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いずれ神に至るため  作者: 鍋谷葵
運命を憐れむ人々

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賢人たちの目覚め

 さて、戻ってきた日常の中で彼らは十分にたわむれた。その間、薊と秋等と二人の賢人は目を覚ますことなく、安らかな寝息を立て続けていた。しかし、寝坊助の彼と秋等と賢人たちに対して彼らはこれと言ったからかいを施すことは無かった。これは今自分たちが肺で呼吸をし、脳で考えることが出来ているというごく当たり前の現実が四人の手によって成され、担保されているという事実があったためである。したがって、四人よりも先に起きた者たちは責任に対する責任と言わんばかりに本来は発揮されただろう持ち前の悪戯心を何とかして抑え込んだのである。

 溌溂とした青い悪戯心を露知らず、賢人たちはようやく目覚めた。それは彼らが目覚めてから約二時間後のことである。そして、この二人の目覚めは以心伝心と言わんばかりで、ぴったり同じタイミングで起きたのである。また、二人とも頭を掻いて、まだ眠そうな目を擦りながら頭の中の靄が晴れるまで暫しの間ぼうっとしていた。二人とも顔立ちが良いため、ぼうっと呆けている顔ですら絵になった。もっとも、絵になるとは言ったが人の呆けた顔を客観的に見ると胸の内からコメディが湧き出るというモノである。したがって、抑圧されて彼らのうちに押しとどめられていた悪戯心は二人の寝起きの顔に対するコメディという形に変化して、発露された。

 目覚めた瞬間、いきなり笑われた二人は一体全体自分たちが何のために笑いの対象にされているのかが分からなかった。だが、地下室の中で反響する笑い声を摂取するうちに二人はどうして自分たちが笑われているのかを理解した。もっとも、この理解に際して二人の賢人が感情的になることは無かった。むしろ、まだ不活性な表情筋を微かに動かして微笑を漏らしさえした。二人もまた日常への回帰を喜んだのであった。


「諸君、おはよう」


「おはよう、山科。よく眠れたかい?」


「ああ、よく眠れたよ。体の疲れも、まあばっちりとまではいかないけど、そこそこ回復したしさ。強いて言うなら首が痛いってくらいかな」


 目覚めた山科に善良な笑みを浮かべる伊野は、可愛らしく首を傾げながら尋ねた。普段の伊野の言動を目にしている山科は、あまりにも純粋な表情と行動に一瞬のためらいを覚えた。だが、こんなリラックスできる場所で相手を詮索してもどうしようもないため、山科は正直に自らの体調を申告した。そして、伊野は何を言う訳でもなく頷くと、ニカッと快活な笑みを浮かべた。山科は伊野の笑みに、晴れ渡った空を思い起こした。もっとも、梅雨の空に現れる訳の無い空であるのだが。

 空想上の自然に胸に宿し、さっぱりとした明るさを表情に宿した山科を傍らに播磨は大きなあくびを吐いていた。それは山科の快活な目覚めを妨げるようなあくびである。山科は品の無い播磨の行動に、若干の嫌悪感を示した。


「別にいいだろ、あくびくらいよ」


「良いけど、まあ、良いんだけどさ。それは個人の自由だし、僕は君の自由を侵害するつもりは一切ないからさ。でも、少しくらいは僕の気持ちを考えてくれるとありがたいよ」


「そりゃあ、悪かったよ」


「随分と聞き分けが良いね。感心するよ」


 山科の感じ得た不快感に、両手を上げながらわざとらしく反省の色を播磨は見せた。そして、くすくすと自らを見てからかってくる山科に対して諦めの視線を送った。どうやらこれが二人なりの日常らしい。


「まあ、こんな下らねえことはどうだって良いんだ。まずは朝飯で食べようぜ」


 日常のぬるま湯に浸かった播磨は、立ち上がるとグッと体を天井向けて伸ばすと山科に食事の準備を進めた。これに山科はどうして自分で作る気が無いのかと、客人として友人としての一応の礼儀はどこにあるのかと疑ったが、長年付き合ってきて無礼の治らない人間にそんなことを言ったところでどうしようもないので、山科はキッチンに足を運ぼうとした。


「ああ、朝ごはんなら私が作っておいたわよ。テーブルの上に置いておいたから、早いこと食べて食器を洗ってちょうだいな」


 ただ、山科の家事への歩みは氷花の知らせによって妨げられた。氷花の言った通り、ローテーブルの上には人数分のフレンチトーストが白い皿の上に載せられていた。作ってから時間がたったため、温かみは失われているが、それでもなお、黄色く甘い良い匂いのするフレンチトーストに二人は目を輝かせた。


「ここは天国かよ」


「いつも二三人は抱いてるくせによく言うよ」


「朝から言うことじゃねえだろ。それにあいつらは朝飯なんて作ってくれねえよ。目的は俺だからさ。その他はどうだって良いんだよ」


「ふーん、献身的だけれど家庭的じゃないんだね」


「まあ、安っぽい関係で良いのさ。まあ、そんなことより早速いただこうぜ」


「そうだね」


 二人は下世話な会話を交わすと、フレンチトーストを手に取り頬張った。

 そして、見た目通りの美味しさに二人は笑みをこぼした。


ご覧いただきありがとうございます。

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