新天地を目指して……
孔明は身支度を整えると天藍を抱き上げ、歩き出した。
そして途中で、馬に乗れるように練習をしていた球琳と宏が歩いてくる。
「兄上?」
「あ、球琳、宏も元気そうだね」
少々反抗期の少年だが、最近父親と側にいられるようになり、無邪気に笑うようになった。
「叔父さん‼大丈夫?」
「あぁ、うん。宏も元気そうだね?何か頑張った?」
「うん‼母上に馬を乗れるように教えて貰ったよ‼僕も広兄ちゃんみたいになるんだ‼」
「宏は頑張り屋さんだから、上手になるよ」
孔明は微笑む。
「兄上?お身体は?」
「うん、大分よくなったよ。それに、一旦、成都に向かおうかと思ってる」
「え?成都に?蜀の中心部ですよ⁉」
「その為もあって……でもいってこようと思ってる。この子は琉璃の所に……」
「……お、父さん……」
胸元を弱々しく掴む細い指……。
「俺も……行きます。役に立ちます……」
「天藍?役に立つとか立たないじゃありません‼お父さんは天藍をそんな風に、そんな為に連れて帰るんじゃないんだよ?それよりもお父さんは……天藍のお母さんと兄弟たちが心配なの‼あぁぁ‼私が二人いたら、良かったのに‼」
「てめぇが二人もいたらウザいわ‼ボケ‼」
小さい二人の子供の両手を引いてきた、髪をほどいた片目を隠す男に気づく。
「お前が一人だけでも鬱陶しいのに‼」
「士元もうるさい‼」
「おい、孔明。行くんならある程度薬とか持っていけ。ついでに、お前の息子でも均の息子でもいいが、最低限の勉強と武術を鍛えておくんだぞ」
「体が良くなったらね。寝てる間に勉強はさせておくよ。それより……」
孔明は悪友を見る。
「……しばらくお別れだ。士元。無理はするなよ……」
「お前こそな、孔明」
「……じゃぁ……再見」
「フンッ、安心しろ。今は姿はこんなだが、鬼で再会は嫌だからな。怪我すんな。……再見」
二人は顔を見合わせにっと笑うと、別れていった。
見つめている5人の姿に、天藍は、
「お父さん……お別れですか?」
「……後で話すけれど、又会おうって言うことだよ。さっきのは龐士元。『鳳雛』だよ。士元の従兄に姉が嫁いでるから親族。そして、奥さんの球琳のお兄さんにも、もう一人の姉が嫁いでいるから、妹みたいなんだ。でも、特に、士元が生きていることは言ってはいけない。約束して?」
「はい、言いません。でも、又会いたいです……それに、お会いできたら勉強を教えて戴きたいです」
「お、お父さんだって教えられるよ‼大丈夫‼」
「兄さま‼無理してどうするの‼」
近づいてきたのは、天藍のもう一人の父、均である。
「はい、天藍?父さんが抱くから、兄さまゆっくりね」
軽々と抱き上げ歩き出す。
「兄さま。一応、説明をして、準備は最低限しておいたよ」
「均……道を変えて、成都に向かおうと思う」
「はぁ‼兄さま‼何考えてんの‼」
「……こういうことだ」
弟に、天藍の解らない言葉を二言三言囁く。
「……解った。あ、天藍?今のは地方の言葉だよ。今は覚えなくていいからね、気にしないこと」
「はい……」
「まぁ……兄さまがそう言うなら……乗っかる」
「孔明どの‼」
姿を見せたのは、すでに装備を身に付けた趙子龍である。
「支度はある程度終えております。龐令明どのと奥方に、重い傷の兵を預けました。そして、傷の浅い者で力のある者を選び出立出来るように、閻珊瑚さまにもお伝え致しました」
「えっ?母上が⁉どうして?」
「私も参りますよ」
大柄な子龍の後ろから、名前のように紅色の髪を結い上げた美しい部将が姿を見せる。
琉璃の伯母であり美貌で知られているのだが、普段の優麗な衣装も美しいが、この身なりも一層凛々しく神々しい。
「母上‼どうして……」
「琉璃に会いたいのよ。それに、金剛の兄弟たちにも。……始めまして、天藍。貴方の祖母の閻珊瑚です」
微笑まれた天藍はボーッとして、そして少し恥ずかしげに、
「は、始めまして、閻珊瑚さま……」
「あら?お祖母様って呼んで欲しいわ。金剛のお祖母様ですもの」
「……えぇぇ?金剛のお母さんかと……あれ?だったらお父さん……」
「あぁ、天藍。兄さまの奥さんの琉璃が、お祖母様の姪になるんだよ。金剛は琉璃のお姉さんと、お祖母様の息子の子供だから」
「……あんな愚息要らないわ。私は……生きる為に前を見るわ」
哀しげな横顔に、天藍は手を伸ばす。
しかし、触れる寸前手が止まる。
「お、お祖母様……泣かないで……俺の手は、汚れてる……から、優しいお祖母様に触れちゃいけない……。でも、お祖母様が笑ってくれるように戦うから……だから……」
目を見開き天藍を振り返った珊瑚は、手を伸ばし抱き締める。
「何を言っているの‼貴方のどこが汚れているの‼貴方の瞳は名前の通り天の藍。髪の毛も柔らかな豊穣の色。貴方が汚れてるのなら私はそれ以上よ。でもね?後悔しないわ。幾ら、手を血で染めても、闇の世界を見ても、心までは染まらない‼貴方は孔明や均の息子であり、私の孫‼自信を持ちなさい‼幾ら地獄を見ても……這いずり回って生き抜いてきた、強さを見せなさい‼良いわね?」
天藍は抱き締めてくれる珊瑚と、支えてくれる均の温もりに、恐る恐る手を伸ばし抱き締め返す。
「あ、ありがとうございます。お祖母様……俺は、諸葛天藍であり、お祖母様の孫です……。誉めて頂いた瞳や髪を誇りをもって生きていきます……お祖母様」
「そうよ‼貴方は私の孫です」
優しく頬を撫でられ、嬉しそうに頬を赤くする天藍に、
「天藍。良かったね?じゃぁ、母上。申し訳ないのですが、大人げない兄さまと体調の回復していない天藍と一緒の馬車で構いませんか?」
「あら、馬車は……」
「私が行く‼馬に乗って行こうと思ったけど、将軍に伺ったら悪路だって言うし……情けないけど、でも着いていくんだ‼」
姿を見せたのは、体力面も精神面も、元気になったら天藍にすら及ばない季常である。
「あれ?季常。ここに待機か、もしくは荊州に戻るんじゃなかったの?奥さんと子供いるのに」
「それは、敬兄も均も同じこと‼私は二度と同じ轍を踏むような、情けないことはしたくない‼亮花に向き合える父になる‼その為にも一緒に行くんだ‼」
「力みすぎると、後が地獄だよ。まぁ、頼りないけど、兄さまや天藍の矢面に立ってね」
「それじゃぁ、全く頼りにならないってことじゃないか‼」
がうぅぅ‼
噛みつくと、均が、
「うん、大丈夫‼期待してない‼」
「ムッカァァ‼私だって‼」
「じゃぁ、天藍だっこよろしく」
「な、なぁぁ……体力面は無理だって言ってるだろ‼」
よろめく季常から天藍を抱き上げ、均に押し付けた子龍は、動きの鈍い孔明を肩に担ぎあげる。
「では、参りますぞ。珊瑚さま、よろしくお願い致します」
「えぇ、行きましょう。よろしくね?『白眉』どの」
「あわわわ……止めて下さいー‼その呼び名は恥ずかしいです。季常とお呼び下さい。閻珊瑚さま」
「うふふ……じゃぁ、季常。私はお母さんでいいわ。よろしくね」
珊瑚は季常をからかいつつ、歩いていくのだった。




