12.試される力
「残る障害はトール、貴方だけですわ。」
トールは名指しされても尚、先ほどと変わらず下にうつむいたまま動いていない。
英里はその行動を隙と思ったのか呪文を詠唱し始めた。
「隙あり、ですわ!グリーンウィンド!」
荒れ狂う暴風はトールの方向に真っ直ぐ進み、トールに襲いかかる。
はずだった。
しかし、魔法は発動せず私たちの周りに困惑の空気が流れ始める。
「どういう事ですの?まだ魔力切れはしてませんのに···」
その空気を破る様に私たちの横で拘束されているキースが笑い始めた。
「無駄だよ。
私がただここで助けられるのを待っているだけかと思ったのか?
この部屋には細工が施されていてね。
部外者の君たちはもう魔法や能力は使えない。
さぁ、形勢逆転だ。
やれ、トール。」
今まで話しかけても反応しなかったトールが、キースの言葉に反応し顔を上げた。
その表情は辛く、悲しそうだ。
やはり、トールは私たちを拘束することが本意ではなさそうだ。
これなら今は無理でもいつかは説得する事ができる。
トールは優しい人間だ。
会ってからの時間は短くてもこれだけは確かだと思う。
しかし、今は駄目だ。
キースに良いように操られている。
とにかく今はここから出ることだけを考えよう。
トールが何か呟くと紋章が表れた。
その中に手を入れ石の様な何かを取り出した。
その石の形は初めてトールと出会った時に見た石と良く似ていた。
トールは石を空中に放り投げた。
石は一定の高度まで上がるとピタリと止まり、光り始めた。
それはまるで夜空で一際輝く星のようでとても綺麗だった。
英里は状況が掴めていないのか黙って石を見つめている。
英里にとってはあれが何なのか分かっておらず尚且つ攻撃手段を封じられている以上警戒するぐらいの事しかできないのだろう。
しかし、私はあれを知っている。
モガの記憶で見た世界。
彼女の背後から襲ってきた雷と目の前の石はよく似ている、気がする。
確証はない。
しかし、もしそうだった場合。
英里が危ない!
英里はまだその場から動かずじっとしている。
あの攻撃は一瞬見てかわせる様な攻撃ではない。
急いで英里の場所まで走る。
彼女を助けなければ。
石は光を増して輝いていた。
もうすぐ攻撃しそうだ。
ギリギリで英里に飛び込み、彼女を突き飛ばした。
「痛い!なにするんで―――」
彼女の非難を聞き終わる前に意識が途切れた。
「沙弥さん?沙弥さん!」
まさか私を庇うなんて。
私はあれだけ酷い事をしたのに。
優しい人だ。
「心配するな。
まだ貴様たちを殺す気はない。
見た目は危険だが、それは暴徒鎮圧用だ。」
こいつは何を言っているのだ?
死なないからと言って痛みが無い訳ではない。
その証拠に彼女の顔は汗が流れ、苦しそうだ。
「トール、それでも彼女の起床係なんですの!
貴方に情はありませんの!?」
「俺は、俺は···」
トールは迷いを隠す事ができずに視線を右往左往させている。
よし、このままペースをこちらに―――――――――――
「トール、忘れるな。」
その言葉で、トールの全てが止まった。
動作も、呼吸すらも。
キース、こいつが原因なのか。
「トール、これは偉大なる任務だ。
失敗は許されない。
この国の命運が懸かっているのだ。」
なんて嘘臭い言葉だ。
しかし、トールと一対一ならともかく、キースもいるこの状況ではもう話しても無駄だろう。
つまりは、
「トール、結城英里も気絶させろ。」
自分の力で何とかしないといけないということか!