6話 聖者はまたワンパンで倒します
村長の実力が分からない。
この1時間をどう使おうか悩むが1時間程度に何か出来るとも思えない。
そんなことを考えていたら妹が近付いてきた。
「あーほんとに帰ってきてたんですねぇぇぇ。お兄ちゃん」
「おうティアか」
そう言うとティアは猫のような手を作って笑顔を浮かべた。
「はい。お兄ちゃんだけのティアちゃんです♡」
暫く見なかったが相変わらずなようだな。
相変わらず俺の好みを理解しているようなこのあざとさ。
けしからん。
「私はお兄ちゃんだけのことを考えて毎日過ごしてきましたけどお兄ちゃんは如何お過ごしだったでしょうか?」
俺のことだけを考えていたなんて本当に俺の好みを理解しているな。
「まぁぼちぼちだな。それより聞いてくれ村長とやらと戦うことになってしまった」
「知ってますよ」
「何だ。知ってるのな」
「それがどうかしたんですか?」
どうかしてるから悩むんだよな。
「俺は弱いからなぁ。あの村長相手に何も出来ずに負けそうな気しかしないから困るんだよ」
「そうなんですか?」
「あぁ。この村の子供って5歳で究極雷帝竜を倒せるみたいだしな。しかも5秒で」
それが俺には出来ない。
「俺が究極雷帝竜を倒せるようになったのはつい最近のことだし、あれを倒すのに1日はかかった。5秒どころか10秒も遠くてな」
だから俺は村でも人一倍バカにされてきた。
えー?!ラグナ究極雷帝竜を5秒で倒せないのか?!って。
それが嫌で村を出られるってなった時は微妙に嬉しかったけど戻ったら結局これだ。
「なるほど話は分かりました。私個人的にはあんまり心配することないと思います。貴方なら倒せますよあの村長を」
「そうかなぁ?」
俺は村の子供なら誰でも出来る5秒倒しをまだ出来ていない。
それを出来ていない段階で村長に勝てるとは思えない。
しかも英雄とか呼ばれてるみたいだし。
「そうですよ。それにどのみち戦わないとダメですよ。認めてもらいましょうよみんなに。もうゼロじゃないって」
そう言われて俺の中の何かが反応した。
そうだな。
「分かった。俺、頑張るよ。俺の活躍見せてやる!」
「その意気です。さて、私はいつもの日課のゴブリン討伐してきますね」
「おう」
※
妹のティアと別れて俺は早速村長の待つ闘技場までやってきていた。
真ん中に丸いフィールドがあるタイプの一般的な闘技場だった。
審判には丁度この近くに来ていたギルドマスターを使うと言っていた。
「逃げずに来たんだなゴミ虫」
既に俺への嫌悪感を隠すつもりは微塵も無くなっていた。
「その勇気は称えてやる」
そう言い剣を抜く村長。
「だがそれもここで終わりだゼロ」
そう言い迫り来る村長。
「才能無き者はこの村を去れ!」
そう言いながら振るわれる一閃。
しかし
(遅くないか?)
声には出さないが遅い。
遅すぎる。
躱していいのか?
とりあえず躱さずに杖で受けることにした。
躱すことは罠かもしれないと思ったからだ。
「な、何!!!!」
驚いたような顔をして跳び下がる村長。
「なぜ私の剣を!!!!!!!受け止められる?!!!!」
今の一撃を受けたことはそんなに驚かれることだったみたいだ。
そもそも今のは当たる方が難しかったように思うが。
いや、この男のことだ。
これはただ俺の油断を誘っているだけのことだろう。
俺がつけあがって油断してるところを叩くに違いない。
油断はできないな。
しかしここで攻めあぐねていてはいつまでも勝負がつかない。
ならば
「せい!」
俺は一気に懐に潜り込むと
「な、何だ!この速度!」
「いっくぜぇ!ごめんなぁ!」
顎を下から掌打で突き上げる。
「かはっ!」
それで吹き飛ぶ村長。
「まだまだぁ!付いてこれるか?」
追い討ちをかけようとする俺に
「待て!勝負あり!」
との声が聞こえた。
「あ?勝負あり?」
「あ、あぁ、もう終わりだ!落ち着いてくれラグナ!」
審判が駆け寄ってきた。
「もう終わりだ終わり!」
「終わり?」
「そう。終わりだからその杖をしまえ」
言われたのでしまうことにする。
もう終わったのか?
それともこれはやられてる振りなのか?
分からないが。
「………」
ジーッと村長を見て警戒を続ける。
まだ安心できない。
倒したと思わせて襲ってくるかもしれないからな。
※
結局あのあと村長は動かなかった。
「すげぇな!ラグナ!」
そして俺は人気者になっていた。
「あの、英雄の村長を倒しちまうなんて!もうゼロとは呼べないな!」
「英雄?」
「あぁ。あの村長は問題はあるが英雄だ」
俺の質問に答えたのは村人ではなかった。
「ぎ、ギルドマスター!」
そう言って周囲の人間が直立不動になる。
「はははそう固くならないでいいよ。もっと楽にしてくれ」
女のギルドマスターがそう口にして笑う。
「ところで君ラグナだよね?イラのパーティにいた」
「まぁそうだけど」
いたのは事実なので素直にそう答えておく。
「もうその話はしないで貰えると嬉しいかな。俺だって正直追放されたのは悲しい」
「そうか。すまなかったな。ところでどうして追放されたんだ?」
「俺が弱いからでしょう。俺は究極雷帝竜を5秒で倒せない」
そう言うとキョトンとしたような顔をするギルドマスター。
ほら見ろ。やはりこういうものなのだ。
「究極雷帝竜って四帝竜の一角だろう?5秒で倒せなくて当たり前じゃないか?!むしろソロ討伐なんて出来るものじゃない!」
そう否定してくるが。
「そんな事言わないでくださいよ。俺だって知ってるんですよ究極雷帝竜を5秒で倒してようやく一人前の男だって。俺はまだ子供だ。イラのパーティを追い出されて当然でしょう」
「いやいや、違うって!」
「もう、いいんだ!うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
究極雷帝竜を5秒で倒せないのは1人でトイレに行けないのと同義だ。
こんな情けないことを女の子の前で何度も何度も言わされるなんて拷問されているにほかならないのだ。
俺は気付けばこの場から逃げるように走り去っていた。