01:ほんと笑えない
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『近づかないでください。んぅぅ、危ないですから離れてくださいぃ!』
現場に駆け付けたときには、スクープを一目収めようと身の程しらずの報道陣が小競り合いをしている最中だった。
我先にカメラに撮ろうとするその姿は、まるでプレデター。
警察が必死に事件の危険性を伝えようとするが、彼らには糠に釘だろう。
そう考えながら、一番前に歩いていく。
「きみ、は」
「自警団から来た織井永一郎だ。通してもらうよ」
「えっ、ちょっと」
自分の所属を大まかに名乗り、規制線として張られているバリケードテープを越え中に入っていく。
少し先に歩いていくと、コンビニを取り囲むようにパトカーが止められていた。
さらには、立てこもっているものがいつ暴れだしてもいいように機動隊がシールドを掲げて並んでいる。
「自警団のものだ。現状は?」
その中で一番偉そうなやつに声をかける。
シャツにネクタイ。頭は上まで刈り上げ、前髪は少し長いくらいに残っていた。
イケメンというより、少し落ち着いた渋めのハンサムという感じがする清潔感溢れる男だ。
だが、武装した様子はあまりない。命知らずな感じもするそのいでたちに多少の懸念点は覚える。
「おお、自警団か。所属は」
少し驚いた様子で振り返ってくる。
その所作を見る限り、責任者のようなポジションで間違いはないようだ。
「……悪童の宿り木」
「ハァ、よりによってあそこかよ」
「評判の悪いところの所属で悪かったな」
こんな反応をされるからわざわざ初めに名乗らなかったのだ。なのに、こいつのせいで台無しになってしまった。
「お前たちには苦労してんだ、こっちも」
「はいはい、悪うござんした。で、状況は」
適当にぶらぶらと手を振ったあと、切り替えるように質問を飛ばす。彼も先ほどのおチャラけた雰囲気とは打って変わり、眉を寄せる。
どうやら、オンオフの切り替えがしっかりできるとっつきやすいタイプのようだ。
「感染者は目の前のコンビニに立てこもり中。はじめは中で暴れる物音が響いていたが、いまはおとなしくなっている。多少、音は聞こえるがな。で、人質だが…………ナシだと思われる」
「思われる?」
その煮え切らない回答に思わず突っかかってしまった。
だが、人質がいるかいないかは重要なところだ。取れる行動が変わってくる。
「感染者は二人ほど連れて中に入っていったとの目撃情報があるが、その連れていかれた人の身体はひどく傷ついてたそうだ。腕がなかったりといった感じでな。だから、もう死んでいるか――」
「すでに寄生されているか、って感じか」
寄生。まったく笑えない話だ。半世紀前にそんな感じのゲームがあったらしい。
なんでも、人間を化け物に変えるウィルスが地球上でパンデミックを起こす物語なのだとか。
その夢物語ではウィルスだからどうにかなるらしいが、現実じゃ寄生虫だ。対処法なんて限られている。
「ほんと笑えない」
「ん? なにか言ったか」
「いや、なんでもない」
現場を見る。肉塊のようなのもが蠢いているのが分かった。
ぱんぱん、ぐじゅぐじゅ、と肉体を擦り付けるような音が鳴り響く。
あれが今回の駆除対象で間違いはないだろう。
「で、どうするんだ自警団さんよ」
煽るように刑事が問いかけてくる。その声に協力しようという気は微塵も起こらなかった。
たとえ世界が変わろうとも、派閥間の不仲ぶりは変わっていないようだ。
役割分担といえば聞こえはいいが、単純に面倒くさいことを放り投げたいだけだろう。
まったく、嫌になるね。
「戦いはもう終わった。終わったんだ、とでも言ってみるか」
「なにも終わっていない。俺にとって戦いは続いたままなんだ、と返しておこうか」
驚いた。とても驚いた。三四半世紀も前の映画になるのにこの刑事は知っているようだ。
この男の評価が『どうでもいい』から『死なせないようにしよう』に変わっていった。
俺もかなりのものだが、この男もとんだ懐古厨だ。
「実は、いまはすることがない」
「どういうことだ」
その言葉に頭をかしげる刑事。
たしかにそれだけ言われても分からないか。
「武器がないんだよ、武器が」
「武器って、そりゃあ腰に刺さっているものじゃないのか」
俺の腰にある銃を指差しながら、刑事がそんなことを言ってくる。
同業者じゃないからか、こちらの言葉がうまく伝わってくれない。
「そっちのほうじゃなくて、あいつを駆除するほうのやつ。殺虫スプレーがないんだよ」
「……ああ、そうなら初めからそう言えや。たしかに、にいちゃん一人で来たもんな。どうしてなんだ。一応、お前たちはバディでの行動が義務だとか聞いたことはあるが」
「恨むなら東京の分かりにくい交通事情を恨んでくれ」
三世紀もまたにかける東京の公共交通機関、山手線。やつにやられたのだ。
もみくちゃにされながらも電車を降りる。ようやく大地に降り立てたことに安堵し、後ろを振り返った。
そこには、ぷしゅーと閉まるドア。そして、ガラス越しにこちらを見てくるその琥珀の双眸。
「あっ」
そのまま走り去っていく電車。流れていく視線。
武器が置き去りにされた瞬間だった。
「たぶんすぐに来てくれると思う。一応、こっちの位置情報は伝わっているはずだし」
「歯切れが悪いな」
「あまり自信はないからな、あいつに対して」
そいつとバディを組んでからの日々を思い出す。頭を抱えたくなるほどにひどい光景しか浮かばない。
「とにかく、武器が来るまで――」
「ひ、人質が出て来たぞ」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
ようやく主人公の視点で話を進められるようになって安心しています。
――埋木埋火
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