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世界に一つだけの花  作者: 実
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 彼女と出会ってから一週間ほどが経った頃、夏休みがあと一週間でやって来るところまで差し掛かっていた。

 お昼休みに自分にお似合いな教室の隅の席で静かに本を読んでいると、ドアが開きっぱなしの教室の入り口から彼女が大きな声で僕を呼んだ。

「諏形くーん!」

「え、どうして……」

 今まで放課後以外はコンタクトを取って来ることのなかった彼女が僕を探しているのを見て、僕は思わずそう呟いた。それから我に返り、クラスメイトたちの視線が僕を取り囲んでいるのに気がついた。慌てて僕は挙手をして自分の所在を彼女に明かし、彼女が大声を上げるのをやめさせようとした。目立つのは苦手だ。

 彼女は僕が小走りで向かってくるのを笑顔で、手を振りながらこたえた。

「急にどうしたの」

「あのさ、夏休みになるとこうやって声をかけることができなくなるでしょ? だから、その前に連絡先を交換しておこうと思って」

「それなら放課後でもよかったんじゃないかな」

「それなんだけど、実は携帯を家に忘れて来ちゃって。だから、申し訳ないんだけど、放課後私の家まで一緒に来てくれない?」

「うん、それはいいんだけど、その報告だって放課後にしてもよかったんじゃない?」

 僕の言葉に、彼女は口角をうにー、と上げた。

「私は、『今』そうしたいと思ったの」

「…………」

「諏形くんも、自分の好きなことを選んで行動してる?」

 彼女の諭すような物言いに、僕は悔しくなって思わず顔を背けた。

 放課後になって、僕と彼女は、彼女の自宅を目指した。彼女の家は花屋さんらしく、通りに面した、いくつか並んでいる小売店の一つに立地しているらしい。

 やがて彼女は立ち止まり、「ここだよ」と指を差した。彼女の指の先には、絵に描いたような花屋さんが立っていた。それほど大きくはないけれど、色とりどりの花がいくつも用意されていて、花の匂いが優しく鼻孔をくすぐってくる。

「ただいま、お母さん」

 何やら包装をしている女の人に向かって彼女は言った。

「あら、お帰り。お友達?」

「うん! あ、諏形くん、ちょっと待っててね!」

 彼女は僕にそう言うと、奥にある階段を駆け上がって行った。

「咲と仲良くしてくれてありがとうね」

 彼女の母親は僕にそう言うと、小さく頭を下げた。僕は思わず、「いえ」と言って、彼女の母親よりも少しだけ腰を低くして頭を下げた。

 彼女を待っていると、お店に小さな女の子がやって来た。

「うわぁ、きれい!」

 色んな花を覗き込んで、その色合いと匂いを楽しんでいるようだった。

「いらっしゃい。好きなの選んでね」

 彼女の母親は優しく女の子に微笑みかけた。

「ママに持っていくの! 病室が明るくなるように!」

 女の子は明るく輝く笑顔を僕たちに向けた。けれど、女の子のその笑顔とは対照的に、僕は少し動揺した。もちろん病気にもよるけれど、自分の大切な人が病気を抱えていて、それでも自分は前を向くなんて、僕には到底できないと思ったからだ。

 僕には、できなかった。

 女の子は「これ!」と元気溌剌な声で白い花を指名した。確か、この花は……。

「カーネーションね。きっとママも喜んでくれるわね」

「うん!」

 女の子は彼女の母親の言葉に嬉しそうに返事をした。そして女の子は肩からさげていたポーチの中に手を入れた。しばらく中を覗き込みながら何かを探していたけれど、やがて女の子は不安そうな顔をして彼女の母親に言った。

「お財布、忘れちゃったみたい……」

 女の子は今にも泣き出しそうな顔をした。彼女の母親は一瞬、困ったような表情をしたけれど、すぐに女の子に笑顔を向けた。

「お金はいいよ」

「…………でも」

「あの」

 僕は珍しく勇気を出して二人の会話に割り込んだ。

「僕もカーネーション欲しいんで、その子にも分けてあげてください」

飾られているカーネーションの値札を見て、僕は財布からカーネーション二束分のお金を取り出した。

 彼女の母親はしばらく僕の顔を見続けていたけれど、やがて彼女に似た笑顔を僕に向けた。そして、二つのカーネーションにラッピングを施し、それを僕と女の子に渡してくれた。彼女の母親は僕に向かって微笑みながら「ありがとう」と囁いた。

「いいの? お兄ちゃん」

 女の子は首を傾げながら僕に訊いてきた。僕は女の子に頷いた。

「ママは絶対に元気になるよ」

 僕がそう言うと、女の子は先ほどまでのどの笑顔よりも輝かしい笑顔を浮かべた。

「うん! ありがとう!」

 女の子は、バイバイ、と手を振って、ラッピングされたカーネーションを抱えながら母親の元に向かって行った。

 自分が抱えている花束を見て、母さんに渡してあげようと思った。いや、そういえばこれを抱えて持って帰るのは、中々勇気のいることじゃないか。さっきの女の子なら絵になるけれど、高校二年生の男子が花束を持って出歩いているなんて、傍から見れば奇妙な光景だ。同級生に見られたら軽く死ねる。

 帰りのことを懸念して憂鬱になっていると、彼女が「お待たせ!」と駆けてきた。

「ごめんね、待たせて」

「いや、別に」

「じゃあ、携帯出してもらっていい?」

 僕は彼女の携帯に自分の携帯を突き合わせて連絡先を交換した。

「今日はお店のお手伝いがあるから、ここでバイバイになるんだけど、いい?」

 僕が望んでここに来たような彼女の口ぶりに若干顔を歪めていると、彼女の母親が何やら合点がいったように口を開けた。

「ああ! 君だったのね。最近、咲と遊んでくれているのって」

 彼女の奇行は、母親公認の下でのものだったのか。

 僕は何か返事をしても、この二人にとっては全てズレたものになるのではないかと思って会釈するに留めておいた。

 僕は二人にお別れの挨拶をして、花屋さんを後にした。帰り道、案の定すれ違う人全員が僕のことをじろじろと見てきた。それも当然だ。僕だって花束を抱えている人がいればつい見てしまうだろう。お昼休みのことと言い、今のことと言い、今日は十七年の人生で最も人から注目された日になった。

 ちなみに、帰ってから母さんにカーネーションを渡したところ、それなりに喜んでくれた。そして、自室で寝る前に本を読んでいたところに、僕の携帯が珍しく鳴った。送信者はもちろん彼女で、内容は以下のものだった。

今日は家までついてきてくれてありがとう!

あ、それと、カーネーションを買ってくれたよね。売り上げ貢献にご協力いただきありがとうございます(笑)

あと、笑顔を一つ増やしてくれてありがとう。かっこよかったよ!

 見られていたのか、と僕は小さく口にして笑った。僕のあのときの行動は、自分がしたくてしたことだったのだろうか。咄嗟にあのようなアクションを起こしただけで、別に人助けをしようと思ったわけでもなかった。けれど、もしかするとそれでもいいのかもしれない。自分にとって心地の良い選択をすること自体に意味がある。実際、そうしたことで一人の人間を助けることができた。そんな小さな幸せさえ、最近の僕は味わえていなかった気がする。

 僕はやっぱり、彼女の魔法にかけられてしまっているらしい。

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