01:そして豚は熊となった
久しぶりの方は、お久しぶりです。
はじめましての方は、お初にお目にかかります。
わたしはしがないアマチュア小説家の埋木埋火と申します。
一昔前は、鏡虚狼という名で活動しておりました。
今作は、わたしが四半期かけて作り上げたものになっています。
すでに、書きためのほうは完結しており、コンスタントに投稿できると思いますのでエタることはないと考えています。ご安心くださいませ。
わたしの痴書を皆様に読んでいただければ幸いです。
では始まります。
『傷の疼きを感じたことのないものだけが、他人の傷跡を見てあざ笑う』 ――ウィリアム・シェイクスピア
まさしく豚であった。
かつて日本文化の象徴とまで言われ、繁栄の一途をたどっていた秋葉原の街。
景観のバランスなど一切考えていないであろう無造作に立ち並んだビル。
その谷間に走るきれいに舗装されたアスファルト。
豚は二本の足でそこを闊歩する。息は荒く、額に汗が浮かぶその姿には、醜悪の文字がよく似合う。
和柄のモチーフを華やかに染めあげたアロハシャツのようなものを羽織り、内側には黒のTシャツを着こんでいた。
スキニージーンズでその悲しいまでの短足をごまかそうと奮闘する。
胸元には、黒一色の寂しさを埋めるように木彫りの羽をかたどったペンダントがぶら下がっており、西から吹く風に揺れている。
顔には黒縁のメガネ。少しごついが、いい感じに肉付きの良い顔と調和している。
髪の毛はしっかりとワックスでセットされ、美意識の高さも見て取れた。
しかし、哀しいかな。
そんなオシャレをしようとも、その毛根から腐ったかのような細く縮れた髪の毛は異臭を放ち、ぼってりと肥えた脂肪の塊は醜く震える。
首の境界線はどこか。足の境界線はどこか。
いくら探そうとも見つからない。
それらを抱いているオリエンタルなファッションたちは、まさに豚に真珠、馬の耳に念仏でしかなかった。
そんなことになっているとなど一寸も思っていないこやつは、ただただ秋葉原の街を練り歩く。
「ッ! どこ見て歩いてんだこのデブが」
豚、青年にぶつかる。だが、その歩み未だ止まらず。
「舐めてんのか、このキモオタがァ」
ぶつかったことなどなかったかのような態度をとられた青年。
そのことに憤りを感じたのか、はたまた一緒にいた女性にいいところを見せたいがためなのか、豚に突っかかる。
肩を掴み、自分に振り向くように引っ張った。
「ぶつかったのに、すいませんの一言もいえねえのか?」
沸点が低く、知能指数も低そうな声が秋葉原の街に響く。
男にしては長めの脱色した金髪。
耳にはシルバーのピアス。
ここ最近の流行であるルーズな白シャツに黒のジーンズ。
ファッションのトレンドを押さえて着る人がそれらを纏えば、とてつもなくクールな見た目だっただろう。
だが、馬子にも衣装というが、このチンパンジーにとっては無駄な努力だった。
黒のマスク。かっこいいと思って付けているのであろうが、不相応さにさらなる磨きをかける。
自分の顔に対しての自信の無さが見え隠れしていた。
身体の線も細く、ただ本当に女性にいい所見せたいがためにイキっているようにしか見えない。
そんな若気の至りのようなファッションに身を包んだ彼は、豚に対して罵詈雑言を投げる。だが、その声は豚には届いておらず理解もされていなかった。
そんなこと知る由がない青年は、ただただマスク越しにブサイクな言葉を吐き続ける。
こんな状況下の中でも、豚はぶつぶつと何かを呟くだけだった。
「……僕は特別なんだ。僕は数多の経験をしてきた。僕はいっぱい死んで、いっぱいいきかえってきたんだ。そうダ、ボクがスゴイン――ダ!」
瞬間、その空間から音が消えた。
わめく青年の声も、ブヒブヒ鳴く豚の声も無くなっていた。
あまつさえ、雑踏にまみれた秋葉原の街ですら刹那の静寂を保った。
――じゅぐり。
その静寂を破る音は不思議な音色だった。
スライムを握りつぶすような、ダイラタンシー現象を発生させるような、そんな感じの音。そう、それはまるで――。
「きゃあ――――――!」
シマウマがライオンに食いちぎられ、ただの肉塊に変わる音のようだった。
再び雑踏に包まれる秋葉原。
逃げ惑う人々。
腰が抜ける女性。
顔の右半分がなくなり、脳漿を爛れされ、残った左側の口と鼻から多量の血液を垂れ流す青年。
生命体だった骸は前のめりに倒れた。
「ボクハ、ボクガネッ」
わめきとともに、豚の身体は変異していく。
ブクブクと太った身体はさらに肥大し、醜い形へと変わっていった。
アンバランス。
右手だけが、太く筋肉質でおぞましい形相を保っていた。
へそを突き破って生えたもう一本の腕が、さらなる嫌悪感を発生させる。
豚だったものは、その生えたばかりの腕で腰を抜かしている女性の頬を撫でた。
「イチバン、ナン、ダッ」
やつはトマトをつぶすかのように女性を扱った。
スパゲッティに絡まるソースみたいに、じゅぐじゅぐとした体液があたり一面に転がる。
中身を失った女性の骸が地面に沈んだ。
「か、感染者だ……ッ」
誰かがそう叫んだ。その声を聞いて、豚たちの様子を眺めていた人々は正気に返る。
興味、冷やかし、面白がり。
そのすべてが一変する。
恐慌、危惧、焦燥。
自力での対処が難しいその脅威が、「死」という存在を人々にちらつかせる。
心拍数が増加し、顔面から血の気が引く。手足が震え、身体すら意図しない発汗が始まる。
「に、にげろ」
「どけよ!」
「早く行け……ッ」
逃避しようとする情動が皆に奔る。だが、予想以上の恐れに行動が麻痺する。
とにかく逃げる。
老人を押しのけ、子供を踏み潰し、自分だけでも助かろうとする根性が皆を駆る。
「ボ、ク、ハァァァァァアアアアアアアアアアア……」
阿鼻叫喚になった秋葉原に、豚だった化け物の嘶きが響き渡った。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
とてつもなくクソなものだったと思いますが、ここまで読んでくれたらうれしいです。
よく、前書きやあとがきは何を言えばいいだろうと思っております。
アドバイスなどがある方は感想などに伝えていただければ幸いです。
次回は、今日の昼にあげようと思っております。
次からは主人公の視点で進んでいくと思いますので、そこまで宜しくお願い致します。
――埋木埋火
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