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いずれ神に至るため  作者: 鍋谷葵
グレイトボーイのめざめ
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登校そして遭遇

 家を出てから数分、薊たちはガラス張りで作られたモダンな感じの見晴らしのいいリニアモーターカーの高架駅に着き、車両が来るのを兄妹隣り合って薊は頭の上で腕を組みながら八千代は鞄を体の前で両手で持ちながら、技術都市を眺めていた。


 そこからの眺めが何とも非現実的であり現実的である。


 おおよそこの自然との差異がこれを際立ているからだろう。というのもこの都市は四方を山と森に囲まれた場所にいきなり存在しているからだ。

 そしてきっとこの眺めを見て万人が真っ先に目に付くのが技術都市の中心にあるどんな高層ビルよりも高い。高さは600mはくだらないであろう真っ白な鉄製の塔であろう。この塔の役割は詳しくは知れられていない。だが特に重要なことだけは分かっている。それはこの街のあらゆる機能を受け持つ中枢つまり技術都市の心臓部であるマザーコンピューター『機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)』があり管理されているということと、この都市の最高権力者である『紫雲龍鳳(しうん りゅうほう)』と意志決定機関議会の上級政治実行委員の十一人が住んでいるということである。

 こうしてこの技術都市はあの塔からパリの様に街が円状に広がっているのだ。区分で言うならば内側からビルや研究施設が多く立ち並ぶ第一区、学校のある第二区、商業施設、居住施設がひしめきながら立ち並ぶ第三区そして一番外側にあるのが完全自動生産ラインが整っている工場と農場加えて人工の太陽で発電する核融合発電所、変電所のある第四区となっている。そしてその区と区の間を無数のリニアモーターカーが高架の上走っているのである。

 かくして技術都市は全四区、人口、学生二十万、研究職七十万、その他約十万人を内包する百万都市なのである。


 薊は毎朝この眺めを見る度この景色の壮大さに溜息をついてしまう。


「いやーしっかしいつ見てもこの光景は慣れないねェ。岐阜の山奥にこんな大都市があるなんてね」


「兄者、そんな爺臭いこと言ってないで第十級技術学区行のやつが来たので乗ってください。本当に遅刻しますよ」


「うん分かった分かった、お兄ちゃん別れるのが辛いからって強く当たらないの」


「ふざけないでください。兄者、私はそんなこと微塵も思っていませんから」


「何にも思ってないなんてそれもそれで悲しいけど、怒んないでよ」


 そう薊がおチャラけた風に言うと八千代は少し目を細めながらこちらを見てしなやかでほっそりとした手で薊の頭を叩いた。


 ヴぇ痛い。これで三発目だよ。トホホ……。


「ほら、サッサ行ってください。まったく本当にどうしようもない人ですね。あと忘れ物は本当にないですね」


「忘れ物はないよ。じゃあ行ってくるよ。じゃあね」


 そういうとさっさと俺はIDパスを自動改札機にかざしリニアモーターカーに乗った。

 リニアモーターカー中は思いのほか空いていた。

 きっとほとんどの人間は新学期とかいろいろ楽しくなって焦る気持ちを抑えられずにこれより一本先の奴に乗って行ったのだろう。

 しかし空いているのは良いことばかりではないなぜならいつもはこちらに気付かずにいる人間がこちらに気付くことがあるからだ。


 しかし、よくもまあこんな都市造ったよな、どんだけの費用が掛かったんだか。しかも御大層なことに、壁で囲いやがってさ。

 なんて取り留めもないことを車窓に流れる風景を見ながら考えていると急に忌々しい声が俺の耳に届いた。


「おはよう、薊」


 そいつの正体は俺よりも頭一つ高い身長、堀の深い顔、ブラウンの瞳、すらっとした体躯、明るいブロンズのもじゃもじゃとしたカーリヘアーの非凡なナイスガイ、我が親しき知人瑞雲武彦(ずいうんたけるひこ)だった。


「死ね」

 

 そんな親友とも言える奴に挨拶されたのだが俺は反射的に悪態をついた。なぜなら俺はこいつのことを常々よく思っていないからだ。いや別に特段嫌いとかそういう訳ではない。なんなら話も上手いし面白い奴だから一緒にいた方が楽しいことの方が多い。けれどもたった一点の汚点が他の良い点を全て台無しにして俺からの印象をかなり下まで下げちまっている、それが俺のこいつに対して良く思っていない理由だ。


 しかして瑞雲は薊の悪態を気にも留めてない雰囲気で意気揚々と話し出した。


「おやおや朝からいきなり『死ね』だなんて君クールじゃないよ。だいたい君の義兄になるかもしれないひとなんだからもうちょっと言葉づかいを優しくした方がいいと思うのだがね」


「うるせぇ、大体お前になんか妹はやらねぇよ」


「ふん、なれば君から奪い取って見せるだけさ薊。恋ってのはそういうもんだろう。あと今日も君のブラウスからやわやわで花のように薫る八千代たんの匂いがするね。いいねぇ毎日、毎日、八千代たんに家事してもらって」


 瑞雲はやけに誇らしそうに少々胸を張りながらそう言った。

 本当にこいつときたら何なんだか、毎度毎度、そう俺がこいつを好んでいない理由、それはつまりこいつが我が愛しのシスターに変態的に恋しているド畜生な奴だからだ。

 あんなに可愛い俺の妹をこんな変態にあげられるか! 俺は高らかにそう宣言したい。


「まあ万が一にでも俺の妹に無理やり手を出したならぶっ飛ばすからな」


「おやおや、やっぱりクールじゃないねえ君。大体僕は八千代たんに無理やりになんて手を出さないしさ、あと君じゃ僕をぶっ飛ばすことなんかできないだろう。君の魔術弱いんだからさ」


「うるせぇよ馬鹿が、お前も同じくらい弱いだろ。それに今日、魔術検査があるんだからそん時になったら急に伸びてるかもしれないだろ」


「それでも君のよりは強いと思うよ僕。あと君の魔術が急に伸びるだなんてのはまあ天文学的な確率だね、だって魔術は『第三の眼』を開発するときの時にほぼほぼ強さが決まっちゃうんだからさ」


「…………」


 俺は黙りこくってしまった。

 確かに瑞雲の言うことが正しいからだ。

 俺たちの住んでいるこの技術都市は科学の超高度な発達によって、生み出された『力を知る者(ウラノス)』という観測機により確認された空気中に存在する不安定だが自由に変換可能なエネルギーの素『神の力(ズィナミ)』を利用した開発を盛んに行っている。その中の一つがさっき言った魔術だ。こいつは人間の脳にある特殊な薬剤を注入することによって生まれる第六感『第三の眼』こいつを通して神の動力を人間にも知覚できるようにして、そいつを脳で手足のように操る技術のことを言う。この魔術は一人一つの現象しか起こせない。そうじゃないとあまりにも強い負荷が脳にかかって焼き切れちまうからだ。ようは新しい超高スペックな器官を後付する訳だからそらそうだ。


 ただ、俺がこの夢のような開発によって得た魔術はマジで使い物にならないものだった。


「まあそう落ち込むなって。僕も少し言い過ぎたよ。大体僕たちこの街の多くの学生だって魔術に差があろうとも同じ新世代(ニューエイジ)じゃないか」


「落ち込んでねえよ、だがよいっても同じ新世代で本当に使い物になる奴なんかごく僅かだろ」


「まあそうだね僕たちみたいな開発で魔術の才能の生まれなかった下っ端は精々、研究の被験者でしかないからね。そもそも新世代の本来の意味は『魔術が使えて良かったね』なんて自己解決で終わるもんじゃなくて新世代全ての中から最も『神の子』に近い魔術を得た身体を基準にして神の御業をも凌駕する偉業つまり、『神の子を超えた人間の創造』を人の手で成し遂げるというものだからね」


「でもよぉ、俺は毎回聞く度に思うんだが本当に神を超えた偉業を達成できる奴なんているのか? だって才能あるって理由で学費と生活費全部負担するからってほぼ無理やり親元から離された十代の若者(ティーンズ)が二十万近く集まって誰もいねぇんだからよ。それこそ俺の能力をまともに使えるようになるのと同じくらいの確率だと思うんだが」


「そうね、今のところは居ないみたいだね。でも神の子にすっごく近づいた人間は二人だけいるみたいだけど。もっとも僕たち新世代の魔術から得られたデータはこの都市の外部で有効利用されてるから、一概にこの都市の運営が狂っているとは言えないね。まあ僕の意見は反対だけど」


「ふーん」


「せっかく説明してあげたんだからもうちょっと興味持って聞いてくれよな君」


 そう瑞雲が肩を落としながらわざとらしく溜息を一つ吐いて言うと車窓から無数の大きくもなく小さくもない、新しげな白い外壁の校舎と所々に緑萌える校庭、そんなこの都市に似つかわしくない一世紀前とほとんど構造の変わらない学校群が景色と共に流れ、次々に目に入ってきた。


「おい瑞雲、学区が見えてきたぜ。お前こそ落ち込んでないでそろっと降りるぞ」


 薊がそう言うと瑞雲は鳩が豆鉄砲喰らったような表情になると不敵に笑って冗談で返した。


「はっ、君じゃないんだから落ち込んでなんかないよ」


「俺も落ち込んじゃねぇよ。いいからほら、サッサと行くぞ」


 間もなく到着のアナウンスが鳴った。

 そうすると俺たちは乗客の誰よりも先に降りて走って学区の中にある、自らの在籍する第十高校へ向かった。学校に行く最中には車窓から見えなかった満開の桜と春の芽吹きが俺たちを出迎えてくれていた。




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