薊の評価
頬を赤らめる氷花に対して、瑞雲は極めて冷静な表情を見せていた。足を組み、顎先に手を当て、さながらロダンの彫刻のように何かを考えていた。もっとも、瑞雲の考えていることは先ほど氷花に尋ねられたことであり、これを的中させることは極めて困難なことというよりも不可能に近似していることであった。しかしながら、傍から見れば聡明な美少年が非常に深い思考に及んでいるという絵画の題材になりうる素晴らしさを誇っていた。このため傍らで瑞雲を見つめる氷花は、頬を赤らめてジトっと見惚れているのだ。
ただし、前述したように瑞雲が考えていることは、ことを知っている者に聞かなければ真相が分からないモノである。したがって、瑞雲がどれだけ考えたところで答えは出ないのだ。そのため瑞雲は無駄な思考をしてしまったことに対する倦怠を含んだ大きなため息を吐くのであった。そして、この溜息を最後に氷花の瑞雲に対する集中は途切れるのであった。
「それで、何かわかったのかしら?」
「分からないよ。というよりも、今ここで無暗に考えるよりも真実を知っている人たちが帰ってくれば分かることだから、こんな思考は無駄に過ぎないよ。僕は馬鹿なんじゃないかな?」
再び大きなため息を吐くと瑞雲は自らに呆れるような仕草を取ってみた。この言動に氷花は、一種の同情というべきか憐れみというべきか、分不相応な責任を負った少年に対する不安を抱いたのであった。中学時代から変わっていない臆病を未だに抱き続ける少年の繊細な心持に氷花は微かな痛みを覚えたのである。
だが、氷花は自らの抱いた感傷的な感情を言葉として示すことは無かった。氷花はジッと自らに呆れる瑞雲の顔色を見つめるだけであった。
「まあまあ、武ちゃん。そう気に病むなよ。何事も考えすぎは良くねえぜ。ほどほどに考えて、ほどほどに生きるのが一番だよ。それとなんでもかんでも自分のせいにすることも良くないぜ。自分を責めたところで、何にも解決しないんだからさ」
しかし、氷花の取った行動に反して適当に本棚を漁っていた喜多は繊細過ぎる瑞雲の心持に干渉した。これに氷花はデリカシーの無さを感じたが、当事者である瑞雲を見たところ瑞雲は特別傷ついた様子を見せていなかった。それどころか、指摘してもらったことに微かな喜びを感じているようであった。その反応は非常に子供っぽいモノであったが、普段から大人っぽい立ち振る舞いを自分に課している瑞雲のことを知っている者であれば、この反応は喜ばしいモノであった。このため、氷花は微笑を浮かべて、喜多に対しては睨みを利かせた。
自意識的には何もしていないのにもかかわらず、どういう訳か絶世の美少女に睨まれる喜多は首を傾げると同時に腑に落ちないと言った表情を浮かべた。もちろん、自らの言動に喜多が気付けないことを氷花は知っていたため、とぼける喜多の言動に感情を覚えることは無かった。ただ、喜多に見つめられるという言動に対してのみ苛立ちを覚えた。
知らず知らずのうちに生理的な拒絶を向けられる喜多であったが、短絡的な思考によりこれ以上氷花を見つめても何も分からないということが分かったため、再び本棚を漁る作業に戻った。そして、瑞雲は同じ作業に戻った喜多に対して微笑を送った。
「そう言えば、薊たち全然起きないわね。どうなってるのかしら?」
かくして疑問を考えないということで振り出しに戻った彼らは、本棚から持ち出した本を読んだり、何とはなしにぼうっと天井を見つめたりしていた。もちろん、喜多は本棚を漁り続けていた。
しかし、そうした退屈な空気に嫌気が差したらしく氷花は読んでいた本をローテーブルの上に置いて、未だにすやすやと眠り続ける薊と秋等に視線を向けた。
「まあ、しょうがないですよ。兄者、寝起きも悪いですし、昨日は色々とありましたから」
「あら、こいつってそんな朝弱かったかしら?」
「ええ、弱いですよ。毎朝毎朝、私が起こさないと起きませんし」
「へえ、以外ね」
兄の頬を人差し指で突きながら、八千代はどこか満足気な笑みを浮かべながら氷花の問いに言葉を返す。
「以外かい? 美紀だって薊のこと少なからず知ってるだろう?」
「知ってるからこそよ。こいつ、友達あんまりいなかった割に人には信用されてたじゃない。ほら、あのロクデナシ軍団たちから尊敬すらされてたし」
しかし、氷花のぼそりと呟いたことに瑞雲は疑問をぶつけた。
「ロクデナシ軍団? 北村達のことか。まあ、薊は尊敬されるタイプの人だからね。カリスマって言うのは酷く陳腐な言葉になるし、薊にこんな称号は安っぽくて仕方がないけど、多分この単語が一番似合ってると思う。とかく、薊は人を惹きつける才能があるんだよ。筋は通すし、人を裏切らないし、悪いと思ったことは悪いっていうしね。率直な人間だから人がついていくんだよ」
「そうだぜ、美紀ちゃん。薊は阿保だけど、真っすぐな人間だぜ。俺と喧嘩し合ってた時も、絶対にフィジカル面じゃ俺に劣ってるのにいっつも一人でかかってきたし、最後の最後には俺に勝って見せたしさ。自惚れじゃない、本当のことだよ。それで、まあ、何よりも純粋だから男どもは信頼するのさ」
そして、瑞雲と喜多はそれぞれ薊に対する評価を紡いだ。
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