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月亮の輝きを……【破鏡の世に……第二章】  作者: 刹那玻璃
進む道は楽なものではないと誰もが知っているのです。
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天藍は元気になりました。

 元々体力のある天藍てんらんは、数日で元気になり、動き始める。

 兄弟のように仕官していない為、もう一人の父、きんに頼まれ、母の琉璃りゅうりと妹達の傍にいて、荷物を運んだり畑の手入れをする。

 そして、他の兄弟が休みの時には近所の屋敷に顔を出して、力仕事を手伝う。


 この日は、きょうの休暇で、久しぶりに元気な喬は、書庫の整理をするのだと言う。

 しかし、心配した家族や……それにしばらく一緒にいた天藍も喬の体の弱さを理解しており、一緒に手伝うことにする。


「えへへ、嬉しいなぁ……。見つからない続きの書簡を探さないと」

「見つからない?」

「うん……えへへ、父さんは集中するとどこかに置き忘れちゃうんだ。僕もね?だから久し振りに片付け嬉しいなぁ」


 喬が扉を開けた室内に入り、唖然とする。

 壁には棚が所狭しとあり、そこには竹簡が巻かれてぎっしり積まれている。

 巻かれてないものも実際いくつもあり、もう、足の踏み場もない状態である。


「うわぁ……すごい」

「でしょ?こっちが春秋しゅんじゅう、史記、論語、こっちに漢書、墨子、荀子、孟子、孔子、孫子……でしょう?」

「うわぁぁ……ぐちゃぐちゃに……」


 喬は嬉しそうに指で示すが、どこに何があるのか皆目見当がつかない状態というのはこう言うことかと、天藍も驚くほど、荒れ果てた崩れた書簡などや、机の上には紐の切れたものまで机も雑然としている。


「えへへ……僕は不器用だから、器用な兄さんたちやとうに手伝ってもらうんだけど、高いところが届かないから……」

「えっと、俺は余り詳しくないけど、手伝うよ。どうすれば簡単に分けられるかな?」

「お兄ちゃんありがとう!えっとね。お父さんが、書簡の一ヶ所に染めた紐を結んでいるんだ。そしてね、棚のここに、同じ色の紐をつけてるでしょう?だからその色分けに、一巻から順番に取りやすいようにしたいんだ」

「紐……もしかしてこれのこと?」


 天藍は示す。


「うん!そうだよ。お兄ちゃんそれが『春秋左氏伝しゅんじゅうさしでん』、そして、これが『春秋公羊伝しゅんじゅうくようでん』、『春秋穀梁伝しゅんじゅうこくりょうでん』。それぞれ『春秋」を解釈したものでね、これが『爾雅じが』、『孝経こうきょう』、『易』、『書』、『詩』、『礼』……の書簡かな。父さんがほとんど写したものだよ」

「こ、こんなに?」

「うん、荊州にいた頃に、師匠から借り受けて写したんだって。それと、呉の伯父さんから送ってもらったものもあるんだって」

「おじさん……?」

「うん、父さんの7歳上のお兄さん。紅瑩こうえい伯母さんと、晶瑩しょうえい伯母さんは、おじさんと父さんの間なんだよ。あ、おじさんは呉の現在の当主の孫尚香そんしょうこうさまの側近で、次の当主になるしょうお兄ちゃんの教育係」


 背伸びをして書簡を取ろうとする喬を手助けし、代わりに取ると、


「孫……確か、5年ほど前、東の孫仲謀そんちゅうぼうが急死して、妹殿が後を継いだと……。本来なら自分の子供に継がせてもおかしくないのに、その前に若くして亡くなっていた長兄の長男を後継者に指名したとか……」

「お兄ちゃん、詳しいね!そうなの。紹お兄ちゃんは、確か金剛ダイヤモンドお兄ちゃんと同じ歳でね、じゅんお兄ちゃんの従兄なんだよ」

「えっ!」


 驚く。

 循は父は同じ孫の姓を名乗っていると聞いたが……。


「あ、紹お兄ちゃんはね?循お兄ちゃんのお母さん、木蘭もくらんさまのお姉さん、花蘭からんさまがお母さんなの。お父さんが小覇王とも呼ばれた孫伯符将軍そんはくふしょうぐん

「……若くして亡くなったと伺ってる」

「うん、でも、今は子明しめいおじさんとかいるからね。あ、子明おじさんは、呂子明りょしめい将軍。お父さん達の妹と結婚してるからね。僕たちのおじさんだよ」

「……えっと、喬。確か、紅瑩伯母さんは馬家で、晶瑩伯母さんはほう家、あの士元しげんおじさんの従兄と結婚してて……お父さんって兄妹多いんだね」

「伯父さんと伯母さん二人、均伯父さん、叔母さんだから6人兄弟。僕たちも、金剛お兄ちゃんに循お兄ちゃんに、天藍お兄ちゃんに、とうこう滄珠そうしゅ桃花タオファ


 喬の笑顔にどことなくホッとする。

 自分も兄弟だと認められた気がして嬉しくなる。


「ありがとう、喬」

「何が?お兄ちゃん」

「ううん、それより、喬。それ、紐の色が違う気がする。隣の棚のじゃない?」

「えっ、あ、本当だ!お兄ちゃんすごい。分かったの?」

「喬の説明が解りやすかったからね。それに上は俺が並べるから。下と、間違いなく並んでるか教えてよ」


 天藍は微笑み、丁寧に確認しながら並べる。

 解けたものは巻き直し、紐が弱っているものは机に置き……その姿はどことなく……。


「……お父さんに似てる」

「えっ?」


 孫子そんしの書簡をさっと目を通して、丁寧に巻いていた天藍は喬の言葉に振り返る。


「なぁに?喬」

「お兄ちゃんって、お父さんに似てるなぁって」

「えっ?喬の方がそっくりだよ。賢いし、笑顔もそっくりだもの」

「ううん似てる。お兄ちゃん、無意識のうちにお父さんの癖が映ってるのかも」


 ふふふっ


 喬は笑う。


「きっとお兄ちゃんは将来、お父さんの片腕として戦場に立つんだろうね。僕は……」


 悲しげに目を伏せる。


「お父さんの側にいられない……」

「えっと……お、お父さんの傍に居られなくても、お母さんや俺たちの傍にいればいいと思う。喬には喬の役割があるんじゃないのかな?俺は勉強が苦手だけど、父さんは笑ってるよ?喬たちみたいに出仕してないけど、時々喬たちが羨ましいけど、俺が今できることは頑張ろうと思う。喬はいっぱい頑張ってるじゃない。俺よりもっと。だから無理して戦場に出なくていいんだよ。お母さんたちを守る方が大事だと思う。お父さんその方が嬉しいと思う」

「お、お兄ちゃん……」

「俺は半人前。でも喬の近くにいるよ。もし何かあったら、他の兄弟がいなかったら困るからね。大丈夫。喬は優しくて強い。でも、頑張りすぎだよ。笑ってよ、ね?」


 瞳を潤ませる弟の頭を撫でる。

 ふにゃっと涙腺がゆるみ、瞳から頰が伝う喬の涙を拭う。


「喬。怖くない。心配しなくていいよ。俺たちは喬の兄妹。皆、喬のこと嫌いとか絶対思ってないから」

「本当?」

「本当。俺は嘘つかないよ。今日は終わりにしよう。これだけ片付いたんだもの。後は、外にいる循と広に頼もうよ」

「えっ?」


 顔を上げると扉が開き、いたたまれなさそうに顔を見せる兄弟。


「ちぇ〜!天藍にいちゃん。バレてたのか!」

「もしかしたらだよ。循の気配ではっきりした」

「やっぱり、循にいちゃんか!」


 広は兄を睨む。


「悪かった。広」

「今日こそは、気配を消して天藍にいちゃんに遊んでもらおうと思ったのに!」

「だいぶん体が良くなったんだったら、良いけど、ここじゃなくて統たちが練習してるところでね?」

「やったー!」

「じゃぁ、喬。後は私がしておくから、滄珠が探してたよ」


 修理のために選り分けていた書簡に循は手を伸ばす。


「あ、行ってくるね!お兄ちゃんありがとう!」

「天藍にいちゃん、喬にいちゃんが転んだらダメだから、一緒に行って!」

「あ、うん。ありがとう。行ってきます。喬。手をつないで行こうよ」


 天藍は喬の手を引いて歩いて行ったのだった。

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