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私の銭湯力は53万です

ストラーフの為に徹夜でこれを作りました


これは、私の銭湯流儀なのだが、掛け湯で汗を流すついでにすこし身体を温めた後、それからシャワーなどで丹念に身を清める。

これはいわば銭湯準備というやつで、この作法は割と一般的な銭湯スタイルなのだが、だからこそ玄人と素人の熟練具合が分かりやすい。同じ流派同士で日々切磋琢磨しあい銭湯力を高め合うのが熟練者の嗜みなのだが、中には全く異なるスタイルで銭湯に挑む者も存在する。


奴らは一本筋が通った強者どもが多い。たとえば直進蒸し風呂流。最低限の銭湯準備、あるいはそのままノンストップでサウナインするこの作法は、遣い手たちの間では毛孔を充分開ききってから滲み出た汚れを落とせるので銭湯準備で得る効果を数倍高めるのだと語られている。しかしその行動原理に学術的な根拠はない。ただ、銭湯準備にサウナを挟むことによって気持ちいつもよりスッキリした気分になれるのは確かだ。この他にも銭湯準備だけして帰る直帰流未入浴銭法などが挙げられるが邪法とされる汚染湯(おせんとう)スタイルを取る者も僅かに存在する。非常に許しがたい行為だ。我々は彼らを容赦しない。


最近は刺青の人も増えてきたが、彼らが汚染湯スタイルをとったわけでも無くだからなんだという話だが、銭湯の場というのも時代と共に移り変わるものだとすこし感じていたところだ。


ずばり、何が言いたいかというと、ここ数年で自分の銭湯力を高めてきた私の目には強者どもが纏うオーラを視認できるようになったのだが、その私の目で銭湯前に感じ取った尋常じゃない気配は、今日の銭湯は一筋縄ではいかない事を教えてくれたのだった。


私は銭湯に負けるかもしれない。バカな、何を弱気になっているんだ。つい昨日まで私の銭湯力を上回る好敵手の存在を心待ちにしていたんだぞ。いざ現実に現れれば尻尾巻いて逃げるなんて、そんなの情けなさすぎるだろう。大丈夫だ、ここ数ヶ月は毎日この銭湯で身体を磨いてきたじゃないか、私は負けない。絶対にだ。

不安をじっと堪えて衣服を脱ぎ去り洗浄へ向かう私。扉を開けた瞬間に湿気と強者特有の圧を感じ取った。さて、誰だ、この私を呼ぶのは。


銭湯力が拮抗した者は力と力で共鳴し合う。

居たな。なんだ、まだ小さな子供じゃないか。驚かせやがって。


私はその子供の隣の位置にあるシャワー台の風呂椅子に腰かけた。同時に流れるような動作で桶に水を張り銭湯準備を行う。近くで見ると分かる、恐るるに足らずと。

ふっ、やるじゃないか坊や。その年でそれ程の銭湯力を身につけているとは大したものだが、まだまだ荒削りだな。幼いなりに工夫してるみたいだが、年季が違う。どれ、この私が直々に手ほどきをしてやろう。


私は桶に張られた適度な温度に抑えられたお湯を被った。無駄に洗練された無駄のない手つきで頭から余す事無く全身にかけて、計算され尽くした湯量で無駄無く確実に身体を流す。それを今日はあえてダイナミックに。


私の身を清め終えた湯はタイルでバシャバシャと跳ね返り周囲の者に飛び散った。ピクリと隣の子が反応する。なに、これは挨拶代わりだ。


本来ならこの後、石鹸で身体を洗うところを敢えて無駄に湯をかぶる事で挑発する。この私の銭湯スタイルについてこれるかな、と。


果たして私の無言の挑戦状はうまく伝わらなかったのか、隣の子からは何のアプローチもされない。ふん、期待外れだったな、と多少気落ちはしたが何処か安堵もしつつ洗浄に赴くかとタオルに手をかけると、遂に返答がもたらされた。


「スンッ」

「ッ?!」


軽く鼻を鳴らした隣の子に対して私は思わずギョッとした。今のは汚染湯スタイル、鼻洗浄。この私の稚拙な嫌がらせに対して鼻で笑うついでにスッキリしたのはもちろんの事、スタイル名が示す通りお前とははなせませんじょーと会話する価値もない事を揶揄しているのか? このガキ、やはり並みの遣い手ではない!


そして、驚くべき事に、この子がこなした高度なテクニックは私以外の誰も気がついていない。 汚染湯スタイルは誰にも見咎められなければ最強の銭湯力を誇る。相手が私じゃなかったら今頃この銭湯はこの子供の支配下に落ちていたことだろう。やはりこの目に狂いはなかった!


こんな子供に舐められてたまるか!私は一番得意ないつもの銭湯スタイルで応戦した。

この場で初めて己を磨きだしてからどれほど時間が流れただろうか。どれだけ我が身はこの銭湯に溶け込んでこれたのだろうか。今となっては自分ですら分からない程に積み重ねられた経験が作り出した一連の動作は、洗浄を活かす為に自然と生まれた最適解。長らく銭湯に身を置いて来たものだけが手にする事ができる最強のオンリースタイル。


私は音も無く総ての銭湯準備を終えた。先程までの汚染湯スタイルとは違う、必要なもの以外を削ぎ落とした自分だけの銭湯方法で隣の子を置き去りにした私は、ひっそりと静かに湯船に入った。


私は無駄な銭湯力の損耗は避ける主義だ。故に湯の抵抗を受けずに最短で入る方法を模索して、ついた名前がスニーキングバスルーマー。振り返れば奴がいると噂され、もはや怪談扱いされるレベルにまで成長したその入浴方法は遺憾ながら汚染湯スタイルに分類されている。理由としてはお年寄りの近くでこれを行うと非常に危険性が高かったり、そうでない人からしても不気味だったりと色々あるだろうが、私がたどり着いた答えはそこにあったのだから仕方がない。

汚染湯スタイルは誰にも見咎められなければ汚行に当たらず。実は経験を積んで最強クラスの銭湯力を得たものが密かに汚染湯スタイルの遣い手だというのはよくある話さ。この世は、綺麗事だけじゃ生きてはいけないのさ……子供には少々、大人気ないやり方だったかな?ふふ、汚い大人でゴメンよ。


「そうやって相手が子供だと見くびる大人に限って直ぐに足元を掬われる。自らの経験は絶対だと過信するからそうなる」


「おわっ?!」


いつの間にか隣にいたあの子に驚いた私は、湯船で跳び上がり湧出する湯の流れに足下掬われた。この私の銭湯スタイル的に許せない程水を巻き散らしながら着水する私。

で、出た。スニーキングバスルーマーだ!この私に腰をつかせるとは、やるではないか。


「こ、小僧。一体、いつから湯船に浸かっていた?」


「えーと、おじさんがコソーッとお風呂に入ってきた時には」


「馬鹿な、この私の洗浄をかける速度を超えるなど、あり得ない! まさか貴様、汚染湯スタイルの一つ、洗忌ま宣を使ったのか?!」


「まさか、子供は洗う面積が少ないから直ぐに終わって便利だと思わない?」


「嘘だ!こんなシャンプーハットも脱げないようなお子様に私が負けるなど、あってたまるものか!」


「往生際が悪いなぁ。まぁ奇しくも同じような銭湯スタイルにたどり着いたものどうしだ。こんなので決着がついちゃうなんてボクとして物足りない。ここは一つ、もう一度互いに矛を交えてみない?」


「……いいだろう。認めてる、お前の銭湯力を。お前は強い、そのお前を相手に途中から参洗したのだ。ならば実力が拮抗したものどうし、アドバンテージを最初から奪われていては勝負になるはずが無い。ここは改めて私からも勝負をお願いするとしよう」


「決まりだね、じゃあステージを決めようか」


「……途中参洗とはいえ一度敗北したことは事実。お前が決めろ、蒸し風呂、水風呂、滝湯、釜風呂、なんでも良い。好きなところを選べ。その上で私は完膚なきまでに叩きのめしてやる」


血の高ぶりを感じる。相手が小さい子供だから油断していた? 何を甘えたことを考えていたんだ、私は。この場は銭湯力が総てを決める。些細なことで目を曇らせていた数分前の自分を殴りたい。私はこの銭湯、胸を借りるつもりで挑む。それでいい。


「あはっ、いいね。そんな顔見てたらこっちもゾクゾクしてきたよ。

う〜ん、よし。決めた!

それじゃ、勝負だ。混浴でっ!」



なん……だと?



「あれ、もしかして混浴は苦手だった?」


「ばばば、バカ言え。子供がなにを言うかと……いや、それは関係の無いことだったな。くっ、いいだろう。受けて立つッ!」


「じゃ、決まりだね」



それから私たちは、自分の銭湯スタイルを満足のいくまで競い合った。

互いの銭湯力は五分と五分、ならば自らが鍛え上げた銭湯スタイルを信じて己の道を進むのみ。

私たちは年齢の差も忘れてハシャギあった。互いに銭湯に対するスタンスが似通っていたところが大きいのかもしれない。時に汚染湯スタイルも厭わなければ正攻法でしのぎを削り合ったりもした。

覗き、ガン見、不可抗力を装ったお触りなどの出禁一歩手前な行為から滑る床面を活用した最速最短の銭湯時間の検証、銭湯後はストレートに牛乳スタイルかあるいはフルーツ牛乳スタイルもしくはコーヒー牛乳スタイルかを議論したり、結局最後まで互いに満足な結果を得ることはなかった。


気がつけばもうすぐ閉館時間だった。私たちは急いで浴室を出て汚染湯スタイル、脱衣所ビチャビチャにする、も厭わずカゴに向かい、重ねて汚染湯スタイル、アレレ間違えて人の着替えとっちゃった、を実行。もはや意地でも決着をつけたかったのだ。


「キャー!この変質者!!」



いつの間にか私は女湯の脱衣所にいた。握りしめたブラジャーはどう見てもメンズ用ではない。しまった!この銭湯はあいなかに混浴を挟んでいるので中に入った時は注意が必要なんだった。それを忘れてた私。いや、若きライバルの子供が赴くままについて行ってしまったのがいけなかった。あの子は普通に着替えてる、つまりそういうことだろう。もしかして、はめられた?

私はこの日最強の汚染湯スタイル、ラブコメ流うっかり不可侵領域侵犯を会得した。


だが、ラブコメ主人公になれなかった私は普通に捕まった。もし私に鍛え抜かれた銭湯力さえ無ければ、こうはならなかったのかもしれない。

かくして私は罰金刑に処され、銭湯力で53万円をはじき出したのだった。



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