検査後
俺は検査の結果を聞きひどく落ち込み、ポケットに両手を突っ込みながら教室へ向かって歩いていた。おおよそ検査の結果をひどくあっさりと言われのが原因だと思われる。
それはもう流石に俺も自分が第十級技術だと分かっていた。だがそれでもあっさりと言われることは無いだろうと思っていたのにそんな期待を裏切るかのよう言われたからだ。つまりこの変な他人に対する期待が俺の心を抉ったのだろう。
「はぁー」
畜生、溜息まで出ちまう始末かよ。全くもう今まであんなに人のいい研究員に会ったことがねえから少し気を楽にさせてたらこの始末だ。やっぱり瑞雲が言ってたように俺も焼きが回ったのかね。
俺は自分に対して少々絶望していた。いや、絶望とか大それた言葉を使うのは適切じゃないかもしれないけど俺の中にはこの言葉以外、今の感情を表せるものは見当たらない。そして、この感情の中を多く占めているものはあの研究員にほんの少しだけ心を許しちまったことだ。普段は絶対、あの憎むべきクソどもと馴れ馴れしい会話なんてしないはずなのに今回はしてしまったことに対する絶望。そういう感情が俺の心の中を今、多く占めていた。
大体なんだあの赤髪の研究員ふざけやがって。検査が終わって俺に第十級だって伝えると笑って『ドンマイ』とかふざけてんだろ。ちっ、段々あの少しの絶望が怒りに変わってきやがった、何なんだよ全く。
俺は取り留めもなく自身の感情の揺らぎを察しているといつの間にか足取りは早くなった。そしてすっかりその揺らぎが平常運転になった頃にはもう教室へ着いていた。
教室に入ると多くの生徒は検査を終えて帰ってきており、また多くの者が着替えもせずに相変わらずグダグダと話していた。
そうした中どこからか聞き覚えのある声がやけに大きく窓際から聞こえた。
「よっす! お疲れ―、薊。どうだった検査の結果は!」
正体はご存じ喜多であった。何故かは知らないがいつもより元気であった。その隣には頭を抱えながらうな垂れている瑞雲の姿も見えた。
「うっせぇ」
俺はめんどくさそうにそう言葉を吐くと喜多と瑞雲の居る窓際の自席へと向かった。
「でっ! どうだったんだよ薊」
喜多はまた興味津々そうに尋ねてきた。
しかし俺はその質問より優先的にしたい事柄があった。それは彼に対しての一つの疑問があった。それは彼から朝はしなかったレモンの微かにほろ苦い香りを漂わせていることだった。多くの者はここで匂いの正体が制汗剤だと思うかもしれないがここは特段匂いに気を遣わなくてよい男子校だ。それに加えて制汗剤が必要なほど汗をかく季節でもなく、いくら外で検査をしたからと言っても汗をかくほどの運動をしたわけでは無いであろう。
「相も変わらずに第十級だったよ。それよりもさ、お前なんでレモンの香りがするんだ。朝お前、そんな匂いし無かったじゃねえか」
「これか! いやよ炎系統の魔術の担当の研究員がさ、随分と若い女の人でよ! その女の人が検査が終わるとさ俺に『君、顔が良いんだからもっとしっかりしなさい』て言って少しだけ香水をつけてくれたんだよ! いや久々に女の人と話してテンション上がったよ!」
「そうかよ」
なるほど、それは羨ましいな。
俺は心の底からこいつことを殴りたくなった。
だけど何で瑞雲はうな垂れてんだ。
「でっ、何で瑞雲は頭抱えてんだ」
「こいつか、検査の時、研究員に『君、いい男だね。連絡先交換しないか』って言われてショック受けたらしいぜ」
「そいつはご愁傷様だな」
俺がそういうと瑞雲はぼそぼそと呟き始めた。
「ボクハホモジャナイ、ボクハホモジャナイ、ボクハホモジャナイ」
俺は今までにない恐怖を感じた。