きのこきのこ
僕は一人じゃなかった。
長い間ここにいるような気がする、そして彼女もまた僕と同じだろう。
初めて彼女がいることに気がついたのはいつだったかは覚えていないが彼女は確かにそこにいた、ずっとずっと、僕が気がつくまえから彼女はそこにいる。
僕は彼女の事を知らない、でも見た目はものすごく美しい、肉は程よくついていて、堅さ、色、匂いまでもが僕を魅了してやまないのだ。
なんといっても彼女が美しいのはひだの部分だ、僕は彼女を下から見ることしかできないが、その一本一本のひだが放射状に伸びていて細くしなやかでとても美しかった。
僕は何度か話しかけてみた、と言っても僕は喋れるわけではない、口がないのだ。
でも僕は心の中で何度も何度も何度も彼女の事を呼んだ。
そして何度も問いかけた、君の名前は?いつからそこにいるの?そしていつまでそこに君はいるの?
返事なんてあるわけでもないのに繰り返した、何度も何度も。
いつからか僕は今までに感じたことのない寂しさを感じ始めていた、なぜこんなにも無視され続けるのか、僕の何がいけないのか、肉質か?シダか?柄か?匂いか?そもそも彼女に僕という存在を認知されていないのではないのか。
僕はなぜか昔の自分も同じく誰にも相手にされていない人生だったような気がした。
僕は諦めた。
なんだか目の前で跳ねた。
僕がここにきて初めてのことだ、あれは…カエルなのか?なぜか知っていた。あの見るからにテカテカとひかり触ればプニャプニャしそうな体。
カエルがこっちに来るではないか、退屈しのぎに話しかけてみた。話しかけると言っても念じるだけだが。
「君はどこからきたの」
その瞬間カエルは僕を見つめた、それは僕が何を思っているのか伝わっているということなのだろうか。
「ぼ、僕の声が聞こえるの?」
「ゲコ」
なんと、カエルが頷いたではないか。
「君は喋れないのか?」
「それは私が知りたい、なぜ君が喋る?」
誰かと話すのはいつぶりなのだろうか、僕は今会話をしているのか。そしてカエルの質問の意味がわからない。
「なぜって…どうして?」
「あなたはきのこではないか、なぜ喋る?」
やっぱりカエルの言ってる意味がわからなかった。きのこ?なんのことだかさっぱりだ。
「なんのことだかわからないけど、君の名前はなんていうの?僕、誰かと喋るのは久しぶりなんだ」
カエルはギョロッとしたでかい瞳で僕を凝視し続けた。
「名前か、私の名前はズイ。君の名前は?」
「名前…僕の名前は、なんだ?」
「私に聞かれてもしるわけがないだろう、変な奴だな」
僕の名前はなんだ、考えたこともなかった。
昔は名前があった気もするが思い出せない、僕はなぜカエルに名前などと言うものを聞いたのか、そしてカエルがズイと名乗っているではないか。
でもそれもなぜか新鮮で驚くことなく自然と受け入れていた。
「ズイ、僕に名前をつけてくれないか?」
「私がか、君はきのこだ、きのでいいんじゃないか?」
「きのか、なんだか生まれ変わった気分だ、今までの自分とはかけ離れた新しい自分、なんだか清々しいな」
「気に入ってくれたってことか?私は名前をつけるのは初めてだ、気に入ってくれたなら嬉しい」
まだズイは僕のことをギョロッとした瞳で見ている。
「ズイ、なんで僕のことをきのこと言うんだ?」
「君は本当に変な奴だな、僕には君がきのこにしか見えないけど?」
僕は少しして理解することができた、僕はきのこだ、そして僕の真上にある彼女もまたきのこだった。なぜ僕は気がつかなかったのだろう。でもなぜ僕はきのこなのだろうか。
「ズイ!僕はなぜきのこなんだ、いつから僕はきのこなんだ?」
「そんなこと聞かれたって私に分かるわけがないだろう」
「僕はいつから…」
僕は確かに覚えていた、ここで初めて感じた少し雨や泥、草の匂、その前のことは全く思い出すことはできないが夢のように始まって今に至る僕は何者なのだろうか。
「ズイ、僕は何者なのだろうか」
「君は質問ばかりだな、でも君は面白い、嫌いじゃないぞ」
「なぁズイ、僕はきのこなのだろう?僕はこの先どうしたらいいのだろうか」
「君はきのこなんだからきのこらしくそこにいればいいんじゃないか?」
きのこらしいってなんだ。
「僕にはきのこらしさがわからないよ」
「そんなの私だってわからないさ、私はカエルなのだから」
確かにそうだ、カエルにきのこの何がわかると言うのか、だけど僕はきのこなのにカエルを少しだけだが知っている、それはなぜなのか。
「ズイ、君はこの先ここにまた来てくれるの?僕は長い間ここに居る、僕はズイみたいに跳ねることもここから動くことさえもできない。僕は寂しいんだ」
「私も長い間一人でこの森で暮らしている。会話をするのは久しぶりではないが、きのこと喋るのは初めてだ。きのは僕を襲ったりしないからね、安心してこうして長話ができる、そんなこと滅多にない」
食べるってなんのことなんだろう。
「そうだ、きの」
「なんだい?」
「私が君を食べてあげよう」
「…食べる?」
ズイは僕を食べると言う、不思議だがそれもそれで悪い気がしなかった、ここで寂しくこの先生きていかなければならないのなら、ズイに食べられた方がマシだ。それに僕は食べられるという行為がまだはっきりと理解できていないでもいた。
食べられるとはどんな気分なのだろうか。
「きの、私がまたここにこれる保証などはどこにもない、でも一緒になる事ならできる」
そう言うとズイはゆっくりとゆっくりと優しく僕のことを食べ始めた、それもまた長い時間をかけて少しずつ少しずつだが、僕をズイが食べていった。
僕は食べられるという行為がまだわからないでいたがズイと合体して行く気分がして何故だが心地よかった。痛みはない。
それにしてもカエルはきのこを食べるのだろうか。そんな事をふと思ってズイに聞こうと思った頃には、すでに会話をできる状況ではないほどにズイは僕の事を食べていた。
そして僕は静かにズイのものになっていった。




