所で、ここではなんですが。
孔明が旅立つ前の話である。
弟達3人は恋人などがいるのだが、長男の金剛は全く恋愛体質ではなく、珍しい容姿をしている為、引かれていることが多い。
しかし、所用もあり伺った屋敷に、
「お兄様!」
てててっと姿を見せる、梅花。
子仲の娘の一人である。
子仲があきれる程、母親に瓜二つである。
にこぉ……
と嬉しそうに笑う少女の笑顔が余りにも可愛すぎて、頬を赤くして照れ笑う。
「久しぶり、梅花。元気だったかい?」
「は、はいっ! 梅花は元気です!」
えへへっと笑う少女に、ふと思い出したように、懐に入れていたものを取り出す。
「梅花? これ。向こうの親父が送ってきたのを作ったんだけど……」
「作る?」
「そう」
金剛は手の中に入れていた、小さなものを差し出す。
キョトン……とする梅花は、金剛と手のひらのものを見比べる。
「これは何ですか?」
「ん? 宝飾だよ。実家から時折、石を送ってくるんだ。で、均叔父さんがとても器用でね。色々教えて貰っているんだよ。作ってみたんだけど、梅花に似合うかなって。えっと、こことここ……」
示された二つの所に五つの深紅の丸い玉と、ピンクの五つの丸い玉が形を作っている。
「これは、おばあさまの名前の珊瑚。そして、この石は実母の雲母の別名であり、俺の父の叔母の水晶の名前の石だよ。ちょっとほんのり梅花の頬の色してる。それと、これは花の形。梅花の形なんだ。俺が作ったから、上手くないかもしれないけれど、梅花の為に作ったんだ。どうかな?」
「わ、私にですか? あの、あの、月季さまとか玉蘭とか……」
「? 月季姉さんは友達で、玉蘭は妹だな。向こうの弟の承と幼い妹もいるけど、あげようと思ったのは梅花だし……貰ってくれる?」
首を傾げてにっこり笑われると、梅花は気が遠くなる。
梅花は、7年前に初めて会った金剛の姿に頬が赤くなった。
銀色の髪と青い瞳の優しい笑顔のお兄ちゃん……その美しさに一目惚れしたのだ。
好きで好きで……。
「おや? 金剛? 梅花が、また迷子になったのかな?」
にっこりと笑う父に、あたふたする梅花の横で、金剛は、
「あの、子仲さま。こんにちは。お邪魔しています」
「おや、ここで話もなんだし、奥に行くかな?」
「えっと……ご迷惑をお掛けしては……」
「いいよいいよ。おいでおいで」
子仲は二人を案内していく。
歩きながら金剛は、梅花に飾りを手首や、髪飾りなどをニコニコしながら飾る姿に、微笑む。
子仲は子沢山だが、男児は成人までの間、生きていく道を叩き込む。
女児は身だしなみに、立ち居振舞いなどを教え込む。
それと、子供たちを、特に女の子を争いに巻き込みたくはない。
その為に色々な所に送り出すのだが、のんびりとしている梅花は、相手に恵まれず心配していた……。
「似合う! よかった、うまく作れて。梅花に身に付けて貰えるなんて嬉しいよ!」
「そ、そんな……私は」
「何言っているの? 梅花はこんなに可愛いのに」
遠い目になる……。
さすがは、あの孔明の息子。
タラシの言葉は、父のそれを聞いて覚えたのだろう。
まぁ、琉璃は、伯父の自分ですらはっきりいって美少女と思う。
自分の娘も可愛いが……。
「じゃぁ、ここにおいで。家の者に……」
「わ、私が、呼んできます!」
パタパタと出ていく。
その音が遠くなった時に、金剛が口を開く。
「子仲さま。梅花に聞かれたくないことでしょうか?それとも、私と梅花が会うのは止めて欲しいとか……」
「は?」
子仲はキョトンとする。
「何でかな? 私も美梅も全く気にしてないし、家の子供たちの方が過激だよ。君に酒を飲ませて、家に連れてきて『既成事実!』とか本気でしようとしていたからね、公祐に『お仕置き』されていたよ」
「既成事実……お仕置き……」
ダラダラと汗をかきながら、どちらが怖いのか一瞬にして悟る。
しかし……、
「あのっ、そ、その……き、既成事実……って言うのは……」
「聞きたい?」
「違います!」
金剛は訴える!
「俺よりも、梅花はどうなるんですか? 梅花のことを考えるべきでしょう!」
「……まぁ、結婚適齢期ではあるのだけど、人見知りが激しくてね……」
「俺には普通ですよ? 循は緊張するみたいですが、喬とか統は仲良しですよ? あ、そうか。二人共、玉蘭と祐蘭がいるんだ。じゃぁ……何でですかね?」
首を傾げる少年に、子仲はつい、
「金剛。君は、好きな人はいるかな?」
「父さん、母さん、兄弟たちに向こうの母上! それに、あ、梅花! きたの?」
「あ、遅くなりました。お父様、兄様」
俯きがちに近づいてきた少女は、何もないところでスッ転ぶ。
その辺は母親の美梅に似ている。
慌てて助けようとしたのだが、その前に金剛が抱き止める。
「梅花? 大丈夫か? どうしたんだ?」
「えっと、だ、大丈夫です……」
「涙で潤んでる……俺は、母上や母さん、それに梅花が泣くのだけはどうしても辛いんだ。泣かないで? ね?」
涙をそっとぬぐう。
「梅花は笑うと可愛いよ。可愛い笑顔の方が絶対にいいよ。ね? 笑ってよ」
微笑む少年に頬が赤くなった娘に、ポンポンと手を叩いた。
「ハイハイ。二人とも座りなさい」
座らせる。
「はい、金剛のことは調べなくても解るけど、適齢期の娘を持つ父として色々聞いたよ。あ、循の話は話し半分削除! と公祐のお仕置きがあったけど」
じっとり……と汗がにじむ。
バカ力の父の孔明よりも、循のもう一人の父である公祐は、年は上だが文官なのに文句なしに強い!
昔からよく手合わせをしていたが、一度も勝てたためしはない。
「君に頼みがある。梅花を嫁にしてくれないかな?」
「……は、はぁぁ? お、私ですか?」
「そうだよ。6年も見てきたんだから、君の優しい所や真面目で、視野も広い所、妻や子供たちもとても好意的だよ」
微笑む子仲に金剛は、
「……わ、私の容姿や生まれで、周囲を、梅花を辛い思いにさせたくないです」
「おや、私たちを、そんな風に思っているのかな?」
「違います! 子仲どのや憲和どの、益徳将軍方は全くそんなことはありません。でも、母……琉璃母さんが悲しい顔をしていて……」
子仲は、
「そうだね。でも、私は全く気にしないし、君も、孔明どのの息子だ。それに、孔明どのも髪が白くなったと言うけれど、艶のある銀色だね。君と同じ色だ。同じ色が嫌なのかな?」
「違います! それに独立しようにも、私はまだ出仕したばかりの若輩です」
「家から結納品を用意できるけど?」
「自分で用意するのがしきたりです!」
金剛は立ち上がり告げる。
「父さんが、私をここに連れてきてくれる時に向こうの父に言いました。『漢中でお会いしましょう』……その時に、向こうの両親にも紹介しようと思います。家に帰り父さん、母さんと兄弟たちと相談しようと思います。明日、お返事をさせて頂きますので、よろしくお願い致します」
礼儀正しく頭を下げる、青年になろうとする少年を頼もしく見上げながら微笑んだ。
「こちらこそよろしく頼むね。金剛」
家に帰った金剛は、家族に叔父の均の前で、
「父さん、母さん、叔父さん、皆。俺……私は糜子仲どののご令嬢、梅花どのと結婚したいのですが、お許し頂けますか?」
周囲は顔を見合わせ、どっと笑う。
「なっ、何で?」
「兄さん、今更? 今更言うの?」
循は大笑いをする。
その横で喬は、
「梅花どののこと、とても可愛いとか、よく何を贈ったら良いかなぁとか言っていたから、嬉しいよ。お兄ちゃん」
「うん。お兄ちゃんはかっこいいし優しいし強いから、絶対にお似合いだよ」
統の一言に、広は、
「兄ちゃんより早く、循兄ちゃんが嫁にいけばよかったのに」
「何だって?」
末弟を睨み付ける循に広は、
「金剛兄ちゃんは一人部屋だけど、循兄ちゃんと兄ちゃんが同じ部屋だよ? 可哀想じゃん」
「広!」
「僕は気にしていないけど?」
統は穏やかに微笑む。
「循兄ちゃんがキレる時には、策略が煮詰まった時だから、囲碁とか話を聞いたりすれば大人しくなるから。むしろ厄介なのは広だし、喬お兄ちゃんごめんね?」
「えっ? 広は厄介じゃないよ? それに、僕は皆が大好きだから、良いんだ!」
えへへ……
と照れ笑う喬に、両親は涙目で、
「喬がこんなに良い子なのは、琉璃のお陰だよ~。可愛い!」
「旦那さまの優しい性格と、穏やかな笑顔にそっくりですわ。喬ちゃんのお母さんでよかった!」
二人の親バカぶりに、均はため息をつき、
「二人はほっておいて、金剛。どうするの?」
「一応、新しい屋敷を準備すると、子仲さまに言われましたが、この時代……梅花どのを一人屋敷にというのはダメだと思います。なので、この屋敷に……」
「あぁ、前に一時期、令明どのと瑪瑙どのが住んでいた離れだね?」
「はい。どうでしょうか? 父さん? 母さん?」
二人を見ると微笑む。
「良いよ。金剛のしたいようにしなさい。あ、その前に、向こうのご両親にも連絡をしておくんだよ?」
「……あのバカ親父! あの先祖代々の守ってきた土地を、おばあさまや母上がいうことも聞かずに、兵を動かすから潰れるんだよ! 本当に苦しむのは、一族よりも一般の人々なのに!」
孔明達が目を見開く。
それに気がついた金剛は、
「どうしたの? 父さんたち」
「……成長したなぁ……と感動したんだよ」
孔明たちは、子供たちの成長に目を細めたのだった。