03:女の子は空から降ってくる
ここまで来ていただきありがとうございます。
今日も1日元気に頑張っていきましょう。
「大丈夫かっ」
「ああ。なにがあっ――た」
刑事に声をかけると掠れ掠れだが返事が聞こえる。身体を確認してみてもケガした様子はない。
彼がゆっくりと身体を起こし前を見た瞬間、その開いていた口が噤まれる。
「なんだ、これは」
無残に転がる人だったものたち。その身体からは魂が抜け、肉体だけの骸へと成り下がっている。
防弾チョッキなど意味はなく、蜂の巣のように穴だらけになったライオット・シールド。それらが、先ほどの攻撃の強烈さを示唆していた。
「パラズメア」
愕然と目の前の光景を眺める刑事にそうつぶやく。現実を突きつけるかのように諭す。
「聞いたことはあるな」
「っ、ああ」
「感染者はtier3までなら人間扱いされる。人権も適応されるし保険も降りる。だけど、tier4からは違う。奴らは人間じゃなくなる。一種の怪物と化し、宗教的には悪魔に魂を売った人ならざる者といわれる。それが――」
「パラズメアということか」
その言葉に頷く。
人類の敵。繁栄と衰退の象徴とまで言われた本物の悪魔。第四状態であるプラズマに寄生する闇。
ナイトメアって言っているくらいなら、いつかこの夢から醒めるのだろうかって話だ。
「ほんと、笑えない冗談だ」
嘆息した。
視線の先にいるのは興奮状態にあるであろう熊型のパラズメア。歯ぎしりをしながら息を荒げ、隙間からは生温かそうな水蒸気が見える。全身の体毛も、静電気のせいなのか逆立っていた。
「まったく、熊は蜂蜜でも舐めておとなしくしてほしいな」
異形の存在を前にして感じる恐怖を、冗談で誤魔化そうとする。でも効果はあまりない。
「お、おい。どうにかできるのか」
「できるよ」
いつもなら、と心の中で付け足す。
残念ながら、いまの状況はルーチンワークのようにこなしていたいままでと条件が違う。あるものないものが多すぎた。
「とりあえず武器が着くまで時間を稼ぐよ」
「ほんとに大丈夫なのか」
心配そうに刑事がこちらを見てくる。
その返しとして、いまにも襲いかかってきそうなパラズメアに対して、腰に供えられたホルスターから銃を抜き発砲する。
「おい、銃は――ッ」
そう言いかけた途端、刑事は目の前に訪れた結果に口を閉じることになった。
パラズメアは、先ほどと同じように弾き返そうと体をかがめた。だが、銃弾がその強固な腕に当たった瞬間、爆発した。はじけ飛ぶように奴の腕にこぶし大の穴ができる。
「そ、それはカーネルか」
「正解だ。さすがにそのくらいは知ってるか」
「おちょくるな。そのくらいの学はある。たしかパラズメア駆除に特化した銃弾で、やつらに触れると爆発のようなものを起こして身体を削ると訊いた。だが、それ以上は知らん」
「大丈夫だ。俺もそのくらいしか知らない」
そう答えながら、体勢を持ち直したパラズメアにすかさず二発目をぶち込んでいく。今回は脳天に直撃。奴が後ろにノックバックするのように下がる。
さっきので頭が吹き飛んでくれれば楽だったんだが、現実はそう甘くなかった。
「効いているが、効いてないじゃないか」
日本語としておかしなことを言われる、仕方がなかった。
「さっきも言っただろ。武器が来るまで時間を稼ぐしかないって。俺も死にたくないしな」
「じゃあ、その武器はいつ来るんだ!」
「……さあ」
正直に返した。ほんとに分からないのだ。
一分一秒を記録しているストーカー野郎でない限り分かるはずはなかった。
「どうするんだよ」
「だから、こうして時間を――」
口喧嘩に興じていると、パラズメアは抱きつくようにこちらに襲いかかってきた。刑事を抱えてそれを回避する。
後ろからは、ぐしゃっという声が握りつぶすかのような声が聞こえた。見てみると、やつはパトカーとの熱い抱擁を交わしている。
「さすがに可愛い女の子じゃないとお断りだ」
「そんなこと言っている場合か」
まるで、トラックとトラックの間に挟まれ押しつぶされる乗用車のようにくの字に折れ曲がる。
メシメシという軋みがやつの膂力の巨大さを表していた。
「こんな場所でこんなやつに当たるなんて運がないな」
「俺のほうがないわ!」
取り敢えず一発を下半身、もう一発を側頭葉に当ててダウンさせる。
カーネルの持ち込みだって限度がある。こんなこと続けていたらじり貧になるだろう。
そんな考えが焦りを浮かばしてくる。
突進を躱し、カーネルを打ち込む。その繰り返し。
パラズメアの知能が低くて助かったが、もし頭の良い個体に当たっていた場合はやばかっただろう。
そんな思いに駆られながら必死に時間を稼ぐ。
「おい、あと一マガジンしかない」
「なんだと」
気づいたら、カーネルの残りもあと少しになっていた。このままではやられてしまう。どうにかせねば、と思考を巡らしているとあることに気が付いた。
「……住民の避難は」
「ぇ」
「早く!」
「お、終わってるよ。とっくの前に」
その言葉を聞いた瞬間、四肢と頭にカーネルを打ち込む。一気に五発も使う行為に刑事は顔面蒼白だったが、それを気にせずに指を上に差して口を開く。
「ほら、空を見ろ」
「空?」
空を仰ぐ。ちょうどお昼時。南中高度五十五度。太陽はさんさんと煌き、日に日に明るく熱くなっていっている。
そんな陽の光を遮るように、一つの影が舞い降りた。
ばさばさと天使のはばたきみたいに、纏っている衣服を翻しながらそいつは落ちてくる。腰から鈍く輝く得物を彼女は抜き放ち、スタンしているパラズメアの脳天に突き刺した。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
ようやくヒロインちゃんの登場です。
女の子は空から降らせないと。
次回は、お昼頃に更新の予定です。楽しみにしていただけると幸いです。
――埋木埋火
評価やブックマーク・感想などを待っています。よろしければしていってください。