9.緑の風
「ちょっと!聞いてるんですの?」
あー・・・
どうしてこうなっているんだろうか。
今の私の状況を客観的に見てみると、謎の美少女に詰め寄られている。
はい、意味わからない。
距離が近いせいか、彼女の髪から高級そうなシャンプーの香りが鼻に広がってくる。
・・・現実逃避しちゃ駄目だ、駄目だ。
とにかくこの状況をどうにかしなければ。
とはいっても理解不能すぎて頭がショートしそうだ。
まずはどうにかこの場を収めることにしよう、あまり騒がれて注目されるのは好きではない。
とりあえず待たせたことについて謝罪しなければ。
「あの・・・遅れてしまい申し訳ありませんでした。」
そう言い、頭を下げる。
これで和解になればいいのだが。
「謝罪なんて当たり前ですの!
貴女、他の人をどれだけ待たせたと思っていて?
一体何様のつもりですの!そもそも───!」
強烈なマシンガントークに圧倒され、身がのけぞる。
周りを見回すとある程度の人数か揃っている、もしかして私が最後の一人なのか?
そして何人かは彼女のように、到着に遅れた私を敵視の目で見ていた。
どうやら私一人が極端に遅かったようだ。
これは遅れた理由がぐっすり寝ていて寝坊した、なんて話したらどうなるか分からない。
どうしたものかと悩んでいると、別の女の子が現れて助け舟を出してくれた。
「まぁまぁ二人とも~、ちょっと落ち着いて、ね?」
そう言って私とお嬢様系女子の間に割って入る。
正直これ以上私が何か言っても逆効果な気がしていたので、助かった。
これであちらも落ち着いてくれると良いんだが。
それにしてもこの女の子は誰なのだろうか、せっかく近くにいるので観察してみることにする。
服装はこちらの世界の高校の制服に類似しているが、この状況で平然としているのが引っかかる。
ずいぶん度胸のある女の子だなぁ。
だが見ず知らずの私を助けてくれたのだ、悪い人ではないだろう。
しかし、相手はまだ納得がいってないようでわなわなと震えている。
そして火山が噴火したように少女の怒りが爆発した。
「うるさい、うるさいうるさいうるさーい!
私は何も悪くありませんわ!」
そうしてその場で何かを唱え始めた。
それを見ていた女の子が慌てて彼女を止めようとする。
「結城ちゃーん、それは不味いよ~」
しかし結城と呼ばれた女の子はもう止める気はないようで、我関せずと続けている。
「吹き荒れる風よ、自然の風よ。
我が前の儚き命を奪いたまえ。Green Wind!」
突如結城の前から風が現れた。
それは暴風に変わり、こちらにじわりじわりと前進してきている。
自分の髪や服が風にあおられ後方にはためく。
近くにある物も風の威力に耐え切れず吹き飛ばされる。
食堂に置いてあった皿が私の横を掠め、思わず目を瞑ってしまう。
あんなものが当たってしまったらどうなってしまうのだろうか。
逃げたいがもはや踏ん張るだけで精一杯で、動こうとすると吹き飛ばされそうだ。
完全に逃げるタイミングを失ってしまった。
思わず手が震えているとそっと手が握られた。
「心配しないで。沙弥ちゃん。」
風に耳を覆われて、本来なら聞こえないはずの声がしっかりと聞こえた。
それにこの声は割って入ってきてくれた子の声だ。
彼女に名前など教えていない、なぜシッテイルのだろうか。
固く閉じた目を薄く開き、彼女の方を向こうとすると───
「来て、Vorpal Sword」
彼女は剣を握っていた。
持ち手に翠の宝玉が埋め込まれているその剣は、不思議な輝きを放っていた。
風に髪を靡かせながら剣を構えるその姿は、美しさが滲み出ている。
周りは風が渦を巻き視界を遮られている。
台風の目の中とはこんな感じなのかもしれない。
そして彼女は少し息を吐いた後、向かい来る風を切り裂いた。
切り裂かれた風は、まるで最初から無かったかのように姿を消した。
「え?」
そう呟いたのは私だろうか結城だろうか。
もしかしたら二人の呟きだったのかもしれない。
ともかく結城の魔法事件はここで幕引きとなった。
「説明してもらうよ~結城ちゃん。」
いつのまにか剣を消して、私を助けてくれた女の子が結城に詰め寄っていた。
「あれはここで管理している魔法の一つだよね~、勝手に動き回られちゃ困るな~」
結城は下を向いたまま俯いていた。
どうやら何か重要なものを持ち出していたようだ。
しかし結城本人は話す気がないらしく、だんまりを決め込んでいる。
すると横からキースが現れた。
「このままでは埒が明かないな。
トウケン、奥の部屋に案内してさしあげろ。
いくら召喚者といえども今回はやり過ぎだ。
しっかり話してもらうぞ、結城英里。」
そう言われて結城と私を助けてくれた少女、トウケンはこの場を立ち去った。