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猟犬系女子、サングラスの下はマトリョーシュカだと知る (the キリングフィールド of 事務所 2nd)

 

「およ?」


 外人背後の扉の向こうから、間抜けな顔をした社長が現れた。

 40歳ほどの年齢で野暮ったい黒縁眼鏡。

 状況が理解できないのか、目を白黒させている。


(こんな時に……!)


 眠子は目を見開いた。

 ――いち早く反応した外人が、社長に手を伸ばした。

 眠子の血が沸騰する!


「うちの社長にッ、触るな……ッ!」

 

 眠子は目にも留まらぬ速さで机を乗り越える。その際、素早く何本かのペンを鷲掴みにした。

 

 殺気に気付いた外人が振り向く。

 きらりと光る外人のサングラスを狙い、眠子は鋭くペンを抜き放った。

 目は、急所だ。どんな人間でも物が飛び込んで来れば、反射的に目をつむる。

 眠子は、その隙を狙い距離を詰めようとした。

 

 社長から引き離さないと。

 短い距離がやけに遠く感じた。


 外人は、一直線に目を狙う凶器に対して、かすかに首をひねった。

 たったそれだけの動作。

 勢いよく飛んだ数本のペンはかわされ、むなしくバラバラと壁にあたって落ちた。

 いや、――たった一本だけ、外人に命中した。

 つるに当たって、鋭くサングラスを弾く。

 鋭い攻防に反して、サングラスはカシャンと軽い音を立てて床に跳ねて転がった。


 しかし、サングラスを弾かれた外人を見て……眠子は目を疑った。


 サングラスの下から現れたのは、眼ではなかった。

 包帯だ。

 幾重にも目を覆う白い帯が、外人の視覚を奪っていた。


 眠子は混乱した。

 つまり、一連の攻防はまったく目が見えない状況で行ったことになる。

 眠子の蹴撃に対するカウンター、脚を払って眠子の頭を潰す位置把握、飛来物をかわす動体視力。


(全て、視力を失った状態でできることなのか……?)


 机を乗り越えて着地するも、束の間眠子は次の手を迷った。

(コイツの手が読めない! なんだよあの目! まさか、自分に制限掛けてるのか?!)

 いや、……アレを挑発と取れないこともない。

 こんな生きるか死ぬかの本気のステゴロで、自分の視覚を制限するなんて、舐めているとしか考えられないからだ。

(だが、……そんな手を取る奴か、コイツは?)

 柔軟ではあるが、この侵入者の格闘術は基本に添った動きだ。

 自分にハンデを課すことで、挑発するなんて奇手を取る人間とは思えない。


(クソッ……考えろ。惑わされるな。 私の目的は、……社長が逃げる時間を稼ぐことだ! )


 怯えてへたり込む社長に目を留めて、眠子は惑乱する思考を強引にねじ伏せた。

 怒りで脚に力がこもる!


 眠子は外人に突撃した。

 中距離からモノを投げ続けて時間稼ぎすることもできる。

 だが、混乱した社長に当たる公算が大きい。


(なら、社長と外人の間に割って入って、社長を逃がす! これしかない!)


 外人は右足を一歩引いて迎え撃つ体制に入った。

 手近にいる社長を人質にしないなら、やはり卑怯な手をとれない性分なのかもしれない。


「社長、逃げて!」

 一声だけ、鋭く社長を促す。自らの足は床を強く蹴った。


 社長は、眠子の声に反射的に肩を跳ねさせると、腰を浮かせた。

 床を這うようにばたばたと不器用に手足を動かして、社長は外人から転がるようにして離れる。

 外人は足元の中年には、目もくれなかった。

 ただまっすぐに眠子を“見て”いる。


(目が見えない癖に、視線は強力だ……コイツは)


 ふと愚にもつかない思いが頭をかすめたが、戦いの高揚感に一瞬でかき消えた。

 所詮しょせん、気の迷いだ。


 山で鍛えられた猟犬系女子の、鋭い蹴撃。

 迎え撃つ軍人姿の外人の、強く固められた拳。

 第二ラウンドが始まった。 


 □ □ □


 ――最初に攻撃を放ったのは眠子だ。

 低い身長を活かした回し蹴りは、地を這うように外人の脚を払いにいく。

 身長差からアッパーカットは武器が無い今では、届かない。

 なら、体勢を崩してから上位をとってボコボコにすればいい!

 だが――


(か、固ッ……!)


 脚にグリーブでも仕込んでいるのだろうか。

 外人を転がすどころか、眠子自身が痛みで転がりそうだった。


 それでも強引に脚を振り抜いて、二撃目に続ける。

 逆立ちの体勢のまま、足を身体に引きつける。床に付いた手にギリギリと力を矯めた。

 顔はいまだ床にすれすれだが。


 動きは止めない、止まれない。

 もし、コイツ相手に止まったら―――。


 ――眼の前を軍用靴が踏み抜いた。


(……っぶねぇ!)


 衝撃の余波が、顔を撫でた。

 これがヒットしたらと思うと、冷や汗が流れる。

 この図体に頭を踏み抜かれるなんて、スプラッタ極まりない。


 だが、これでわかった。

 コイツは、反応が良くて脊髄反射で攻撃してくる。

 基本に忠実なのはいいことだが、速く畳みかけるとこちらの意図を考える余裕を失くすらしい。

 (それが隙……!)


 ぎりぎりまで矯めた脚を跳ねあげる。

 十分に遠心力の乗った踵が、まっすぐ軍人の顎に吸い寄せられていく。


 軍用靴で力を込めて踏みつけたなら、重心の関係ですぐには動けない。

 さっきの攻防では動揺して距離をとったが、今度はそうはいかない。

 隙は逃さない。


 ガッと自分の靴の底から、顎を蹴り飛ばした鈍い振動が伝わってきた。

(これをぶち抜く!)

 ググッと、衝撃を足裏から天井目がけてぶちかました。

 重いが、……確かに外人の両足が床から浮いた。


 頭上で、カハッ――と空気を吐き出す音がした。

 反動で宙空に投げ出されて、逆さの視界。

 しかし、その視界の中で、確かに外人は顎下からの急所を蹴られてのけぞり、吹っ飛んだ。

 そのまま書棚に激突して、分厚いファイルが宙を舞う。


「ッしゃあ!」

 空中で一回転。着地がてら快哉かいさいを叫んでみたが、ほんとはその余裕すら惜しい。

 まだ戦闘不能まで追い込んでいない。

 更に畳みかけようと、ファイルに埋もれた小山に飛びかかった。


「なるほど、確かに猟犬だ――」

 え!?――と思った時には遅かった。

 ファイルの山を撥ね飛ばして、繰り出された手刀は……眠子の首をまっすぐ狙っていた。


 反射的に(くび)を傾けて、逃れようとした。

 しかし、それすら見越していたんだろうか。

 頸をなぞるように辿られて、闘い慣れた固いてのひらが眠子の頸を鷲掴みした。


「ぐっ……!」

 眠子の、息を詰めるような呻き声が響く。

 吊り下げるような愚行を、外人はしなかった。

 頸を掴んだまま、勢いをつけて、眠子を床に叩きつけた。


「――ッ」

 首を掴まれている。受け身は取れない。

 したたかに背中から頭まで打ち付けて、眠子の意識が一瞬飛んだ。

 外人はのしかかって、眠子の手足を封じた。

 更に頸動脈を圧迫し、締め落としにかかっている。

 眠子の視界は虫食いのように、黒い丸で埋め尽くされつつあった。気絶の前兆だ。


 弱弱しく、外人の軍服に爪を立ててみるも、死にかけた猫のようなあがきでしかない。

(あぁくそ、しくった。――すまん社長)

 悔恨と言えば、肉弾戦がからっきしの社長が逃げ切れたか確認していないことだ。

 社長が死んじゃったらどうしよう。もう少しうまく立ち回れたんじゃないか。

 後悔は尽きない、だが今さらだ。


 詰んで死にかけている今、出来ることなんて……。

(……いや、せめて、あの世で外人を呪って道連れにすればいいんじゃないか)

 そしたら、社長も助かるかも……?

 馬鹿な考えだというのも分かっているが、もう打てる手も尽きてしまった。

 眠子は、気力を振り絞って、自らの首を締めにかかっている外人を睨み据えた。

 視線で呪えるものならそうしたかった。


 しかし――

(……は?)

 眠子は塗り分されていく視界に、得体の知れないモノを捉えた。


 眼だ。

 逆光で暗がりに沈む外人の顔、その双眸が、青白い燐光を発していた。

 夜の海蛍のような、冷たく幻想的な光だ。

(あれ? 包帯……は?)


 いつの間にか外人の目を覆っていた包帯は、ほどけていたらしい。

(いや、自分で引きちぎったのか……)

 包帯の欠片が、外人の軍服に張り付いていた。


(くそ、人殺しにしては綺麗な眼してんなぁ、コイツ。あぁ、もう、地獄に落ちればいいのに……)


 この外人が目を封じていた理由なんか知らない。

 まぁ自分とのバトルで枷を引きちぎったというなら、自分の実力もまだまだ捨てたものじゃないんだろう。

 手加減されたまま死ぬなんて、屈辱以外の何物でもないから。


 視界はいよいよ効かず、頭の割れるような頭痛と眠気が忍び寄ってきた。

 妙な感傷を抱えたまま、眠子はとうとう意識を失った。


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