漆黒
この都市の中心にある白い鉄製の塔のある階層のある一室。部屋のネームプレートには福音機関第一会議室と銘打ってある。
その部屋にはアーサー王の物語を思い出させるかのような古ぼけた木製のけれども高級感漂う十二の椅子がぽっかりとそこだけ切り取られたかのように何も置いてない空っぽの大きな円卓を囲うように等間隔で並べられている。けれどもその周りは数多くの何処までも薄く無数の数列が表示されているディスプレイや前世紀のスーパーコンピュータの処理速度よりも数倍早く小型の処理装置が何十個と置かれており、時代のコントラストを嫌というほど見せつけている。またこの部屋には窓も無く外からの光も受け入れないためにこれらの電子機器の鮮烈な光が青白く部屋全体を不気味に照らしている。
そしてこの不気味な部屋に一人、第一技術学区のブレザーの下に白いのワイシャツと黒い革の手袋を右手にだけはめている背の高い、女性のような長い黒髪を後頭部で纏めた、吹けば倒れそうな程痩せている男が一つのディスプレイをくまだらけのその大きな黒目をギョッと開け、いかにも集中しながら見ていた。そんな彼はある一点、手足のしなやかさやを見れば女性の様でその他の所を注視すれば間違いなく男と分かるような中性的な容姿をしていた。
ただ一様に不健康そうな見た目はそういった容姿の上で優れている部分を打ち消す程のものである。
数分の後に見ているディスプレイにパッと何か新しい書き込みが増えたのを見ると彼は一安心したのか胸を撫で下ろすと円卓に並べてある椅子にドカッと深く腰を掛けて笑った。
「やったか……。あの裏切り者を、少しばかり計画は狂ってしまったな。それどころか奴の良いように運ばれてしまった。一橋高秀、俺をあの方と慕ってくれたものだが臆病者で役立たずあったな。これほどの土俵と役を用意してやったのに」
邪悪な低い声で楽しげな笑いとは打って変わって呪いの様な声を吐き出すとブレザーのポケットからIDパスを取り出してやはり言葉とは全く逆な楽しげな軽やかな手つきで電話を掛け始めた。
するとワンコールもしないうちに電話は受け取られた。どうやらそれも嬉しかったようで彼の声色は随分と明るくなった。
「もしもし」
『おう! もしもし! 仕事は終わったけどさ死体はどうすんの?』
電話の相手とはあの一橋を見限った男である。その男は人を殺した後とは思えない意気揚々とした声で彼に尋ねていた。
「放って置け。どの道そこは爆破する予定だからな、あとでそっちにもう一人送り込むからお前はそこを去ってくれ」
『オッケー分かったじゃあこのままにしとくね。それと殺した俺が言うのも何なんだけど別にやらなくて良かったんじゃねえのか? こいつの始末とあの魔眼持ちとその妹の抹殺なんてさ』
その疑問に対して彼は一つ鼻で笑った後に答えた。
「馬鹿なことを言うな。人というものは心から信用してはならないし忠誠に刃向ったものを始末するのは道理だ。それに堀野薊とあの女抹殺は必要事項だ、何しろあの者たちが居るだけで奴の計画は進んでしまうからな。俺たちの計画にはあいつらを殺すことが大前提なんだよ、何しろ三賢人の席が二つも埋まってしまったからやらなければならないんだ」
彼は一転さっきまでの喜ばしい顔を忌々しそうな険悪なものに変えると皮の手袋をした右手で頭を一掻きするしながら言葉を溢した。
『まあ、確かに天国の鍵は俺たち聖使徒が創り上げるものだしな』
「そうだ、伊野や雅人それと楚日と言ったイレギュラーは居るが前者二人はきっと俺のプランを聞けば納得するだろう。他の使徒たちは納得してくれたようにな。だが万が一、楚日の様に納得しなかったら力ずくで分からさせる。無論、楚日ももう一度叩きのめしてな」
そういった暴力をほのめかした発言をすると電話向こうの男はケタケタ笑いながら返した。
『お前はやっぱりおっかないねえ! それでもペトロ名を冠した聖使徒第一位なのかよ! まあ良いぜ、そういうところが俺っちのお気に入りポイントなんだからさ!』
「みなまで言うな。お前こそ、鬼畜だと思うよヨハネ名を冠しているくせにな。それじゃあ無事安全に帰ってこいよ月山」
『それじゃあな新庄!』
彼は電話を切ると声高らかに笑いその声をこの広い空間に響かせた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
同じ建物の屋上。澄み渡る夜空の下、一人のあの赤髪の若気な男、紫雲龍鳳はは自らの白衣を風にはためかせながら顎に手をやって何か物思いに耽っていた。
「今回も大きくやってくれたね彼らは。でもおかげでどうやら薊君はあの力に目覚めてくれたらしい、ようやくそろったな。だが彼の平行世界にアクセスする力はまだ安定化していない。でもこれから彼らにストレスを与えられることできっと安定化し、あの魔眼も開花するだろう。とにかく今回は随分うまく言っている気がする。流石に三桁を超えたら運命も味方をしてくれたんだろうな。まあ良い、今日は祝杯をあげなければ! こんなに清々しい気分は私があれを創りだして以来かも知れないぞ! ハハハ!」
そしてひとしきり笑うと風と共に姿を消した。
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