睡症
本ページを開いて頂きありがとうございます。
小説と呼ぶには拙いものではありますが、
楽しんでいただければと思います。
その日、彼は仕事で疲れていた。
それでも、帰ってくるまでリビングで待っていた私の相手をしようと頑張って起きていた。
だから、私は言ったのだ。
「私の事はいいから、寝なさいな。」
それが、全てを変えてしまった。
※
朝はコーヒーを飲むに限る…のだが、昨日で遂に在庫が無くなってしまった。
仕方ない、紅茶で我慢しよう。
ひとまず、お湯を沸かさねば。
私はやかんに水を入れ、コンロの火を点けようとする。
しかし、何度やっても火は点かなかった。
「…ガスが遂に止まったか…」
私はがっかりしながら、今度はケトルに水を入れ、電源を入れた。ブーッという、重低音が鳴り始める。
「施設の太陽光発電は問題ないみたいだけど、ケトルは寿命近いのかねぇ…」
直に壊れそうなケトルを見ながら呟く。
お湯が沸く前に、カップを用意しようと思うや否や、机で充電していた携帯電話が振動し始めた。
画面には研究所の後輩の写真が写っている。彼女からの着信の様だ。
「あ、もしもし、先輩ですかー?」
威勢の良い声がスピーカー越しに聞こえる。
「後輩ちゃん、どうしたの?」
「いやぁ、今どの辺かなーと思いまして。」
私は近くの地図を広げた。
通ってきた場所には×マークが付いている。
「えーっと…N市かな。」
「ひぇっ、ずいぶん進みましたね…」
「まあね…糸口すら見つからないけど…」
そうですか…と後輩は残念そうな声を出す。
私だって同じ気持ちだ。出来る限り早く彼を目覚めさせたいし、犠牲者も増やしたくない。
「もうテレビでだいぶ話題になってますよー、『眠る列島』って。先輩見境無さすぎですよー。」
「だって同時に実験した方が早いじゃない。それで、彼の様子は?」
電話を肩と耳で挟みながら、紅茶を入れる準備をする。とは言っても、ティーパックをカップに入れるだけだが。
「ぐっすりですよ。まあ少なくとも、『ハイパースリープ』の中にいる間は大丈夫ですよ。管理も私がしてますし!先輩が作ったものなんですから、自信をもってくださいよ。」
「まあねぇ…でも心配なものはやっぱ心配なのよ。あ、お湯沸いた。」
パチン、という音を立て、ケトルは動作を停止する。
ケトルを手に取りカップにお湯を入れる。紅茶の入れ方など分からない私は、早く味がつくようにお湯の中でティーパックを振り回す。
「んじゃあ、この紅茶飲んだらまた実験始めるから、切るね。」
「はーい、頑張ってくださいねー。」
後輩からの電話が切られる、と同時に1枚の写真が送られてきた。
そこには大きな容器に仕舞われ眠る男性と、一緒に写ろうとして失敗し脳天と指先しか写っていない後輩の写真だった。
私はその写真を見てクスリと笑いながら、紅茶をすすった。
※
紅茶を飲み終わった私は、この家の外に停めてある大きな車に乗った。
その車の中にはベッドがあり、そこで寝ていた少年に目を向ける。
「…この町も、この子で最後か。」
私は安らかに眠っている少年を見て、そう呟いた。
脈拍や体温等の健康状態を確認する。
この様子では、もって明日までだろう。
「昨日投与した薬は効果なし…血液検査も相変わらず問題なし…はぁ…」
何も新しい情報がない。
ひとまず昨日作った薬を注射器にセットし、少年に射つ。
これで効果がなければ、また新たな町に行かねばならない。
注射をし終えたその時だった。
車の扉が大きな音を立てて開かれた。
扉の前には、バットを持った男が立っていた。
「…誰かしら。」
「あんたが…あんたがこの町を『眠らせた』のか…?」
「…」
「無言は肯定ってことでいいんだな…?」
それだけ言うと、男は手に持っていたバットを振りかざした。
しかし、それは振り下ろされることなく、手から滑り落ち、男は膝から崩れるようにその場に倒れた。
これが、私が自覚してしまった力なのだ。
他人を眠らせ、2度と起きれなくする力。
私が相手に『寝ろ』と念じるだけでこの力は発揮する。
距離に関係なく、その相手は眠るのだ。
眠った人は、起きることなく、しかし体内のエネルギーは消耗していき、いずれ餓死する。おぞましい力だ。
しかし、私はこの力の解除方法を知らない。
だから、眠らせた相手を起こすことが出来ないのだ。
例え相手が、私の恋人であっても。
「…新しい被験者が出来たな。」
この男で実験しながら、次の町に行くとしよう。
※
もうひとつ用意していた薬品を男に投与したのち、私は車を走らせた。日が完全に落ちた所で、路上に車を停める。今日はここまでにしよう。
車内灯を点け、食事を始める。民家から掻っ払って来たものだが、お金が無いので腹を括って食べている。今日はカレーだ。
既に冷めきっている。
「…あなたも、カレーが好きだったよね…」
そう呟くと、視界が滲んできた。いけない、これ以上考えるのはよそう。
私はお皿に乗っていたカレーを掻き込んだ。
一人で食べるご飯はやはり、あまり美味しくなかった。
静かな夜だ。街灯もついていないし、この町には人っ子一人いないため、建物も真っ暗だ。余りに光が少ないので、普段より星が多く見えた。
私はそんな夜空の写真を撮った。いつか、恋人と思い出話をするために。しかし、容量がもうないという警告が出てきた。ここまでに、思い出を撮りすぎた。明日は追加のメモリーを調達しよう。
私は携帯電話を耳に当てる。誰かに電話をしているわけではなかった。ただ、こうしていたら、恋人の声が聞こえてくるんじゃないかと思い、毎晩こうしている。
そして、何も聞こえず、私の晩はいつもこの一言で終わるのだ。
「おやすみなさい、あなた。」
閲覧していただきありがとうございました。
少しの暇潰しになれば幸いです。
今回は短く、要点だけ伝わればなと作りました。
お題は「眠り」です。
こういう死んだような街をのんびり過ごす話大好きなのでまたこんな感じの投稿するかもしれません。
そのときはまた来ていただけたらと思います。