不思議
薊から情報を瑞雲に伝えることを頼まれた伊野はやれやれとした呆れた様子で彼に伝え始めた。
あいつが事を聴いてる間暇だし、火野さんとでも喋っとくか。今日会ったばっかりだしあと伊野さんの昔話でも聞いてみたいしな。あと、落ちたリンゴも捨てなきゃか。
そうして薊は剥きかけのリンゴを拾い、ゴミ箱に入れると病床の周りで喜多、秋等と火野との会話に流れ入り、幾ばくの時間が過ぎて行った。
「そう言えば薊君。君、今日電話を掛けてきたとき何か直接聞きたいことがあるって言ってたけど、それって一体何なんだい?」
伊野さんはあらかたの事柄を伝え終わると背伸びをして、少し疲労の感じられる声を談笑していた俺に掛けた。
「おっとそうでした。今日一番、聞きたかったことを忘れるところだったでした」
「君、本当にどうしようもないね」
疲れもほどほどに彼女は呆れを通り越した失望とも捉えられる言葉を重い溜息と共に吐き出した。
また加えてこちらを見つめる目も冷たいものとなっていた。
「すいませんでした!」
本当に嫌われる目だろうと思わったのか薊は状態を四十五度曲げ、本物の謝罪を見せた。彼の友人加えて火野は若干引いていた。
まあ仏の顔も三度までって言うし、今回くらいはこの平謝りで許してくれるでしょ。大体今日、病室に入った時も俺の存在忘れられてたしこれでお相子でしょ。
否。
この男は一切誠意の籠っていない謝罪をしていた。それでも彼自身の謝罪がはた目から見れば真に迫ったものだったというのは褒めるに値するものだと思う。
しかし彼女の前でそれをしたこと、思ったことは愚かなものだと言う他ないであろう。
「全く君は馬鹿なんじゃないか、初対面の時は少し聡明な紳士だと思ってたけどさ。まあいいやそんなことは、兎にも角にも君の聞きたかったことはどういうことなんだい?」
伊野はやはり薊の頭を覗きこみ彼の心情を看破すると頭を抱えたが、もうどう言っても仕様がないと心の内で片づけた。
片やアホの薊の方は、「おや許してくれたのか」なんていうくだらない考えの下で顔を上げると質問に対して回答をした。
「そう! あれです。昨日秋等からの情報の中であった『天国の鍵計画』の詳細ですよ」
すると秋等は眉をひそめて言った。
含まれた感情としては伊野と同様な呆れと言ったものかと思われる。
「アナタ、もしかして昨日送ったファイル見てないの?」
「いや見たさ。でも一面数字ばっかりでよ意味不明なんだよ」
「あら、それは悪かったわね。でも不思議ね、今まであの神様の中から情報を抜いていたけどそんな暗号化? されたものなんて一つも無かったのに」
腕を組みながら秋等は頭を悩ませていた。一ハッカーとして知的好奇心に駆られているのだろう、彼は空言を唱えるように何かブツブツと溢し始めた。
しかして彼、彼女はそんな秋等を無視して話し始めた。
「そのことかい。まあ僕も今日ここに来る前に色々、一橋について調べた時見つけて閲覧してみたけど君の言うとおり数字ばかりの暗号になってて詳細、というかその計画が何なのかすら知れなかったよ。なあ、雅人」
「ああそうだな。俺とこの馬鹿が解読してみようとしたけど全く分からなかったよ。ホントに、あの時間なんだったんだろ」
彼はそういうと遠い目をしながら窓から、未だ落ちていない日に照らされた都市を見つめていた。
一体どんだけ頭使ったんだよ! というか使徒の頭脳でも分からなかったのかよ!
薊は自分が一目見て無視した難問に挑戦して敗北した人間を見て慄いていた。
「そうですか。じゃあ迷宮入りって訳ですか」
「まあそうなるね。あれ何で解こうとしたんだろう、僕たち」
伊野はフッと自虐するように笑った。
「あれは時間の無駄だったよ。そうだ! 薊君このまま行くと帰るのが遅くなるから八千代ちゃんに連絡しなよ。また怒られるのはいやだろ?」
確かにそうだ。昨日みたいにまた怒られるのは嫌だからな、本当にあの子怒ると怖いからさ。
あと夕食が二日連続カップラーメンになるの嫌だし。
薊はいざ電話をしようとした、その時やつが目覚めた。
「今! 八千代たんって言ったかい伊野さん! あのとってもキュートな!」
「うん、言ったけど? どうしたんだいクールな君がそんなになるなんて」
「ほっといてくださいな。そいつ妹のことになると犬みたいになるんですよ」
「そうだぜ上夜ちゃん。武ちゃん薊の妹のことが好きすぎて名前を聞くだけで馬鹿になるんだよ」
「そうね。でも彼の一途に女の子を想う心はキュンキュンしちゃうわ!」
薊の友達はそんな瑞雲に関する感想を次々に述べると伊野さんは頭が痛くなったのかうな垂れて言葉を漏らした。そして火野はドン引きしていた。
「君たちは馬鹿の集まりなのか……。はあ、薊君このアホは僕が何とかしておくから電話外で電話しておいでよ」
「分かりました。頑張ってくださいね」
悩ましき少女に馬鹿を一任すると彼は自分が転がり入った押し扉を開こうとした瞬間、見たくない顔をが向こう側から見えた。
その者の顔はナマズのような顔だ。しかし目はギラリと光らせている、まるで獲物を見るように。
「なんでお前が!」
「おや、薊君か。久しぶりだ、八千代ちゃんの記憶はどうだい?」
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