地球を思い出すために・・・
地球を思い出す為に・・・
親子関係ははっきりいって最悪だった。
俺はセフィロス・ザルターク十三世。親父はこの国の皇帝だ。人は親父の事を『神聖だ』『崇高だ』とか散々褒めちぎってるけど、それが俺にとっては重みだった。俺の名前だって一千年前に宇宙へ追放され、この地にザルターク王朝を興した初代皇帝セフィロス・ザルタークからとったらしい。人は生まれ変わりだとかいうけど、俺は皇子という身分を除いたら只の十五歳だ。だから恋愛だってしたいし、何も考えず遊びたい。十五になった春、史上最大の親不孝を試みたんだ。
「リッキー俺、地球へ行く。」
「セフィロス?お前頭おかしくなったか?」
地球の川に似せて創った人工河川の土手に寝そべっていた身体を慌てて起こし、セフィロスを見る。リッキー・マルデン。セフィロスと同級生の悪友だ。リッキーはの親は国内では名の知れた財界の御曹司だ。いわゆるオボッチャン。
「いいや、おかしくなんか無い。小さい頃、家にあった記録映像で観た巨大スクリーンなんかじゃない本物の空。塩水みたいな味の海。空から『雨』っていう水が振って来るんだぜ。ネオロイド種って人たちにも逢ってみたいし。元々俺たち地球人だったのに知らない事いっぱいあるもんな。」
「地球はお前の親父さんが近づくのも禁止しただろ?」
「親父は只、地球を神様みたいに崇めてるだけなんだよ。近づくのを禁止する根拠なんて何処にもないんだよ。」
「でも、あそこは聖域だぞ?そんなのバレたら、銃殺モンだぞ!」
リッキーは片手を銃の形にしてコメカミに当てて見せた。
「そんなの知った事か!俺は一度行ってみたいんだよ、地球に・・・。」
「地球?どうやって?大気圏の時、摩擦でボクたち黒焦げになっちゃうよ?」
「いいや、そんな事は無い。」
俺は首を左右に振り自信満々に言ってやった。呆然とあんぐり口を開けているリッキーに対し話を続けた。
「俺、見つけちゃったんだよ・・・。親父の部屋で地球の世界地図を・・・。」
リッキーを無言で手招きし、俺に近寄らせそっと話の続きを耳打ちした。
(・・・)
「え!地球帰還!」
外といっても二人の居る場所はドーム状となった人工惑星である。リッキーの驚きの声はそこら中響き渡り、通行中の誰もが二人に視線を集中する。
「馬鹿!声が大きいよ。」
リッキーは慌てて両手で口を抑えた。
「親父は地球に降下するつもりだよ。だから大気圏突入だって何か対策が在るはずだよ。」
「だって、地球に近づくのは禁止してたんでしょ?だったら何で地球に降下するの?地球は、ネオロイドっていう人間達が生活してるんでしょ?取り戻すっていったって受け入れてくれんの?」
「そんなの解んない。だけど地球を取り戻そうとしているのは事実だ。」
俺たち二人は、この国の地球帰還の話題から、地球の大気圏をどうやって潜り抜けるかという話題にいつの間にか流れていった。そして俺は結論に達した。
「軍用機を盗むんだ。」
リッキーは澄んだ眼で上を見つめながら言い放つ非常識な親友に呆れていた。
※
月軌道上にある人工小惑星群中を潜り抜けてやった。軍用のパワードアーマーを盗み出してこのつまらない日常から脱走中だ。パワードアーマーというのはそもそも宇宙空間や惑星等での戦闘が可能な有人人型攻撃機の事だ。普段から民間用パワードアーマーを乗りこなしている俺たちには、決して軍用だからといって操縦は難しくなかった。
その機体の『背中』の部分のバーニアを吹かし全速力で走り抜ける光は、誰だって遠目で見れば流れ星と変わりゃしなかった。
未だ装甲に光沢が残るその機体からはどうやら新鋭機だと解った。
「なあセフィロス!一体どうするつもりだよ。黙って抜け出したらお前の親父さんカンカンになるだろうぜ。」
全速力で走り抜ける俺のパワードアーマーに追尾するもう一つの機体。正直、半分乗り気じゃないリッキーだ。
「リッキーお前そんなに怖いなら自分で帰れよ!俺は一度でいいから地球にタッチしてみたいんだよ。」
俺は通信を傍受されない様にケーブルを使用した有線通信で言ってやった。正直俺も生まれて初めての親不孝だ。ビビッて無いと言えば嘘になる。
「ば、馬鹿野郎!そんな事今更できるか!帰ったら俺は軍法会議モノだぞ!」
「一国の皇子を『航行禁止区域』まで連れ出した罪でな!」
「縁起でもないや!突然抜けだそって言ったのはお前のほうじゃないか!」
※
一部の富裕層が所有する民間惑星は除いて、月軌道上の人工惑星群をザルターク朝と呼んだ。およそ十億の民が生活している。その民を治めているのは、人類の長として神聖とされて来た俺の親父、皇帝ルフィス・ザルタークだ。
一千年も昔、俺たちの祖先はネオロイド種っていう自分達が生み出した遺伝子操作で生まれた人種に地球の住処を宇宙に追い出されてしまった。そこでセフィロス・ザルターク一世は自分に賛同する物を集め『ザルターク王朝』を築いた。
それ以来、初めは地球奪還に夢中だった祖先も、次第に自ら重力を生み出し、地球同様の環境を生み出す事ができる様になってからは、地球に何の関心も持たなくなってしまった。一部の民衆は『人類は元々地球から巣立つ生命体だった』と唱える者さえ出てきている有様だ。学校の授業でも地球の具体的な情報は一切教えず、地球に近づく事さえ禁止されていたのだ。
※
二人を追って、ザルターク空間警備隊の兵士が迫っているのがセフィロス機のモニターに写っていた。
「漸く来たようだぜ。」
「ボク、今日ほどお前の友達を辞めたいと思った事無いよ。」
リッキーはコクピット内で天を仰ぐ様に青色吐息をついた。
「リッキー、後もう少しで禁止区域だ。そこを抜けたら振り切れるさ。」
「・・・とか何とか言って、もうかれこれバーニア六時間以上も吹かして走ってるんだよ。エネルギーもそろそろ限界来てるよ。」
今まで前方のメインモニターにばかり気を取られていたセフィロスはその言葉のおかげで久々に下の計器に目を向けた。確かにエネルギーの計器は残り僅かの赤色点滅だ。
(くそッ!予備タンクは取り付けに時間がかかるから置いて来ちまったし・・・。)
心の中で呟くが気付いたのが既に遅かった。
「リッキー・・・。お前覚悟はいいな?」
「お前こんな時にいきなり何言い出すんだよ!」
リッキーは半泣き状態だった。半分揺れるような声はモニターで確認しなくても声で十分わかった。
「大気圏突っ込むぞ!」
リッキーはこの時、十五歳ではあったが本気で死を覚悟した・・・らしい。でもそれは俺も同様だった。地球への想いはそれだけ本気だったんだ。不思議な気分だ。人類は地球を忘れても潜在的にあの青い色に魅力を感じるように出来ているのかも知れない。俺は賭けに出た。地球を思い出すために・・・。