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いずれ神に至るため  作者: 鍋谷葵
月影の伊達男
100/1347

she

 その教室には大きな曇りガラスを用いた窓が二つ、校庭側に向けて設置されていた。僅かに戸を開けて風通し良くしていプライバシーの観点からしたらあまりできた環境とは言えないかもしれないが、流石部屋の主である彼女たちはその上からクリーム色のカーテンを閉じておりそこはかとなくの安全を確保していた。この教室で目に付くのはそれだけである。その他には掃除用具入れの金造りのちっとも光はしない灰色のロッカーと壊れた足が象徴的な木製の教卓、もう何時使われたのか分からないほど寂れた黒板、それに机が幾らか適当に並べられており臨時の荷物置きを成していた。本当に急ごしらえの更衣室だということが分かるような気がした。それを証明させるように教室は掃除が行き届いておらずに埃が部屋の四隅にたまっていた。


 しかしそんな寂れた空間の中でも少女たちは女性の甘酸っぱい香りをはつらつと放ちながらその柔肌を恥ずかしがる様子もなく堂々と見せ、明るく賑やかな言葉を交わし、けれでも時間前までの長い時間を全文消費しようとゆったりと着替えていた。

 ところがそんな中で一人、異彩を放つ少女はあっという間に半袖の、体のラインをくっきりと写す体操着に着替え終わると辺りの喧騒とは真逆に口を紡いでいた。と言っても彼女は別にいじめられているというわけでは無い。彼女自身が襟好んで沈黙しているのだ。きっと友達と言えるほどの間柄の人間はこの部屋の中にいないからだからだろう。その証拠に彼女の表情はいやなほど冷たく、興味関心の一切、誇大的に言えば不快感すらも感じるものであった。


 ただ黙っていても両手や脳みそは手持無沙汰だ。だから彼女はちらっと目線を自分たちがつい数分前に入ってきたばかりの扉に動かして、何考えるわけでも無く水色の長い髪をくるくると右の人差し指で弄り始めた。

 そんなことをしていて数分の後彼女は扉の向こうで何か大勢の人間がこちらに視線を向けていることを察知した。どこからか微量の神の力が動いていることを察知したからできた技である。こんな小さいレーダーのような動くは彼女の同輩の何人かは使えるのだが今の彼女たちは果てしないうら若き会話に集中していたためそんなことには全然気が付かずにいた。

 だが今の暇を持て余している水色髪の彼女にとってはその小さな鼠のような動きは格好の的であった。なんであれ彼女の知的好奇心をくすぐったのである。するとまず彼女は扉の向こうに居る者たちが一体何であるのかを想像した。何処かの国のスパイだとか、正体不明の連続殺人犯だとか、もしや廃工場を爆破させた狂人かというあり得ない誇大妄想を優れた脳の中で繰り広げていた。何分も何分もくだらない映画のような展開を思い描いた。この僅かな変化に彼女は何十回と遊べる楽しい娯楽を見つけたのだ。

 そうして幾つかの取り留めの無い物語を頭の中で完成させると次は大きな神の力の変化を感じた。まあここで大きなと言ったがその変化というものは微々たるもので数値で言うならば1が1.1に変化したほどのものである。しかし神の力の変化に敏感な彼女にとってはそんな0.1の変化も革命的にデカかったの出る。


 するともう彼女の脳細胞は大興奮である。もしかしたら自分の頭の中で思い描いていた劇が現実で再現されるのかと思うと息は荒くなり、体は火照り、はちみつ色の目は大きく輝いた。

 けれども幾ら待っても彼女の思い描いたB級でエキサイティングな光景は目の前に現れなかった。あまりにも何も起きなかったので彼女は神の力を行使しているであろう人物たちへ向かって一つ睨みを利かせるように目を向けた。レーダーもどきによって位置がなんとなくわかるのである。そうすると片手で数える間の内に神の力の流れは普遍的なものへと変わった。

 落胆した。羅生門の下人の心持の様になった。結局は扉の向こう側に居た人間というものはこの学校の男子であって目的は覗きであろう。去年も同じようなことがあったので面白さなど全くない。彼女は羞恥の感情なんかよりも愉快かどうかの是非の方が重要らしい。

 かくして心底がっかりした彼女は何か面白ことが残っていていないかという淡い期待にかけて更衣室から出た。


 廊下には誰も居なかった。温かみの残っているぽっかりとした空間、そこには紫色の布に赤い糸で光藤と刺繍されたハンカチが冥土の土産の様に残っているばかりであった。ただ彼女にとってはハンカチよりも注目しなければならないものがあった。それは魔術を行使した際の爪痕である。変換された神の力は使用者特有の痕が残されるのだ。その形は千差万別で一種のDNAみたいな状況証拠の様なものだ。

 そんな数多くの痕から彼女は興味、関心、いやもっとどす黒い感情、ことに『愛』を思わせるものがあった。それを見つけた彼女は口元を三日月形に歪めながら、今までの凛々しい表情からは想像もつかないほど表情筋を緩めて、恍惚の表情を浮かべた。


 瑞雲。中学以来、久々ね。前回の交流会の時にはゴミたちがあなたの周りを囲っていてを話すことが出来なかったけど今度は見逃さない。覚悟してね武彦クン。根暗な心はいくらマシになってるかしらね? 嗚呼貴方の精神的成長を考えるだけでも愛が溢れてゾクゾクしてくる。本当に楽しみよ。

 待ってってね愛しの武彦?

ご覧いただきありがとうございます。

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