17話 【勇者サイド】 失ったものの大きさに気付きたくない
「あんの踊り子が!」
酒場に戻ってきたイラの第一声がこれだった。
相当イラついているのはこの様子を見ていると明らかだ。
「何が無料でいい、だ!ふざけんじゃねぇぞ!何がラストエリクサーだ!そんなに俺らの信用を落としたいのか?!」
すごい逆恨みをしている。
死の宣告の解除に金貨100もいらない。
要はふっかけていたのだ。
「そうです!許せませんよね相場を崩すなんて」
これに同意するのはミーナだった。
そして
「同感だ。死の宣告の解除を無料で、だなんて相場の崩壊もいいところだろう」
同意するメア。
だがイラはそれで満足しなかった。
「あームシャクシャする」
そう言ったイラは私たちに目をやった。
「おいキングボアの討伐に行くぞ」
キングボア………Sランクのモンスターだ。
しかしSランクの中でも下の方Aに近いモンスターではあるがそれでもSランクに変わりはない。
倒せるのかな?
※
「ブヒィィィィィィィィ!!!!!」
キングボアの突進。
「がっ!」
それをマトモに食らうイラ。
「おい!ミーナ!早く何とかしろ!」
「え?!はい!」
何とかしろと言われてもなんの力も無い踊り子にどうにか出来るはずもないだろう。
だって踊っているだけだし。
「マリーも何とか出来ないのか?!」
「今やってる!ヒール!」
何でもかんでも人任せな勇者にイラつくけどそれでも倒れられたら困る。
勇者は神に選ばれし人間なのだから。
何とかイラが受けたダメージを消してみるが
「ぐはっ!」
次から次にイラが攻撃を貰うものだから対応が追いつかない。そして
「くっ!何だこの速さ!」
剣聖のメアもキングボアの速度に追いつけないようで苦戦している。
私はここで確信した。
このパーティもう終わったんだ、と。
今まで四天王達ともマトモにやり会えていたのは全部本体のラグナがいたからだということに気付いた。
でもパーティリーダーである勇者のイラはそれに気付かなかった。
そしてパーティを自らの手で破滅に向かわせているということに。
「ぐはっ!」
イラが何度目かの攻撃を受けたことで撤退することにした。
これ以上やり合っても勝てないとイラが判断したためだった。
※
酒場に帰ってきた私たち
「マリー」
メアが私に声をかけてきた。
「何?」
「何故私たちに支援魔法をかけなかった?バフをかけなかった?」
「かけたよ」
「かけてないじゃないか!」
立ち上がってメアが私に怒鳴る。
「かけてたら私もイラもこんなにボロボロになってない!」
「それを言うなら貴方の立ち回りがおかしいんでしょ?!支援はあくまで支援!」
そう言うとメアが座り直した。
「あ、あの喧嘩はやめましょうよ」
そんな中ミーナが口を開いた。
「黙ってろよ踊り子が」
それに噛み付いたのはイラだった。
「ひっ………ご、ごめんなさい」
「くそ!」
イラがジョッキを机に叩きつけた。
「何で上手くいかないんだよ!」
そんなの決まってる、本体であるラグナが抜けてしまったから、それ以外にないだろう。
本当に気付いてるのは私だけなのだろうか?
それとなく聞いてみようか。
「ねぇ、イラ」
「何だよマリー」
「その………ラグナを呼び戻さない?」
「あぁ?あの腐れ踊り子をか?笑わせにきてんのかお前」
私を睨んでくるイラ。
でもここでビビっちゃダメだ。
「イラだけじゃない。私も不調を感じてるんだよ」
「………」
「ラグナが抜けてからずっといつもと違う感覚があるんだよ」
「………何が不調だよ。お前は大好きなラグナが抜けたから不調だと思ってるだけだろ?!俺は不調なんか感じてない!」
やっぱりイラは認めないか。
1度要らないと判断した相手をやっぱり必要だと言うことは無理か。
それに1度自分から追放した相手に頭を下げて呼び戻す。
そんなことイラのプライドが許すわけが無い。
「くそ!」
でもこれだけ悪態をつくということは、やはりどこかで調子の悪さを感じているはずなのだ。
「ラグナを呼び戻すのはなしだ」
「じゃあどうするつもりなの?」
「このまま続ける」
「正気?私たちキングボアにすら良いようにやられてたんだよ?」
「それがどうしたんだよ?あんなゴミいなくても変わんねぇよ」
もう引くに引けなくなっているらしいイラ。
今の私はこのパーティを抜けられるものならもう抜けたいくらいだ。
でも周りが許してくれないだろう。
「聖者が他に必要なら王様に頼んで他の聖者を入れてもらう。あのゴミはナシだ」
あくまでもイラはラグナを要らないというらしい。
「そうだ。ラグナは私達の後ろで呑気に踊って遊んでいただけだったろう?」
それはメアも同じらしく私にそう聞いてきた。
「て訳だ。あのゴミを連れ戻すのはなしだ。このまま行く」
そう言って話をまとめたイラだった。
この時イラは知らなかった。
この選択が後々大きな後悔になることを。
素直に謝ってラグナを呼び戻しておけばよかったということを。




