08:転覆・衝突・決壊
ここまで来ていただきありがとうございます。
みなさん、今日も1日お疲れ様でした。
「皆のもの、よく集まってくれた。今回の依頼はとても重要なものになってくる。反社会勢力からの襲撃も予想されるだろう。ぜひとも心して各々の役割にかかってくれ」
偉そうな輩が土台の上に立ってメガホンでそう言っていた。
汚れることを想定せずに作られた白色の服。金色のひもで作られた意匠が目にちらつく。ボトムもまた白い。まるで、イギリスの王室近衛兵の制服のようないでたち。
「今回現場の指揮を執っている九条明だ。今回はわれわれ公務衛兵のほかに警察、自衛隊に協力を仰いでいる。その他のものもいるが、まあどうでもいい。ともかく皆のもの、自分の役割をしっかりとこなしてほしい」
公務衛兵。
自警団に所属するものたちが逮捕権を持つ探偵だとすれば、彼らは正真正銘の警察だ。
自警団は基本自分の正義で動くが、公務衛兵は国の正義で動く。故に大きな後ろ盾を振りかざすあまり、プライドが無駄に高い。
さらには、自警団に所属する独自衛兵と仲が悪く、隠そうとしないものは会話の節々にその嫌悪感が見え隠れしてくる。まさしく今回のように。
その証拠に、こちらを見ては卑下した笑みを浮かべてくる。
「クソ主様」
「どうした。さすがにあいつを謀殺するのはナシだぞ。俺も我慢している」
「このクズは何を言っているんですか。そうではないです。あそこに見える少女が見えますか」
人目につかないように指をさす双葉。
その向けられた先に視線を負わせると、黄金崎の後ろにたたずむ二十歳後半くらいの女性がいた。
黒服に身を纏い、そのいでたちはまさしくシークレットサービスのようなものだった。
「あれがどうした」
「あの女性はマギナです」
その言葉に眉を寄せる。
どうしてあんなおいぼれ爺がマギナなんて所有しているのか。たしかに生産しようと思えばこれを作ることは出来るだろう。だが、それでも多大な生産コストがかかるのは必然だ。
いくらマギナの権威だとしても、簡単にそばにはべらすことは出来ない。
「というか、なんでわかるんだ」
「同族だからという感じでしょうか。とにかく感知できるんです」
さっきもデザートイーグルにうっとりしていたが、やはりマギナならではの感覚があるのだろうか。
「ともかく少し嫌な予感がしてきました。議会が一枚かんでそうです」
「そうだな。楽なまま終わればいいが」
そんな思惑を立てていると、車に乗り込むように指示をされる。
もちろん、クソファッキン近衛兵から嫌われている自警団の面々は最後尾。もう必要ないんじゃないかって思うくらいの位置だ。
「ねみぃ」
始めは雑踏の中で車に乗り込みとなりのやつと喋ったりしていたが、何も起きず暇になってくる。話すこともなくなり各々何かをやり始めた。
メンテナンス。読書。仮眠をとるものまでいる。
そんなことをしている間にも、俺たちを乗せた車の大群は首都高を進んでいく。
昔は一本で繋がっていたらしいが、パラズメアのせいで通行止めの場所があるらしい。そこは下に降りて進んでいく。
「……ふふ」
双葉も暇になったのか、先ほどもらったデザートイーグルをまた眺めていた。
うっとりとしたその目つきに少しの恐怖を抱く。やっぱり、武器という同種故の行動なのかもしれない。
こんな時でも、そんな思考が頭に浮かび始める。それほどに暇だったのだ。
やばい、眠たくなってきた。少しずつまぶたが下りてくる。このままでは上まぶたとしたまぶたが熱い抱擁を交わしてしまう。それは駄目だ、と必死こいて目を見開く。
だが、生理現象に理性が敵うわけなかった。ああ、もうダ――。
バゴォン。
急激に覚醒する。意識外からの攻撃。それが身体に作用し、アドレナリンを多く分泌し始める。交感神経が活性化し始めた。
すぅっと世界が広がっていく感覚に襲われる。先ほどまで感じていた眠気がどこかに吹き飛んでいった。
「な、なにがッ」
となりに座っていた男が状況の確認をしようと車窓から前を確認しようとしたとき、身体が外に引っ張られるような強い遠心力に襲われた。
「ッッ!」
車が急停止し、身体は前のめりに突っ込む。シートベルトが胸や首に引っかかり、筋肉に食い込んできた。
苦しい。
頭に血が上っている感覚がする。それから解放されようとシートベルトを外すと、頭のほうに身体が落ちていった。
「いた」
姿勢を正し周りを確認すると、天井に地面があった。どうやら転覆してしまったらしい。
這い出るように車内から出る。ざらっとした感触が頬を撫でる。熱もほとんどなく冷たい。
砂利を払いつつ、視線を前に向けた。
「なんだこれは。事故か」
視界に映ったのは阿鼻叫喚の光景だった。
車の転覆・衝突・決壊が、怒ったことの悲惨さを物語っていた。
漏れ出すガソリン臭。
黒い煙を上げる炎の熱。
そして――。
「ァア」
ゾンビのように呻く人の声。急襲してきたその残酷さが、思考停止に追い込んでいく。
考えるのをやめたい。自分では対処できない現実に、そう思うようになっていった。
ガァン。
後ろから聞こえてきた音に身体が震える。恥ずかしいことにビクッとなってしまう。
だが、そのあとに聞こえてきた声に安堵することになった。
「いったい何が起こったのですか」
双葉の声が聞こえてくる。
のしり、と車の影から立ち上がるようにシルエットが見えてくる。車の後部座席から後ろの扉を蹴り飛ばして出てきたのだ。
自分一人ではない、という状況が止まりかけていた思考を動かし始める。
「あっクソ主様。無事だったんですね」
「ああ、お前もな」
互いの身体を目視で確認しあう。それから、武器などの持ち物もしっかりと携帯しているかを確かめた。
グロックはよし。予備のマガジンは――クソ、一本どこかに落としてやがる。
「ああ!」
持ち物があるかを確かめているとき、となりから大きな声が鳴り響いた。目を向けると、この世の終わりのような顔をした双葉が地面に手をついていた。
「おい、どうした。まさか、またポルクスを失くしたとかいうんじゃないだろうな」
そう言いながらも、双葉の周りに視線を這わせていく。
すると、そこに二振りのナイフ型ナックルダスターが見えた。ということは、自分の得物を落としたわけではない。
なら、こいつはなにに対してこんな大きな声を漏らしているんだろうか。
「何がどうしたんだ」
「くしょ主様。私ぃのでじゃーといーぐゅるが」
「デザートイーグルがどうした?」
「ないんですぅ~」
なんだ、そんなことか。滅多なことがない限り泣くようなことがない双葉が、目尻に涙をためていたので何事かと思った。
ほんとによかったよ、そのくらいのことで。
「そのくらいとはなんですか。これだからクズ主様は……ッ」
くちびるをツンと突き上げてこちらを睨みつけてくる双葉。
それほどに悔しいことだったのだろうか。
「とにかく今は現状の把握だ。ひとまずは前にいくぞ」
「……はい」
いまの双葉はとてもおとなしい。
挙句の果てに、こちらのいうことも聞いてくれる子になっていた。いつもこんな調子なら楽なのに。はぁ。
そんなことを思って首都高の上を歩く。前に行くにつれて車の形状がひどくなっていった。
はじめは横転したりするくらいだったが、潰れたり燃えたりしている状態のものが多くなり、後半は爆発しているものもあった。
「切り替えろ、双葉。何かやばそうだぞ」
「ええ、そうですね。たしかに嫌な気配を感じます」
そのまま歩みを止めずに進んでいくと、まばらに鳴り響く銃声が聞こえてきた。急いで走り、そこへ向かっていく。
黒煙の中に入り飛び出す。少し開けた場所に出た。
「っ」
凶弾により地に伏せる同業者の姿が目に焼き付けられる。
踏ん張る力を失ったように、くるくると駒のように回る男。それを受け止める。
「だ、大丈夫か」
「に、逃げろ。あいつらにはかなわな……い」
目の前で事切れる。その無常さが悔しくて目をつぶった。
「クソ主様」
「分かっている」
その男の亡骸をやさしく横たえる。腰に携帯していたグロッグを抜き放ち、銃口を視線の先に向ける。
そこには、ゆっくりとこちらに近づいてくる三人の影があった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
竜頭蛇尾ってとても難しいですね。
次回は、明日の朝に更新の予定です。誰かひとりでもたのしみにいていただけると嬉しいな。
――埋木埋火
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