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10.覚悟

結城がどこかに連れていかれ、食堂内には微妙な空気が流れる。

そんな空気の中、キースが口を開いた。


「お集まり頂いた、召喚者の皆様。

 大変申し訳ないのだが、一旦この場を仕切り直させてもらいたい。

 状況が収まり次第すぐに連絡を入れる。

 それまでは部屋の中で待っていてほしい。

 ここに来るときに一緒に来た供の者はずっと側に置いておいてもらって構わない。

 何か困った事があればその者に相談者してくれ。

 以上だ」


キースの言葉が終わったのを皮切りに食堂に集まっていた人々は次々とこの場を後にしていく。


「沙弥さま、私たちも参りましょう」


後ろを振り向くと、トールがこちらに手を差し出しながら微笑んでいる。

その笑顔を見ると、さっきの恐怖がまたぶり返してきた。

私はそのままトールに縋る様にトールの着ている服の袖を掴んだ。

















トールと一緒に廊下に出た。

そして朝来た道を引き返している。

初めて感じた死の恐怖は消える事なく今も私の心を支配している。

それ故か先ほどからトールと会話をせずに黙々と歩き続けていた。

死の危険を感じたから軽い人間恐怖症にでも陥っているのだろうか。

早くベッドで休みたい。

しかし一歩、また一歩と歩いている内に頭がぐらつき、足取りが覚束なくなっていく。

不味い、このままじゃ部屋に着く前に倒れてしまいそうだ。


「沙弥さま、大丈夫ですか?

 近くに休憩できる部屋があります。

 少し休んでいきましょう」


流石に誤魔化せないのかトールが心配そうな顔で休憩を申し出てきた。

私も限界が近づいてきたので、トールの方を向いて案内を願おうと思ったその時に。

自分の部屋に向かう廊下とは違う方向の廊下に。

何かが見えた。

今の自分の体調は悪く、そんな事を気にしている場合ではないはずなのに。

この体調が見せている幻覚かも知れないのに。

何故だか無性に気になって私はそっちに歩を進めた。


「沙弥、さま?」


トールが不安そうにこちらを見ているが何故か全く気にならなかった。

私は光に集まる蛾のようにふらふらとさまよう。

近づけば近づくほど光は強くなっていく。

その光の下まで行くと、目を覆い隠すほど光が強くなった。

けれど光は眩しくなく、温かった。

何だかその光に触れてみたくなって私はその光に手を伸ばした。


「沙弥さま!」


トールの言葉を無視し、手を伸ばし続ける。

そして私は





光に飲まれた。















気が付くと真っ白な空間にいた。

その空間一面に知らない場面が映りだされた。

誰かが廊下を走っている。

小さく洩れる声から察すると女性だろうか。

後ろからもう一つの足音が聞こえる。

物凄い殺気を放っている。

誰かに追われている様だ。

しばらくすると女性は光に呑まれ、映像が消えた。


「痛かったわ。酷いと思わない?」


真っ白な空間の中で彼女は姿を現した。

映像の彼女と同じ声だ。


「貴女がトール、トールって呼んでいる人は化け物よ?

 私はあの人に殺されたの。

 私の記憶を見た貴女なら分かるでしょう?」


嘘だ。

私は彼があんな殺気を放つとは信じられない。

例え短い時であろうと私はトールを信じている。


「死ぬ時は一瞬だったのよ。でもね、とても怖かったわ。

 必死に走らされて、なじられて、屈辱的だったわ」


彼女を追い回していた人物の姿はどこか楽しんでいるように見えた。

そんな人物がトールの訳がない。


「この気持ち分かるでしょ?私は復讐したいの」


殺されたから殺しているときりがないぞ、なんて綺麗事は言わない。

もし私が彼女と同じ境遇なら同じ事を望んだかもしれない。


「だからね···その身体、頂戴?

 復讐したくても身体が無いの。

 その身体ならきっとあいつを殺せる。

 油断しきった後ろ姿にナイフを突き立て、倒れこんだ身体に罵倒を浴びせる事ができる。

 こんな機会、これが最初で最後。

 ねぇ、お嬢さん。力を貸して頂戴?」


彼女の感情を感じ、記憶を見た私には、本気で奪い取ろうとしている事が分かった。

少しは同情している。

私がもといた世界ならもっとましな人生を歩めただろう。


「私には妹もいるの。だから戻らなくちゃ。

 きっと私の帰りを待っているわ」


「嫌です」


だがこの身体は私の身体なのだ。

これまでもこれからも誰かに貸す気など髪の毛一本たりとも存在しない。


「無駄よ、貴女に拒否権なんてないもの。

 ここは私の魔法の中。

 何もかもが私の手の内なのよ」


どこまでも続きそうな白い空間が狭まる様な奇妙な圧迫感を感じる。

今までの自分ならガタガタ震えていただろう。

しかし何故だろうか。


今はちっとも怖くない。


「関係ありません」


自分の周りからじゃらじゃらと音を鳴らしながら鎖が数本地面から現れた。

どうやら私はとうとうイカれてしまったらしい。

こんな事あり得る訳がないのに。

しかし、彼女は実体の無い幽霊だと言う。

そんな奴が目の前にいるならきっともう何でもありなんだろう。


「ーっ!? ドミネーション!」


唐突に私の周りに鎖が出た事に警戒したのか幽霊が何かを唱える。

魔法だろうか。

それにしては私の視界には特に何も映っていない。

私は気にせず、まるで自らの手足のように不自由なく動かせる鎖を一本真っ直ぐ彼女に伸ばし、彼女の首を鎖で掴んだ。


「ぐぅっ!」


「早くここから出してください。

 じゃないと怪我じゃすみません」


自分でもびっくりするぐらい冷静だ。

人の首を絞めているというのに罪悪感すら感じない。

しかし、徐々に手足の自由が効かなくなっていた。


「ふふ、無駄よ!

 この魔法を喰らっては無事にはいられないわ!」


鎖で首を絞められながらも態度を変えない事に若干の焦りを感じたので、さらに力を加える事にした。

しかし、鎖は先程とは打って変わって言うことを聞かず、何の変化も見られなかった。

鎖が私の支配から離れている様だ。

それどころか身体の力もどんどん抜けていくのを感じる。


「貴女はもうすぐ動けなくなるわ。

 今の魔法は身体の所有権を対象から詠唱者に移す魔法。

 今は身体が言うことを聞かないだけで済んでるけどいずれ私の思うままよ!

 もう諦めなさい!」


確かに身体から力が抜けていく感覚がある。

このままでは不味い。

全力で力を入れたとしても精々後一回ぐらいの力しか出せないだろう。

しかし、対策がない。

先程から首に鎖を巻き付かせているのに、苦しい顔一つ見せない相手をどうやって倒せば良いのだろうか。





やはりこの場所と何か関係があるのだろうか。

突如現れた謎の空間。

彼女は身体を失ったと言っていた。

もし彼女が身体の無い幽霊ならば、彼女の身体にいくら攻撃を加えても何も効果が無いのは当然の事かもしれない。

しかし、幽霊ならばこんなにも直接的に生者に干渉できる筈がない。

しかも実体の無い彼女が足までしっかりと鮮明に形作られている。

何か原因があるはずだ。

予想は既に頭の中に浮かんでいる。

しかし、これで正解かどうかは分からない。

だがもう迷っている時間はないようだ。

一種の賭けだが仕方ない。

自分の周りに漂っていた数本の鎖に思いっきり力を込めて命令する。

頭の中に思い浮かべるのは密閉された空間を全方向から力を込めて中から引っ張るイメージ―――――!

鎖は命令通り動きこの空間の端まで散り散りに別れて移動した。

そしてその後すぐに空間が揺れだし、亀裂が入り始める。


「止めて!あ、あぁ···」


空間が軋み始めると同時に彼女の後ろの背景が透けて見え始めた。

やはり彼女とこの空間は直接繋がっていて、彼女はこの空間でしか活動できないようだ。

おそらくこれも魔法だろう。

自分を拘束していた力も消えている。


「何がいけなかったの?

 復讐することはそんなにも駄目な事なの?

 このままじゃ駄目。死にきれないわ···」


彼女がぶつぶつ呟いている間も身体は段々と薄まっている。

この空間ももうすぐ消えるだろう。

そして彼女は、今度こそ死ぬ。










唐突に身体に異変が走る。

胸に痛みを感じ、あまりの痛みに思わず跪く。

胸の前に両手を置き、痛みに耐えていると身体から何かが抜ける感じがした。


「そこの者。

 もう諦めるのか?

 お前の思いはそんな軽いものだったのか?」








痛みはいつの間にか止まっていて。

下を向いている頭を前に向けたら。

そこには、男が立っていた。

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