18.扉の先
勢いに任せて飛び出したものの、どこかに行く当てなど毛頭ない。
周りを見渡してみると元の世界とは外観が変わっているが一般的な家が並んでいる。
「沙弥さん、この辺りは住宅街みたいなものですわ。
城からここに来るまで特に変わった家などはありませんでした。
うーん、やはり働くとなるとお店ですわよね。
しかし、地理が分からない以上闇雲に動いて探るしかないのででしょうか···」
いつ打開できるか見当もつかないこの状況に英里はうんざりとした表情で呟いた。
太陽の昇り具合から見て今は昼前ぐらいだろうか。
すこし早いかもしれないが周りの匂いを嗅ぐように鼻を鳴らしてみる。
「さ、沙弥さん?何をしてらっしゃるんですの?」
英里が怪訝そうな顔でこちらを見てくるが、構わず意識を集中させる。
後少し、もう少しで分かりそうだ。
何か特徴的な匂いがする様な···
···見つけた。
「英里、行こう。良い匂いがする」
匂いを失わない様に小走りで目的地まで向かう。
そこがお店なら雇ってくれる様に交渉。
もし無理でもまぁ、その時はご飯を恵んでもらう様に頼もう。
それも無理なら···
「沙弥さん?沙弥さーん!
目がお腹を空かせた野獣みたいに輝いて何だか危険ですわ!
沙弥さーん!」
匂いに釣られてさ迷い歩き、匂いの元を発見した。
しかし、これはまた何という···
「はぁはぁ、沙弥さん。少しは待っていただけませんの?
道を覚えながら走るのはとてもたいへ···へ?」
ジリーの家から歩き続けているといつの間にか大通りに出ていた。
交差する人の群れ。
元の世界ではまず見る事ができない様な多種多様な服装を身に付けている人を尻目に、私は目の前の建物から目を離す事ができない。
周りの建物と比べても頭一つ分ほど大きく、横にも奥にも広がっている。
屋根の煙突からは絶えず蒸気が流れ出て天まで続いている。
この町のどこにいても見える城の次ぐらいに大きい。
「や、やはり私たちの世界とは少し違いますわね」
人混みと喧騒に慣れていないのか英里が少したじろぐ。
かく言う私も慣れている訳ではない。
私の住んでいた地域は都会と田舎の真ん中ぐらいで決して人が少なかった訳ではないがこれ程多くもなかった。
しかし、ここでずっと怯んでいる場合ではないのだ。
前に進まなくては。
「行こう、英里。
これだけ大きいんだ、必ず何か情報が掴めるはずだ」
「わ、分かりましたわ!」
道を渡る前に英里に手を伸ばす。
「英里、手を繋ごう。離れてしまったら大変だ。」
「は、はい」
私たちは人の群れをしっかりと手を握りながら横切る。
二人とも人混みに慣れてないせいか、かなり苦戦するもやっとの思いでその建物まで辿り着く。
英里と顔を見合わせる。
「英里、行くよ」
「は、はい、分かりましたわ!」
そして私たちは二人で扉に手を掛け、ゆっくりと開けた。
僕には妹がいた。
たった一人の大切な妹だ。
でもある日を境に消えてしまった。
どこを探しても妹は見つからなかった。
でも、手がかりが無い訳じゃない。
僕は見た。
妹が消えた瞬間を。
靄がかかってはっきりと覚えてはいないが、確かに彼女はここにいる。
あの魔神の話を聞いてそれだけは確信した。
「等刀様、鍛練の時間です」
「はい!分かりました!」
(だから待っててくれ。必ず連れて帰るから)
妹が編んでくれたストラップをしっかり握りしめ、僕は部屋を後にした。