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いずれ神に至るため  作者: 鍋谷葵
運命を憐れむ人々

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目が覚めてから

 目を逸らしながら情報を紡ぐ伊野は、何も知らない八千代にとって怪しく見えた。これは普段の伊野の対応も相まっての印象である。普段からお茶らけていて、真実を適当にはぐらかすような態度を示し続ける伊野の印象に反し、現在の伊野は正直に物事をつらつらと語っている。その様が、彼女にとっては酷く訝しく見えたのである。しかし、眼前の伊野をジッと見つめても、確かに伊野は真実を語っていることは分かる。けれども、この真実を語っているという確信が何よりも彼女の中の猜疑心を煽ったのである。

 猜疑心に駆られ、訝しそうな視線でジッと伊野を見つめる八千代であったが、遂にそれが自分の勘違いであると一時的な解釈を自身に与えた。そして、この解釈を皮切りとして、伊野を自らの手から解放した。紅潮する伊野は、一瞬にして彼女の眼前から離れて、二歩離れたところで保身するように自らの腕で体を抱いた。この先輩の様子に、彼女はニヤリと笑った。それは普段から伊野が浮かびあげているような意地の悪い笑みである。

 普段の言動に復讐を成し遂げた八千代の胸には、満足感が満ち満ちた。普段から弄られている薊や瑞雲たちの分も、自分がやり返したような気がして彼女は清々しかったのである。勝利の快感と言うべきであろうか、そのような爽やかな心持を彼女は胸に宿したのである。そして、胸に宿った勝利の余韻を彼女は存分に楽しみ尽くそうと、伊野が普段から兄たちに向けている笑みを伊野に向けたのである。この応対に、伊野は若干の苛立ちを覚えると同時に、自分が彼らに対して普段から腹立たしいことをしていたということの自覚を得た。もちろん、これ以前も伊野は自らの行動に自覚的であった。だが、伊野はこれまで以上に自らの行動に自覚的になったのである。そして、これからは相手をもっと苛立たせる応対をして見せようと、改善とは逆の心がけを抱いたのであった。

 そして、八千代の勝利の余韻が、波が収まるように収束すると、彼女はきょろきょろと自分がいつの間にか連れてこられた空間を見回した。全く見覚えのない殺風景な部屋であり、彼女は寒気すら抱いた。生活感のあまりない部屋は、彼女の目に不気味に映ったのである。ただ、きょろきょろと部屋を見回して、地下室をある程度認識すると、彼女が部屋に対して抱いていた不気味さは大きく和らいだ。初印象としては非常に殺風景な打ちっぱなしのコンクリートで出来た独房のように思えたが、実際はある程度、常人の生活と比べれば極々小規模であるが、生活感のある部屋だと彼女も認識したのである。この結果、彼女は部屋に対する敵対心を何とか収めた。もっとも、前提として伊野が拠点と言っていたため、自分たちが良く知る人間が用意した空間であることは分かっていたのだが。

 ただ、何はともあれ八千代は伊野と同じように、現状に対する理解をある一定以上の地位を手に入れた。しかし、地位を手に入れたと言っても、これは仮初の地位でしかない。結局のところ、自分が滞在している場所が安全な場所だと分かっていても、ここがいったいどこなのか、そして誰が容易にしてくれた場所なのかは分かっていないのだから。そして、どうして播磨の家が敵にバレてしまったのかも彼女は分からなかった。というよりも、兄を筆頭とした集団に敵対する相手の素性すら彼女は上手く掴めていなかった。もちろん、ここに来る前、つまり兄である薊が運ばれてきて、つい先日まで気絶したように眠っていた間、ある程度のことは伊野や瑞雲から聞かされている。しかし、重要な情報はいつもはぐらかされてきた。誰が首謀者で、いったい何をしようとしているのか、その根本的な敵対理由を彼女は知らなかったのである。そして、ここに来て、根本的な理由を聞くことが出来なければ納得のいかない状況に彼女は置かれた。もう、彼女も我慢の限界が来ていたのである。愛する兄がどうして傷ついて帰ってくるのか、どうして自分が通学の自由すら奪われて不自由な状況に置かれているのか、愛と自由に関する権利をいい加減、彼女は欲したのである。

 この欲求に従って、八千代は腰に手を当てながら、再び真剣な眼差しを二歩先で未だ顔を赤らめる伊野に向ける。蛇に睨まれた蛙のように、伊野はその場から動けなかった。伊野は再び硬直し、顔を紅潮させることになるのだと思うと胃が痛くなった。


「伊野さん、ここって誰の家ですか」


「ここは山科、没薬の賢人の家だよ」


「なるほど、乳香の賢人さんの本名って山科って言うんですね。それで兄たちが倒そうとしている人たちは誰なんですか?」


「……」


 そして、伊野はより胃が痛くなる質問を前に伊野は答えに窮した。



ご覧いただきありがとうございます。

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