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ハッピーエンド推進委員会

ハッピーエンド推進委員会外伝 ~第二王子のその後~

作者: 青蛙

前作『ハッピーエンド推進委員会』の続編です。

前作を読んで頂いてからこちらを読むことをおすすめします。




―――カラン カラン


「バターロール焼き上がりましたー!」


 心地よいベルの音。たくさんのバターロールを乗せたバスケットが木のテーブルに他のパンと共に並べられ、エプロン姿の金髪の青年が笑顔でパンが焼けたことを客に知らせる。

 たっぷりのバターを使ったバターロールは香ばしい匂いを漂わせ、香りにつられた客が一人、また一人と店内に入ってくる。


「にーちゃん、焼きたての二つくれよ!」

「お昼に丁度良いわ。アル君、バターロール四つ頂戴!」

「フッ、常連の俺は焼きたてには釣られないぜ………シュガースティックとコーンパン、あとやっぱりバターロール一つくれ」


 次々に並ぶお客に青年は一人ずつ丁寧に接客し、客は皆パンの入った紙袋を抱えて笑顔で店を出ていく。店内の休憩スペースで休みながらその様子を眺めていた老人は、客が途切れるとゆっくりと立ち上がってカウンターまで歩いてきた。


「ほほっ、バターロールを三つくれるかのぅ?」

「はい。三つですので……330ルニーになります!」

「330じゃの。あぁ、あとチーズスティックを四本くれるかの?」

「ええ、チーズスティックですね。ではそれも加えて480る――」

「あとそれとくるみパンも二つ」

「はいっ! くるみパンも加えて合計で720ルニーになります」


 怒涛の追加注文。焼きたてが出来るのを店内で待っていた常連のお爺さんは、沢山のパンが入った紙袋を抱えて幸せそうに笑った。


「ハハハ、今日も沢山買われましたね」

「ほっほっ。ウチは夫婦共々一日一回はここのパンを食べないと気が済まんのじゃよ。今日も美味しいパンをありがとうよ、アル君」

「いやいや、僕もまだ修行中の身ですから。まだクレア程上手くは作れなくて、頑張らなきゃなって感じです」


 青年は老人の感謝の言葉に恥ずかしそうに顔を赤くした。彼の作るパンは店に入ったばかりの頃と比べて遥かに上手くなった。その成長の速さは凄まじく、今では二代目店長であるクレアの腕に追い付く程だ。しかし彼はそれでもまだ足りないと言うように謙遜してみせた。


「そう言わずに。アル君のパンも美味しいよ。ところでクレアちゃんとは最近どうかの? 三代目は………」

「ぶっ………! さ、さささ三代目って、そんな気が早いですよヒューゴーさん!」

「ありゃあ? まだじゃったのか。あれだけ仲が良いのだからそろそろ出来ていてもおかしくないと思っとったのじゃが、意外じゃったのぅ」

「だって、まだ結婚してから2ヶ月しかたってないんですよ」

「二ヶ月もじゃろう? 出来ててもおかしくないのぅ」

「ちょっ、何言ってるんですかヒューゴーさん!」


 老人のからかいに彼の顔が完全に真っ赤になる。老人はそんな彼の様子に大笑いした。

 と、その時店の奥から快活そうな女性の声が聞こえた。


「アル! シナモンロールが焼けたから取りに来てー!」

「あぁ、今行くよ! すいませんヒューゴーさん。今日はここらへんで」

「うむ、それじゃあシナモンロールも追加で一つくれるかの?」

「ハハ、ほんとに沢山買いますね。ありがとうございます」

「おやつも外せないからのぅ。沢山は食べられんから嫁と半分こじゃ!」


 青年は老人からの注文を受けると厨房へと入っていった。

 愛する女性との結婚式を間近に控えたパン屋の店員の青年。絵本に登場する王子様のような綺麗な容姿のこの青年こそ、元第二王子であるアルバート・ウロナ。現在は平民の青年、お忍びの際に使っていた偽名に名前を変えてただのアルディーノである。

 彼はパン屋の店員として日々懸命に働き、そして愛する人との幸せな時間を過ごせる喜びを日々噛み締めていた。












 時は遡り、半年前。


「父上! 申し訳ありません!」

「えっ、いや………えっ?」


 ウロナ王国国王の私室にて、椅子に座ってゆったりと寛ぐ王に第二王子は土下座していた。突然の謝罪と土下座に王の思考は停止し、部屋にいた侍女の表情も凍り付く。


「父上っ、私は王太子の身でありながら、立場もわきまえずに己の気持ちに任せて平民の女性に恋をしてしまいました! 後に国を支えて行く者としてあるまじき醜態、どうか、私を廃嫡して頂きたい!」

「…………」


 王は口を開けたまま白眼をむいてうごかない。侍女は王子の衝撃発言に顔を紅くして「まぁ!」と思わず声を漏らしてしまう。

 そんな様子も気にすることなく、王子は真剣な顔で話を続けた。


「何度も、何度も別れようかと悩みました。アリーザ嬢の事もあります。彼女の今までの努力や気持ちを考えれば、それが最も良い決断だったのでしょう。しかし! 出来損ないの私には彼女を捨てることなど出来なかった!」

「…………」


「愛しているのです! どうしようもなく! 彼女の笑った顔は太陽のようだ! そして彼女から香る木漏れ日のような暖かな匂い、パンをこねる為に程よく筋肉のついた腕、鼻の上に残ってしまったそばかすもまた彼女の魅力! 純粋さに満ちた彼女の焦げ茶色の瞳は私の心を治しようがないほどにズタズタに引き裂いていく! この気持ちをどうすれば捨てられるものか、そんな事は出来ない!」

「……ちょっ、待って、落ち着いて」


 ヒートアップし続ける王子をやっと復活した王が制止する。

 これでは最早謝罪と言うよりもただの惚気だ。王は「ちゃんと議題として挙げておいて良かった」と、そう思った。


「アルバートよ………」

「はいっ! どうぞなんなりと私を廃嫡して下さい! 私の後任となる王太子候補のリストも此方に作成しております! アリーザ嬢の婚約者候補も、彼女と話し合った上で国内外より釣り合う身分の者をリストにしてあります!」

「えっ」

「私が次期王太子として特に推すのは此方の『モエブタ・カンキ』公爵令息です! 現在婚約者も居らず、文武共に優秀、趣味嗜好さえ矯正出来れば完璧な王太子となるでしょう! 教育に関しましても私が用意したプランならば通常の王太子教育の三分の二の期間で終えることが可能です! アリーザ嬢の婚約者候補にはこちらの『シュジーン・コー』伯爵令息が『巨乳好き』、『王太子にする事も可能』『合法ショタ』、『博識である』といった点で―――」

「えっと、アルバート? 待って」

「はいっ、何でしょうか父上!」


 王はここまでは予想していなかった。まさか自ら廃嫡を願い、後任リストまで作って自分が居なくなった後に備えていたとは。

 あとアリーザ嬢に関しても、まさか手を組んでいるとは思わなかった。


「そうか………シュジーン・コーはアリーザ嬢の好みであったか。しかし幼い少年が好みだとは」

「アリーザは良き友でありました。故によく知っております、彼女が重度のショタコンであることを」

「アルバート………そういうとんでもないこと外で言わないようにな?」

「はいっ。彼女も自分がショタコンであることを理解した上で理性でそれを抑え込んでおりました。彼女には『10歳ぐらいの貴方が好みだったのにどうして成長してしまったのか』と、二人の茶会の席でよく言われたものです」

「あぁ、うん………そう」


 王は頭が痛かった。確かに言われてみればシュジーン・コーは背が低く顔も童顔で、少年と言われても納得する見た目をしている。全部丸く収まったと思っていたのに、もしかしたら今度はシュジーン・コーが危ないかもしれなくなってしまった。いや、ショタコンならむしろ彼に優しくしてくれるだろうか。アルバートもアリーザ嬢も乗り気のようだし、ここは会議で決まったことを息子にも伝えておくべきだろう。


「アルバートよ、お主が如何に本気かはよく伝わった」

「父上………!」

「しかしだ、お前を廃嫡することはあってもアリーザ嬢を王太子妃にするという決定は変えぬ!」

「何故ですか!? 何故私は大丈夫でアリーザは駄目なのですか! 元はと言えば私が悪いのです。彼女が駄目だと言うのなら私も―――」

「待て、待つのだアルバートよ」


 ヒートアップしてきたアルバートを片手で制すと、彼が渡してきたリストを手に取る。そしてそのリストの『シュジーン・コー』のページを開くと、そのページを指差した。


「これは表向きには非公式の決定であるからあまり話したくは無かったのだが、まずアルバート、お前は将来的に廃嫡して件の娘との結婚を許すことになっている」

「………え、え? 非公式の決定って何―――」

「そしてアリーザ嬢であるが、彼女は時期王太子妃に据えたまま、時期王太子には『シュジーン・コー』を据えることにした。丁度今日から王太子教育が始まっている」

「アリーザの婚約者にシュジーン・コーが………!」

「つまり、お主らの願いはどちらも叶うという事だ。偶然とはいえ、これで良いのではないかな?」


 アルバートが此方を見つめる目が、心なしかキラキラと輝いて見える。アルバートも今はこんなんだが、上の兄と違ってかなり優秀であるし、今回もどうにか筋を通そうとしたりと悪い男ではないのだ。出来ることならばアルバートとアリーザの二人が治める未来のこの国の姿も見てみたかったが、それが彼らの幸せの邪魔となるのなら仕方の無いことだ。


「アリーザ! 居るんだろう? 父上に礼を言わなければ!」

「えっ?」


――――シュルルル………スタッ


 なんて感傷に浸っていたら、天井からアリーザ嬢がピアノ線を伝って降ってきた。彼女は国王直属の影さながらの動きで降り立つと、優雅にカーテシーをした。予想外の出来事に王の口は空いたまま塞がらない。

 いつから天井に居たのか。どうして天井に居たのか。そもそもこの部屋は基本的に王とその使用人以外は立ち入り禁止なのにどうやって入ってきたのか。王にはまったく見当がつかなかった。


「え、アリーザ嬢? なんで?」

「わたくしとアルバートの望みを叶えて下さり感謝致します陛下。もし陛下がここでアルバートの願いを撥ね付けていたら、陛下には数日ほど行方不明になって頂く所でした」

「こわい! というかそれは国家反逆罪にもなりかねないよ!? 君そんな子だったの!?」

「はい、わたくし今まで理想のお嬢様を演じてましたの。でも今はこの気持ちの昂りを抑えることはできませんわ。なんだって、陛下のお陰で金髪色白合法ショタと結婚できるのですもの! ああ、結婚したら●●●(ピー)したり●●●(ピー)するのもヤりたい放題ですわ!」

「ひ、ひぇぇぇ……」


 完全にドン引きだった。

 全てにおいて完璧な、理想のお嬢様だったと思っていた少女が超弩級のショタコンのヤバい変態だったのだ。今この瞬間でさえ、未来の自分を想像したのか目の前でアリーザ嬢はだらしなく涎をたらして「ふひっ、ふひひっ」などという気味の悪い笑い声を漏らしている。


「ほら、アリーザ、妄想に浸るのもいいけど現実に戻っておいで」

「ふひ、ひひ………はっ! ジュル………まあ、わたくしったらこんなはしたない、申し訳ありませんわ陛下。お見苦しいものをお見せしてしまいました」

「あー、うん………そうだね。許す、よ?」


 アルバートが懐から出して渡したハンカチで、口元をぬぐったアリーザ嬢。満面の笑みを浮かべた二人は仲良く「フフフフ」と笑いながら並ぶと王に向き直る。

 アルバートは片膝をつき、アリーザはドレスのスカートの裾を指先で持ち上げつつ深く頭を垂れた。


「「陛下。此度の事、深く感謝いたします!」」

「なんか、こう、なんというか………オメデトウ」


 後に王は、「この時ほど問題を先伸ばしにしなくて本当によかったと思ったことは無い」と友人に漏らしたと言う。














「はふはふはふ………んん~! うまい! やっぱりクレアのロールキャベツは最高だなぁ!」

「うふふ♪ おかわりまだまだ沢山あるからね」

「まだ五個は行けるっ!」

「もう、アルったら食べ過ぎよ」


 アルバートあらためアルディーノの身体の芯から指先までトマトソースと肉の旨味が染み渡る。クレアの得意料理であるトマトソースのロールキャベツは、仕事で疲れたアルディーノの全身を癒し尽くした。

 アルディーノはふと思った。妻のクレアはもしかして聖女か何かではないのかと。可愛くて、働き者で、料理上手で、しかも優しくて。


「ふぅー………僕は幸せ者だなぁ」


 しかし、そう呟いた彼は思い出した。

 疲れてるのは自分だけでは無い。クレアだって疲れているのに、夕食も彼女一人に任せてしまって良かったのかと。夕食前、自分も一緒に作ると彼はクレアに申し出たが、彼女に断られてしまったのだ。

 確かに今日の夕食は彼女の得意料理であるロールキャベツだったが、それ以外の付け合わせを作るなら得意料理の邪魔をせずに手伝えたはず。自分はそんなに頼りにならないのだろうか。もしも彼女の足手まといになってしまっているのだとしたら、それはとても辛いことだ。


「どうしたの? 変な顔してるわよ。せっかくの綺麗な顔が台無しだわ」

「え、ああ……僕ってクレアの力になれてるのかなって思って」


 手料理を食べるアルディーノを嬉しそうに眺めていたクレアが手を伸ばして彼の頬を撫でた。なんだか気恥ずかしくなったアルディーノは、撫でられているのとは逆の頬を指先でかく。


「あはは、そんな事考えてたの? アルにはいっつも助けられてるわ。それにアルと出会ってから毎日がこんなに楽しいんだもの。私ほどの幸せ者なんて世界中探したって滅多にいないわ」

「クレア………」


 思わずアルディーノは目の前の彼女をうっとりとした表情で見つめた。その瞬間―――


「………あ、あれ?」


 ぐらりと彼の視界が揺れる。

 指先に上手く力が入らなくなり、身体の奥が熱くなるのを感じる。カッと顔が熱くなるのも感じる。身体を支えられなくなり、思わず片手をテーブルについた。


「ねぇ………アル?」

「く、くれあ………?」


 クレアの顔を見る。この世の誰よりも愛しく大切な妻の顔が見える。しかし何故だかいつもよりも、彼女がとても色っぽく見えた。

 なんだろうかこれは。それにこの感覚は、知っている気がする。


「やっと効いてきたのね。ちょっと不安になっちゃった」

「くれあ………なにしたの?」

「ちょっと、()()()()媚薬をお義父様に分けていただいて料理に混ぜさせて貰ったの。ねぇアル、いま私のこと見て、どんな気分になった?」


 悪戯っぽく彼女が笑いかけてくる。心臓がどくりと跳ねた。思わず飲み込んだ唾で喉がごくりと鳴る。

 全身から力が抜けて椅子から落ちそうになり、いつの間にか椅子からたっていたクレアに抱き抱えられた。一見線の細くひ弱そうな女性なのに、布越しに感じるしなやかで力強い筋肉に安心感を覚える。


 そしてふとおかしな事に気が付いた。「そういえば、お義父さんとお義母さんは昼間に出掛けていったきり帰ってきていない。そろそろ帰ってきてもいい時間なのに」と。それに、いつものように明日の営業に足りないものを買いに行こうとしたら、珍しくクレアに止められてしまっていた。


 つまり、そういう事なのか。


「くすりにたよるなんて、ずるいよ、くれあ」

「だって、貴方最近仕事仕事って頑張ってばっかりで、疲れてすぐに寝ちゃうんだもの」

「きみのために、がんばってたつもりだったんだけど、なぁ。ごめん、ね」

「良いの、まだ夫婦になってから二ヶ月しかたってないんだから。これからお互いの事をもっとわかっていけばいいのよ」

「はは、かなわないなぁ」


 ぐつぐつと煮えたぎるような熱が下腹に集中しはじめる。全身から抜けていた力が、今度は凝縮された濃厚なエネルギーとなって身体を駆け巡る。前に盛られた時も思ったが、アリーザのやつはこんなとんでもない物をどこから仕入れて来ているんだろうか。それとも、アリーザではなくて、父上の言っていた非公式の組織の仕業なのか。


「ね、今から頑張れる、でしょ?」

「ッ! くっ………クレアぁぁぁぁぁぁぁ!」

「きゃあっ♡」


 そして、理性を失った僕はクレアを床に押し倒した。

 どうなったかは、言うまでも無いだろう。
















「いやぁ馬殿、おめでとうございます! 初孫はどうでしたかな?」

「へえ、男の子ですか? それとも女の子?」

「鷲殿の方も遂におめでただそうで、目出度い限りですなぁ」


「ふふふ、いいじゃろ? いいじゃろ? 羨ましいじゃろう?!」


 月に二回のハッピーエンド推進委員会定例会議。その席で議長の馬は終始上機嫌だった。

 それもそのはず、王族からは外れたものの、息子であるアルディーノとその妻クレアの間にめでたく第一子が誕生したのである。更に国王になった義理の息子、シュジーン・コーとアリーザの間にも待望の子が出来たということで、男の子か女の子かはわからないがこれで将来も安泰だろうと馬は大満足だった。


「ふふふ……アルバートの方は可愛い女の子じゃった。アルバートにそっくりな瞳で………将来はクレアのような美しい女性に育つ事じゃろう。アリーザとシュジーンの方も今のところ母子共に健康で安心じゃ」


「いいなぁ。俺の息子は25になるくせにまだ婚約者さえいないからなぁ。羨ましい限りだ」


 マグロも口ではそう言ったものの、満足そうにうんうんと頷いた。シュジン・コーが王太子に任命されたことにより、ハッピーエンド推進委員会の鷲の席は空席になってしまったが、騎士団で彼が実の息子のように可愛がってきたシュジーンに子供が出来た事はとても喜ばしいことだった。


「しっかし例の媚薬は本当によく効くなぁ。アルディーノ君もあれのおかげもあって、クレアちゃんとまたお互い分かり合えたんだろ? 家族のためって仕事熱心になるのは良いが、それで家族との時間を取れなくなっちゃあ本末転倒だもんなぁ」

「マグロさん、それ結構な人数に刺さりますよ」

「俺は家族との時間を取れてるから良いんだよ。それよりアレだよ。例の媚薬、確かアンタが仕入れてきたんだよなぁウサギさんよぉ」

「ええ、(わたくし)が仕入れて参りました。勿論、裏のものではなく安全な正規品ですよ。少々値は張りましたがね」


 ウサギの被り物の男はそう言うと椅子の下から厳重に鍵のかけられたケースを取り出した。彼がそのケースを開くと、中には濃いピンク色の液体が詰まった瓶が一つ、大切そうに綿に包まれて入っている。


「ですが、一滴でもかなりの効果が出てしまって、結局使わずに残ってしまった分の処分に困っているのですよ。どなたか欲しい方はいらっしゃいますか? 使用期限などは無いそうなのですが、今ならタダでお譲りしますよ」


「え、それは………」

「俺も妻ももうそんな歳じゃないしなぁ」

「そもそも相手がいないんだが」

「えっ、オニオオハシさん今年で28では……」

「言わないでくださいタヌキさん」


 使う理由のある人間がいない上に、場合によっては危険物にもなりうるこの薬。欲しがる人は居なかっ―――


「ではわたくしに下さらない?」


 居た。


「新・鷲さん………まさか」


「うふふ。この子が産まれても、あと四人くらいなら行けるような気がして。ダメかしら?」


「えっ、でも、貴女は……」


 名乗りをあげたのは、今しがた扉を開けて部屋に入ってきた若い女性。新たにハッピーエンド推進委員会の会員となり、今日から鷲の席になるその人である。

 商人の勘から彼女の正体にいち早く気付いたウサギは、思わずサッと視線を馬に向けた。馬はすぐにそれに気付き、ゆっくりと頷く。


「鷲よ」


「なんでしょうか、馬様」


「その子が産まれた後、そなたの身体に問題がなく体力に余裕が出来たなら、許そう。それまではワシが預かっておく。それで良いかな?」


「ぐふっ、ぐふふふっ、ジュル………感謝致します馬様♪」


 ウロナ王国。表向きの支配者はウロナ王家である。世襲制でありながら、この国の王家は長きに渡って良政を貫いてきた。普通ならば少なくとも一人や二人は悪政を働くものが現れそうなものだが、この国ではそのような事が起きた記録は一つもない。何故ならば、国の頂点である王だけでなく、国の全てを監視し悪を取り締まる裏の組織が存在しているからだ。


 その名もハッピーエンド推進委員会。悪を滅し、全国民にハッピーエンドをもたらすべく暗躍する巨大組織であり、シュジーン国王とアリーザ王妃の間に五人もの子が産まれる原因になった恐ろしい組織である。




【アルディーノ】

 元ウロナ王国の第二王子アルバート。今は平民でただのアルディーノ。クレアのパン屋で仕入れ販売を主に担当している。王太子としてなまじ優秀だった為に仕入れでの交渉はお手のもの。現在はクレアと彼女の両親に教えてもらう形でパン作りにも励んでいる。


【クレア】

 お忍び中のアルバートを見事落としたパン屋の娘。結婚直前までアルディーノが王子だと知らなかった。美人で性格も良く、ご近所さんやお客さんからの評判もいい。結婚してからアルディーノが仕事に一生懸命になるあまり、二人の時間があまり持てなくなった事に不満を抱いていた。馬(被り物)の力を借りて色々大変な事になったが、三代目が出来て満足。


【馬(元国王)】

 あれから色々あってシュジーン・コーに王座を譲った。アリーザがショタコンだったのはショックだったが、相手が合法なら良し。余生をハッピーエンド推進委員会の活動に費やすことになる。ちなみにハッピーエンド推進委員会の幹部たちの被り物は、全てウロナ王国にて『神獣』と呼ばれている生き物をモチーフにしている。


【ウサギ(被り物)】

 ウロナ王国最大の商会の会長。例の媚薬を外国から仕入れてきたヤベーやつ。ハッピーエンド推進委員会の頭脳だが、実は剣の腕前も中々のものであり、度々マグロ(騎士団長)の練習相手に呼び出されている。妻子持ち。


【オオオニハシ(被り物)】

 28歳、おひとりさま、男性。女性経験一切無し。正体はウロナ王国最強の冒険者。冒険者仲間が次々と結婚していくのに自分だけが取り残され、諦めモードに入っている。実は彼を狙っている女性は大勢いるのだが、彼女たちが互いに牽制しあっているせいで全く進展しない。


【タヌキ(被り物)】

 ウロナ王国で人気急上昇中の洋服店の店長を勤める女性。21歳。実はある国の公爵家の令嬢だったが、婚約者に婚約破棄されたりと色々と酷い目にあってウロナ王国に逃げてきた。亡命中に野党に襲われたところをオオオニハシ(被り物)に助けられ、彼に一目惚れしている。あの後こっそり例の媚薬を分けてもらった。



最後まで読んで頂きありがとうございます。

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