11.自立
「貴方は誰?」
突如現れた謎の男。
なぜ現れたのかを探る為に質問を繰り出す。
「今は時間が無いためその質問には答えかねます、我が主よ」
話している間も崩壊は進み、もはや原型を留めているかすら怪しい状況だ。
空が歪み、大地も歪んでいる。
というか私は誰かに主と呼ばれる理由なんて一つもないけど!?
「貴方の言っていることはよく分からないけれど、時間が経てばこの場所から解放されるんじゃないんですか?」
しかしその男は首を振った。
「それでは遅すぎるのです、我が主。
主は今彼女の心のなかにいます。
彼女を救わなければ、主はこの壊れゆく心の中で生命の終わりを共にすることになるでしょう」
つまり私も一緒に死ぬということか?
こうなると腹を括るしかない。
確かに私も彼女は不憫だと思うし、助けてあげたいと思う。
しかし彼女の本体であるこの空間は崩れつつある。
彼女を救う事など可能だろうか。
「簡単です。
本体が無くなるのならば、新しい代わりを用意すればよいのです。
主。貴女の能力はその鎖だけではなく、魂さえ取り込む事ができる」
···本当にそんな事が可能なのだろうか。
しかしこの世界ならばできるかもしれない。
何でもありの魔法の世界だからこそ彼女を救えるのなら。
もしそうだとするならば、何を迷う事があるのだろうか。
「教えて、もうあまり時間は残されてないのでしょ」
そう言うと男は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「向かい合って手を繋いでください。
そうするとどうすればよいか分かるはずです」
女の人の前まで歩く。
「私は貴女に従う気は無いわ。ただ復讐できればいいの。
それでも貴方は私を助けてくれる?」
「私は復讐してはいけないなんて言う気はありません。
ただトールは理由もなく、人を傷つけないと思います。
だから理由をしっかりと探ってから。
復讐はそれからでも遅くないと思います」
そう言うと彼女は軽蔑するような嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「ほんの少ししか過ごしてない貴女に彼の何が分かるのかしら···
でも貴女のその甘いところ、気に入ったわ。私の名前はモガ。
精々騙されない様に頑張ることね。宜しくね、私のマスター」
私とモガは数秒間見つめあった後、手を取り合った。
そして頭の中に流れ込んでくる言葉をそのまま口にする。
「「永遠に流れる時の中で、その行動を、その一生を共に生きようとする者よ。
今その絆を形としてここに現さん!」」
二人の間で穏やかな風が吹き上がる。
それは言葉を紡ぐたびに光の粒子を放ち、言葉を言い終わる時には思わず目を瞑るほどの光になった。
光が収まり目を開けると、空中に十字架が浮かんでいる。
「それは契約の証です。モガ、貴女が身につけておきなさい。
さぁ、主よ。崩壊の時は近い。準備はよろしいですね?」
男の問いかけに覚悟を決めたように頷いた。
「あちらの世界では中々現れる事はできませんが、貴女の心の中に私たちは必ずいます。
それを忘れないでください」
崩壊が始まり、空間が裂ける。
そういえばまだ名前を聞いていなかった。
せめて最後に彼の正体だけでも知りたい。
「名前ですか?私は─────────────」
その途中で体勢を崩し、地面が揺らぎ出た裂け目に呑まれてしまう。
結局肝心なところを聞けず、そのままわたしは闇に包まれた。
目が覚めた。
朧気な眼で周りを見渡す。
ここは意識を失った廊下ではなく、どこかの部屋のようだ。
トールが運んできてくれたのだろうか。
しかしこの部屋には家具が一切なく無機質だ。
どうやら私は別の場所に運ばれてきたらしい。
何もない部屋の中央にどうして座らされているんだ。
毛布を掛けられているからまだいいが、この状況は何だか不気味だった。
それに中には私しかいない。
誰か人を探しに行こうとして椅子から立ち上がろうとした瞬間。
転けた。
不思議な力で押さえつけられているかのように、私は椅子から離れる事ができずそのまま転倒。
頭から転けたので鼻に思い切り衝撃が走る。
痛みに悶絶していると扉がガチャリと開く音がした。
その方向に顔を向けると、トールが扉から出てくる。
「トール、丁度良かった。
何だか金縛りに掛かったみたいに動けないの。助けて」
「········」
何故かトールは何も喋らず黙ってこちらをずっと見ている。
様子がおかしい、私の声が聞こえなかった訳ではないはずだ。
まるで今のトールはモガの記憶の中で見たトールのような───
もう一度ガチャリとトールが出てきた扉から音が鳴り、そこからキースが現れた。
「気分はいかがかな、木賀沙弥よ」
「···この状況を説明してください」
その態度があまりにもこちらを馬鹿にしている様子なので、こちらも強気の態度で質問を返した。
「今回の召喚はあまりにも異例過ぎた。
本来ならもっと時間を置いて行うべき召喚を、その準備期間を設けないまま次の召喚を行うという失態。
その結果がこれだ。
今まで従順に従っていた召喚者たちが反乱、あるいはこちらの命令に逆らい始めた。
故に我々は召喚者たちを支配下に置く。
まずは貴様だ、木賀沙弥」
ふざけるな、あまりにも横暴だ。
例え手足が塞がれていても私には能力がある。
ゆっくりと近づいてくるキースに反撃するために鎖を展開しようとするが、私の意思とは裏腹に鎖は出てこなかった。
「私たちがお前の手足しか拘束してないと思ったのか?
もしそうならば貴様は本当に愚かだな、木賀沙弥。
貴様はあちらの世界の時と変わらないただの人になったのだ」
その言葉を告げられた瞬間にじわじわと恐怖が私を包んできた。
ここが城のどこかも分からず、身を守るための自衛の能力さえ使えない。
おそらくモガもあの男の人も出てこれないだろう。
きっと誰も助けに来れないし、トールも頼りにはならない。
表情はうつむいて分からないが、もう味方ではないだろう。
そしてキースはいつの間にか私の目の前まで来ていて、私に手を伸ばしていた。
もう、駄目だ。
そしてその瞬間。
私の横の壁が爆発した。
「何っ!?」
キースは慌てた様子で壊された壁の方を見ていた。
つまりこの状況は、キースたちの思惑通りではないということだ。
「絡まり、捻れ!|木の戯れ!」
地面から現れた幹が目の前のキースの足と手に絡まり、自由を封じた。
何より私が驚いたのは、魔法の詠唱の時に聞こえた声に聞き覚えがあったからだ。
声がした方から足跡が近づく。
壁が壊れた衝撃で粉塵が舞い、視界が遮られた場所から現れた人物は私が思い描いていた人物その者だった。
「結城 英里···貴様か」
「ごきげんよう、キース。
次勝手に喋るとその首無くなりますわよ?」
そうして次の言葉を喋ろうとしていたキースの口を封じた。
「貴女が沙弥さんですわね」
綺麗な蒼の瞳に見つめられ目が離せなくなる。
「これがこの国ですわ、沙弥さん。
もう貴女に残された選択は一つしか無いと思いますわよ」
私に残された選択肢。
この国から逃げる事だ。
この理不尽な状況から脱却する事。
しかしここがどこかさえ分からないのに、逃げてどうにかなるのだろうか。
本当の世界に戻る方法も知らないし、どうすればいいかも不透明で。
このままじゃ───
「しっかりするんですの!木賀 沙弥!
とにかく今は逃げるんですの!考えるのはその後ですわ!
今その魔方を解きますわ、少し待ってください」
結城は私の前で屈み、何か言葉を呟き始めた。
あぁまただ、また助けられてばかりはもう嫌なんだ。
誰かに依存するばかりじゃ、きっとまた窮地に立った時に何もできない。
力を込めて分かった。
この魔法は絶対じゃない。
だからきっと壊せるはずだ。
身体に痛みが走るのを無視して力を込める。
しばらく力を込め続けると、胸の前に核のような物が浮かび上がってきた。
「沙弥さん!?危険ですわよ!」
核が浮かび上がると同時に、少し自由になった身体で何とか右腕を核に伸ばし、握り潰す為に力を込める。
しばらくしない内に核はピキビキと音を立てて壊れた。
砕けた核が破片となって散らばりながら空中に舞い上がる。
「何て呼べばいいのかな?」
「···え? あ、英里でいいですわよ···」
「じゃあ英里。これから、よろしく」
今度は失敗しない。
他人に頼りきりにならないでこの世界を生き抜こう。