
もう!」
やれやれというようにベラドンナはため息をついた。倒したと思ったコーネリアが再び動き始めたからだ。立つことはできないようだったが、床をずるずると這ってベラドンナから逃げようとしていた。
「やれやれ、無様ね。そんな状態でも懸命に逃げようとしてるの?
ここまで往生際がわるいとみっともない、というか不快よ。虫けらと同じ。
いいわ、望み通り虫けらみたいに踏みつぶしてあげる」
ベラドンナは口角を上げ、凶悪な笑みを浮かべた。コーネリアの逃げようとする方向を塞ぐように先回りすると立ちはだかった。コーネリアは這うのをやめると、残った力を振り絞って上半身を起こした。そして、薄い笑みを浮かべてつぶやくようにいった。
「やっぱり、そうしたわね」
「? やっぱり、そうしたって、どいう言う意味……かしら?」
「アタシが這って逃げようとしたら、勝ち誇ったあんたは、先回ししてそこに立つだろうと思った、ってこと」
「……? 意味が分からない。先回りしてここに立ったからって、それがなんだって、!?」
ベラドンナは突然背中に激痛を感じ、後ろを振り返る。背中に10本の爪が食い込んでいた。その光景に叫んだ。
「な、なんだこれはぁ?!」
「あんたの爪よ。さっきアタシが魔法陣で固定したやつ。その爪とアタシの直線上にあんたが馬鹿面さげて立ちふさがっていたんだよ。
そんな状況でアタシが爪を固定していた魔法陣を解除したら、どうなると思う?」
「そのために? 私をそこへ誘導するためにわざと這って逃げるふりをしたということか!」
「正解」
「こ、こ、このクソ人間がぁ! かはぁ」
怒声を浴びせようとしたベラドンナの体を爪が突き破り、吐血する。
「あんた、品がないわ。皇太子妃候補として命じるわ。この舞踏会からでていきなさい」
コーネリアは手の平をベラドンナへ向ける。その手の平から光の球が打ち出された。光球はベラドンナにぶつかると大爆発を起こした。
「ぎゃあああ」
ベラドンナの断末魔が響いた。
「悲鳴も品がない。
まあ、アタシもたいがいだから、人のこといえないけどね……ああ、ちがった、あんた魔族だったわね」
コーネリアは荒い息をつきながら、小さくつぶやいた。、
2021/01/09 初稿
黒幕とか敵の目的とか全く考えていません。
だから連載したら作者はとても困るのです。
でも、気になる方がおられるなら、はい、頑張ります。
宜しくお願いします。