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猟犬系女子、晴天の霹靂に遭う

 

「粗茶デスガ……」


 眠子は疲れの滲んだロボットめいた声で、応接テーブルにお茶を並べた。

 テーブル挟んで片方のソファに軍人さん(?)と首相が座り、反対のソファに首相に叩き起こされた社長がもじもじと座っている。


 コトンコトンと四つのお茶が並んだ。

「さんきゅー、佐倉ちゃん」

 首相は気安く片手上げて、礼を述べた。……問題は異国の軍人さんの方だった。

 ぺこりと頭を下げて彼はこう言った。

「……アリガトウゴザイマス」

 ――間

「キャアア!シャベッタアアア!」

 某ハッピーセットに狂乱する子供並の奇声を上げて、眠子は飛び上がった。

 まさか日本語を喋るとは思わなかった。だって、出合い頭に無言で切りかかってきたし!

 混乱する眠子を見上げて、首相は思い出したように言った。

「あ、彼、日本語ばっちりだから安心してよ」

 眠子と軍人の物騒な出会いを知らないのか、何でもない様にあっさりとした口調だった。

(じゃあ、なんでコイツは無言で私を殺しにかかったんですかね……!)

 ギリギリと眠子は軍人を睨んだ。軍人はしれっとお茶を飲んでいる。


 ……まぁ、一応思い当たる節はある。

 1時間ほど前のバトルで、この軍人を叩きつけたファイルの山に飛びかかった時、第三者の声が聞こえたのだ。

『「なるほど、確かに猟犬だ――」』

 え?!と思った時には、首を掴まれ床に叩きつけられていたわけだが……。

(こいつの声か――!)

 眠子の手の中でぎっちりと握り締めたお盆がピシッと不穏な音を立てた。

 いけしゃあしゃあと茶をしばいているが、相当いい度胸をしているようだった。

 やっぱり、目を包帯で覆っているのだって、ハンデ戦のつもりだったのかもしれない。

 包帯をほどいた方が、格段に強かったからだ。


 ぐぬぬと、軍人を睨みつけている眠子に引きつりつつも、社長はおそるおそる声をかけた。

「あの、佐倉、僕のお茶にマリモ沈んでいるんだけど、これアクアリウムの水じゃ……?」

 社長のお茶には、茶柱代わりに水草がぷかぷかと浮いていた。マリモは今日も元気だ。

 眠子はヒュパッと素早く社長を振り返って、事務的に答えた。

「あ、大丈夫。それは社長だけなのでハイ」

 ええええええ!と社長は甲高い声を上げた。

 その次の、なんでだよぉ!という泣き言にも眠子は冷ややかな視線で応じた。

 女子の恨み千年。セクハラの恨み、骨髄まで叩きこまねば女子が廃る!

 ……つまり、眠子の意趣返しはまだ続いていたのだ。

「アクアリウムの水のなにがだいじょうぶだというのか、社長の心境も含めて300字で答えなさい(配点:60点)」

 首相が面白そうに混ぜっ返す。

 応じて、眠子は100点の笑顔で答えた。

「だいじょうぶです(8字)」

「8字……」

 社長はそれこそ八の字眉で、泣きそうな顔をしてマリモに話しかけている。

「聞いてアロエリーナ、ちょっと言いにくいんだけど~。職場の部下が厳しいような気がするのよ~」

「社長、古いっす。そのネタ」

 言下にばっさりと切り捨てられて、社長はますます、ぶーと子供っぽく頬を膨らませた。

 こころなし、やり取りを聞いていた軍人の眉が戸惑ったようにしかめられた。

 本当にいろいろおかしい職場である。いろいろすまんかった。


 お茶とお茶菓子は配り終わった。

 さて、――と、眠子はどっかりと社長の横に腰をおろして、にこにこしている首相をじっとりと睨んだ。

「それで、どこから説明してくれるんですか。もう、わけわかりませんよ。この人なんで私に切りかかってきたのかとか、社長とグルになってまで何がしたかったとか!」

『この人』こと、異国の軍人は眠子のびしびしと指を指されてもこゆるぎもしなかった。

 ただでさえ、包帯が目を覆っているので、表情が読みづらくなっている。

 首相がとりなすように肩をすくめて、まぁまぁと眠子の気勢を制した。

「まぁまぁ、落ち着いて。全部説明するからね。まず、最初にこれ見てもらった方が早いか。社長!」

 男勝りとはいえ、女性特有の細い指がぱっちんと鋭い音を鳴らした。

「ハイヨロコンデー」

 社長は、どこぞの居酒屋チェーンのアルバイトのような甲高い声を出して、リモコンを操る。

 ――テレビが付いた。


 社長は目当ての番組を探して何度かチャンネルを変えたが、やがて一つの番組でリモコンを操る手を止めた。

 ニュース番組だった。


 緊張した面持ちのアナウンサーが、速報です!との前置きで手元の原稿を読み上げる。

『昨日、欧州アレンスト国、軍事研究所がテロリストに襲撃された事件ですが、新たな続報が入りました』


 続いて、画面上に速報テロップがテロリンと独特の音と共に現れた。

【国際超能力協会クランクス、及び聖ギフテッド教会 超能力者の派遣により対テロリスト合同作戦展開へ】


(てろりすと……? 研究所襲撃? 超能力者派遣?)


 ぽか~ん、と眠子は口を半開きでニュース画面を見つめた。

 一瞬映像が切り替わり、ヘリによる空撮画像が流れた。

 アナウンサーによると昨日撮影された現地の映像らしい。

 眠子は、目をこの上なく大きく見開いた。

 画面に映る光景は、それはそれは信じがたいものだった。


 上空のヘリから、山の研究所を映していた報道カメラ。

 眼下には、煙を上げる研究所。

 銃声と慌ただしい人の動き。


 白い……ロボット……?

 ロボットがヘリのカメラを見咎めた。

 そして、その白いロボットの持ち上がった腕。

 そこから、カメラに向かって何かミサイルのようなものがーー。


 一瞬のノイズのあと、画面はまたアナウンサーを映し出した。

 アナウンサーによると、その後テロリストの手により報道ヘリは撃墜されたらしい。

 それが、昨日のこと。


 テレビをガン見したまま固まる眠子をみて、テーブル挟んでヒソヒソと、首相と社長が顔を寄せて内緒話している。


「あれ、彼女初耳だった?」

「佐倉は山奥住みですから。テレビ見ようにも電波が入らなくて……」

「あぁー、可愛そうに。よーしぱぱ、次の国会で電波塔の意見書を提出しちゃうぞー」


 首相が腕をぐるぐる回す音に、はっと眠子は正気を取り戻した。

 衝撃に浸ることを許してくれない、非常に残念な大人たちだった。


「やめてください! ってこれ何がどうなってるんですか?!」

 混乱のまま、眠子は首相を問い詰めた。目がぐるぐるする。

「聞いての通りだけど?」

 首相はあっけらかんと、説明をぶん投げた。

 それじゃ話が進まないじゃないか!?


 眠子は、軍事専門家がコメントし始めたテレビと首相の顔の間で、視線を行ったり来たりさせながら一言一言言い含めるように繰り返した。

「つまり、軍の施設がテロリストに占拠された?!」

「そう、アドレー山岳を有する国アレンスト。そこの軍事研究所が見事にテロリストに襲撃された。今現地では、アレンスト軍とテロリスト集団が睨みあってる」

 またざっくりと首相は事情を説明した。

 そのくせ、内容ときたら爆弾のような衝撃である。


 眠子は、頭を抱えた。

 ホントはなんだってぇえええ! と声を張り上げたいぐらいだった。

 得体のしれない軍人が同席していなければ、そうしていただろう。コイツにはいらん隙は見せたくなかった。

 眠子はぐるぐると頭の中で、ニュースと首相の説明を反復していた。

 無理やり納得できないこともない、だが、先ほどのテロップだけはどうしても見逃せなかった。

 パニックのまま、首相を問い詰める。

「……百歩譲って、テロリスト襲撃はありとしましょう。それで、どうして能力者派遣になるんですか! クランクス協会とギフテッド教会ってただでさえ仲悪いのに、なんで共同作戦?! 一緒に暴れたら世界が破滅しちゃいますよ! あの壊滅的な仲の悪さはテロリストよりタチが悪いのに」


 鼻息も荒い眠子の剣幕に、首相と社長は顔を見合わせた。

 そろって複雑そうな顔をしている。

「めっちゃ偏ってるんだけど、君の教育のたまもの?」

「元所属者の感想を正直に教えただけ、デス……」

 社長は、眠子からも首相からも目をそらした。

「まぁ、間違っていないのがツライとこよね……」

 首相もぽりぽりと頬を掻いた。


 眠子は超能力者だが、社長以外の能力者にはまだ出会ったことはない。

 いや、その社長により、彼らに接触しない様に慎重に守られていたのだ。

 なにせ、超能力者の巨大ギルドは、タチの悪いことで有名だった。

 そのギルドから逃げてきた、社長が言うんだから間違いない。


 超能力者は異端視されるものだ。

 いくら市井に紛れようとも、いくら時代を経ようともそれは変わらない。

 利用され、迫害されつつも、異端者は互いに助け合い、いつしか集団を形成した。

 自らを守るために。利用され過ぎないために。

 この世に大体2つの巨大な超能力者ギルドがある。

 一つが、『国際超能力協会クランクス』、その対極に位置するのが『聖ギフテッド教会』である。


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