雛が巣立つとき。
「母上。お祖母様」
金剛が入ってくる。
すると、弟の孔雀と婚約者の梅花と、叔母の瑪瑙も一緒に楽しそうに話をしている。
「お兄ちゃん‼」
「あ、孔雀元気そうだね」
席を離れ、駆け寄ってきた弟を抱き上げ、
「大きくなったんだなぁ」
「そうだよ‼お兄ちゃん‼僕はね、お兄ちゃんみたいになるんだ‼」
「えぇぇ?お、父さんは?」
「やだもん。僕はお兄ちゃんみたいになるの!駄目?」
金剛の方が母親に似ているものの、7才の少年はくるくるの瞳で兄を嬉しそうに見る。
「それは嬉しいけど……あの母上、おばあ様。申し訳ないのですが、私よりも少し……いえ、変わらない大きさの衣の予備はありませんか?もしくはもう少し小さくても結構です」
「どうしたの?」
「あの、均叔父さんが、城内で私と年の変わらない天藍と言う子を引き取ってきました。苦労して育っていたようです。身一つで来たので、衣だけでも頂けないかと思って……」
微妙な口調で黙り込む金剛に、
「解ったわ。すぐに用意させましょう」
雲母は微笑みつつ下がる。
そして、祖母の珊瑚は手招きする。
「いらっしゃい。金剛。何かあったの?」
近づいて、示された祖母の隣の席につき、弟を膝にのせた金剛は俯く。
「……お祖母様。孔雀、御免なさい……私は、父上と意見が合いません。それに……7年間、父さん……孔明父さん程は世界は見ていませんが、父さんたちに沢山の事を教わってきました。それに、孔雀も兄弟だけど、向こうには循や喬、統に広、滄珠に桃花って弟妹がいて、索に興、苞に紹って言う親友や弟分もいる。私は、馬家に落ち着くことはできません」
「お兄ちゃん‼」
孔雀は兄を見上げる。
「何で?帰ってきたんじゃないの?」
「……帰ってきたんじゃないんだ……本当は」
金剛が入ってきた入り口の向こうで、言い争う声が近づいてくる。
「うるさい‼着いてくるな‼」
「ここは俺の家だ‼うろうろするのはお前だろうが‼」
姿を見せるのは金剛と孔雀の父の孟起と均。
「お母さん‼」
孟起を蹴り飛ばし均は珊瑚に近づくと、深々と母親に対する拝礼をする。
「申し訳ありません。お母さん。ご挨拶もせず、先に連絡をすることすらなく、突然こちらに伺い、申し訳ありません」
「構わないわ。気にしてないわよ?しばらく居て頂戴」
「いえ、実は……私と兄は、先程使いが参りまして、一旦引き返すことに致します。趙子龍将軍と龐令明将軍に傷ついた兵達を預け、私は兄と参ります。金剛。梅花どのと残って家族と楽しむといいよ」
「いえ、叔父さん。俺も戻ります‼父さんや天藍を置いていけない‼」
「梅花どのはどうするの?」
「あ、一緒に戻りますぅ‼もっと鍛える必要があるのですわ‼それに金剛さまと別なんて嫌ですもの~」
立ちあがり金剛の隣に並ぶと、膝をつき床に擦り付けるように頭を下げる。
「珊瑚お祖母様、お父様、お母様、孔雀くん。私は馬家の嫁として、金剛さまと共にどんな苦難の道も立ち向かうことを改めて決意いたしました。このように不器用で、金剛さまの手を煩わせてしまうかも知れませんが、必ず金剛さまの傍にいて生きていきたいと思います。お許し下さいませ」
「梅花どの‼」
「どんな苦難も、哀しみも一人では辛すぎます。私にも分けて下さいませ」
肩を抱いてくれた金剛に微笑む。
「大丈夫ですよ。金剛さまに危機が迫ったとしても、私が追い払って差し上げますもの」
「……ありがとう。梅花」
「ハイハイ。二人は来るの?じゃぁ、私たちは失礼して、準備ができればすぐに出立致します。兄から……ご挨拶もできず、申し訳ありませんでした。と……では、失礼いたします」
均は頭を下げると部屋を出ていく。
入れ違いに入ってきた雲母は、
「あら?金剛?梅花さま?」
「あ、母上……ありがとうございます。そして、母上。申し訳ありません。私は、これから折返し、父達と家族の元に戻ります。本当に申し訳ありません。行こうか、梅花」
「はい‼お母様。本当に申し訳ございません」
雲母と侍女達が持ってきた着替えを受取り、頭を下げて二人は去っていった。
唯一人、意味の解らない雲母は、
「どうしたのかしら……?」
と首をかしげると、孔雀が母親にしがみつき、ワンワンと泣きじゃくり始める。
「お母さん‼お兄ちゃんが‼お兄ちゃんが‼僕よりも、向こうに弟たちがいるから、帰るって……わぁぁぁん」
激しく泣き出す息子をあやしつつ、険しい表情の夫と、その夫を益々険しく睨む義母と義妹に、
「どうかされましたか?」
「俺は悪くない‼」
言い張る父親を指で示し、孔雀は告げる。
「お、お兄ちゃん、お父さんと意見が合わないって‼孔明おじさんと色々見てきて、ここにいるのは出来ないって……わぁぁぁん‼僕のこと、お兄ちゃん嫌いなんだぁぁ‼」
「あぁ‼もう泣くな‼それに、母上も瑪瑙も睨むな‼俺が喧嘩したんだよ‼あいつらと‼」
「どうしてですか?」
息子を落ち着かせようと背中をとんとんと叩きながら、雲母は問いかける。
「金剛が持っていった衣は均が、城内から連れてきた子供の為の物だ」
「聞いたわ。天藍と言う少年でしょう?」
「違う‼あいつは天水出身の姜維。年は金剛よりも下だが、父親を幼くして亡くして、ここに逃げてきたが貧乏で、働きつつ情報を集める張魯の狗だった。それを均が拾ってきたから、殺せと……」
「……」
「俺だって、そんなの言いたかねぇ‼だが、あいつらが引き取ってどうするんだ?狗を暗殺者にするのか?それなら、死なせろと言う含みを持たせた」
珊瑚は目を伏せる。
「夫を捨て、未来を見つめていると思った孟起を選んだのに……」
「兄さん……7年の間に死んだ父さんと同じ最低な男になったのね‼」
瑪瑙は厳しい声で断罪する。
「兄さんなんて、兄さんって呼びたくないわ‼最悪‼会うんじゃなかった‼」
立ち上がった瑪瑙は、母と義姉に頭を下げる。
「母上、雲母。私は夫と共に戻ります。兄さんならと頼ってきたのは馬鹿だったわ‼失礼します」
つかつかと立ち去る。
「なっ‼あいつは7年たっても……」
「……雲母。私は旅支度をして、孔明達を追いかけます。貴方も決めなさい」
衣の裾をさばき、身を翻す母親に、
「母さん?どこに行くんだよ?」
「お前のいない所に。いえ、孔明の住む地域でもいいわ。お前のいない所に行きたい。その前に令明達に相談したいわ。ではね」
「母さん‼どう言うことだよ⁉俺は‼」
「……孫は巣から飛び立つのに、息子は何時までも飛び立とうとしない、勇気もない‼」
厳しい口調で断罪した珊瑚は見当をつけ、歩き去ったのだった。




